純情センチメンタル。
「──つまり、徹平。お前の話を鵜呑みにしてきちんと解釈するのであれば、まず前提として『お前がこの世界を“ラブコメディ”だと認識している【痛い人間】である』ということを一旦受け入れないといけないんだけど、その方針でおk? 返事次第では今後の付き合い方も改めるが」
眼前にいたメガネの男ーー出井 宗介がそう言った。
理屈っぽい喋り方で薄らとバカにしながら、さっき売店で買ってきたばかりの《あんパンとミルク》を交互に口の中に流し込みながら、同時進行で昼食を済ませようとしている。
一昔前のヤンキーじゃねえんだから。
憎たらしい男である。
これでチー牛みたいな顔をしていればまだ憐れむこともできたのだが、よく見ると顔が整っているという点も含めて、やはり憎たらしい。
なんとも憎たらしい親友である。
「おい急に黙らないでくれ。そしてジロジロと見るのもやめてくれ。他人に食事するところを見られて良い気分になる人間なんて、この世に一人もいないんだからさ」
「ごめん、独白でお前のことdisってた」
「お前、オレを独白でdisってたのかよ?」
「独白でお前のことdisってた。『主語デカすぎるだろ。星かよ』って」
「デカさの喩えの1個目で星挙げてくる人間は、この学校にお前だけかもな」
「もっといるだろ」
俺は海苔の巻かれたおにぎりを食べている。
パン派に対する熱い反骨精神を抱きながら、日々生きている。
「質問に答えろ、徹平。じゃないとお前の額に絆創膏貼る」
「怪我してねえんだよ」
「【痛い人間】がこれ以上、怪我をしないためって意味だ。それか病院に連れてく」
「他人のことすぐ【痛い】って言うやつ見るたびに心が掻き毟らそうな感覚がして、虫唾が走り、吐き気がして、全身に嫌悪感を抱いたまま、夜眠る時も枕を両手で握り潰したくなり、夢の中でやがて惨殺する」
「お前は述語がデカいのかよ」
本気で嫌がった顔を見せると、パックの牛乳を握ったまま、苦笑された。
ふざけすぎたので、こっからは真面目に話す。
※ ※ ※
「痛いと思われてもいいし、付き合い方を改めるのもお前の自由だが、これは事実なんだよ。この世界は俺と雪柳のラブコメディ世界であり、ユズル先輩が主人公じゃないんだ。なのに、本来は俺のヒロインである雪柳が『一緒にラブコメディ世界をぶっ壊して、私をユズル先輩のメインヒロインにしてほしい』って協力をせがんできているんだよ。これはどういうことなんだ?」
「オレが知るか」
「ここは俺と雪柳のラブコメディ世界じゃなかったってことなのか……?」
昨日、雪柳にそうやって頼まれたので当然ながら一発承諾したものの、もちろん俺はそんなに乗り気ではなかった。
雪柳 愛は俺のメインヒロインなのだ。
なのに、なんで何処ぞのハーレム王子様なんぞに、文字通り譲ってやらねばならないのか。
彼女が他の男と結ばれるなんて想像するだけで、心が掻き毟らそうな〜(以下略)
ふざけんな!
そんな展開エロ漫画だけで充分だろ!
ここは健全なラブコメ世界なのだ。
そんなことはあってはいけない!
「……いつの間にお前は世界の創造主になったんだよ。ハルヒの読みすぎだ」
「そんな読んでねえよ。喩えが古いんだよ」
シャケのおにぎりを完食する。
「整理していいか? 頭が“こんらん”している。キーの実をくれ」
「話が前に進まないからそれ以上ボケるな、宗介」
「なんで前に進まないといけないんだよ。そもそも、オレは他人の恋愛相談を熱心に受けるほどお人好しじゃないんだっての。そんなにイヤなら最初から協力を引き受けるなよ……」
「だって雪柳が協力してほしいって目を輝かせて言うから〜……」
「そうだった。こいつ女の前では見栄張って堂々としてるけど、本性は女々しいんだった!! 女々しすぎて最早乙女!」
「こういうこと相談できる相手が宗介しかいなくてさ〜……助けてくれよ〜!」
「オレが雪柳でもユズル先輩選ぶわ」
そういうこと言うと凹むのでやめてほしい。
泣いちゃう。
「頼むよ〜宗介! ガチのマジのすっとこどっこいの本気の本気で雪柳が好きなんだよ! あいつのために協力したいと思ってるけど、あいつが誰かのものになるのを見たくない! だから頼むよ〜!! 焼肉ブヒちゃん奢るから!」
「……はぁ。言ったな? おk。何か書くもの持ってこい。──まずはSF小説よろしく状況を整理してゆく」
机の上にルーズリーフを広げた。
こういうとき、頼りになる男である。
雪柳 愛 (らぶ)
米吉 徹平 (こめ)
出井 宗介 (でぃ)