残響ノスタルジック。
「……あたし、別に臭くないから」
水色足臭先輩が俺のタオルでゴシゴシと足裏を拭いている。拗ねた顔はどこか雪柳に似ている。ぷくぅとこちらを睨みつけながら、あぐらを掻いてクンクンと足を嗅いでいる。動物みたい。どこかやるせない気持ちになったので、ドリンクバーとパフェを奢った。
「……そんなに臭い?」
「はい!臭いです…痛っ!」
「……臭くないもんっ」
「いいえ! 臭いです…痛いっっ!!」
「……ユズルは臭くないって言ってくれたもん」
「え、ユズル先輩に嗅がせたんですか!? どんな拷問なんです…痛いですって!!!!」
テーブルの下で何度も脛を蹴ってくる。
蹴り返してやろうかと思ったけど、これ以上美人先輩をイジるのも可哀想なのでやめておいた。
「で、俺に頼みって?」
「……臭くないって言うまで話さない」
「先輩は臭くないです。いいにおいです」
「……フンッ」
プイッとそっぽを向きながら、スプーンでパフェを食べている。食べるのが早い。ストローをガジガジ噛みながらアイスを乗せたメロンソーダを飲んでいる。甘いものも好きなようだ。
「一週間とちょっと前、ユズルが突然消えた。原因はわからなかった。先生も友達も存在すらもしらなくて、彼が住んでいた家には別の人が住んでいた。誰もユズルのことを覚えていなかった……本当に誰も」
服部先輩がスプーンをぺろりと舐める。
もう、食べ終わっていた。
「記憶があったのは私とあの三人だけ。私たちの中には確実にユズルとの思い出が蓄積されている。だけど、それを周りに証明しても信じてはもらえない。2年11ヶ月……全てのデータを急に消された感覚よ。辛いなんてもんじゃない。意味がわからないの」
一枚のルーズリーフをテーブルに出してくる。
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[一年生]
・入学式(ユズルと出会った)
・委員会活動(ユズルと仲良くなった)
・夏祭り(神戸円とかいう幼なじみにマウントを取られた)
・文化祭①(ユズルとキャンプファイヤーでダンスを踊った)
・クリスマス(霧隠来桜とかいう転校生がきた)
・スキー旅行(ユズルとリフトに乗った。霧隠が遭難したのをユズルが救出しに行った)
[二年生]
・新学期(鵜飼ハルヒとかいう一年生がユズルに接近し始めた)
・海水浴(溺れかけたあたしを助けてくれた)
・体育祭(鵜飼とユズルが一緒に二人三脚を走っていた)
・文化祭②(鵜飼とみんなで演奏した)
[三年生]
・受験勉強(みんなで勉強した)
・修学旅行(喧嘩した)
・結婚式事件(霧隠の家族関係で色々あった)
・クリスマス②(ユズルが神戸とデートに行った。あたしはそれを見ていた)
・初詣(ユズルと二人で行って、受験合格できますようにってお揃いのお守りを買った)
・【 バレンタインデー 】
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「……アンタにはこれが箇条書きされただけのイベントの羅列にしか見えないかもしれない。でもね、あの時交わした会話も、アイツらと争った思い出も、あたしの記憶の中にはちゃんと残っているの。いつか消えてなくなるかもしれない一瞬の時間の流れの蓄積だけど、本当に大切な思い出だった」
俺は黙って聞いている。
「わかる? 米吉 徹平。あたしはこのラブコメディのメインヒロインなの。ここはあたしーー服部 新愛とユズルの王道ラブコメディ世界。余計な奴らも何人かいるけど、これは確定事項なの。アンタも内心、わかっているんでしょ?」
俺は静かに口を開く。
「……いいえ、違いますよ。ここは俺ーー米吉 徹平と雪柳 愛の王道ラブコメディ世界です。最初は確かにそうだったかもしれませんが、今はもうあなたたちの世界ではありません」
「違うわね。アンタたちが奪ったんでしょ!? あたしたちの物語を消して──アンタたちがメインの物語に上書きされた。なんでモブキャラだったアンタたちが物語の中心にいるの?」
「そんなの知りませんよ……。俺にだって分かりません。“作者”とかいう存在に聞いてみてくださいよ」
「……返してよ!? あたしたちの物語を返して!!」
「そ、そんなこと言われても……!」
「どうにかしなさいっ!! ──ていうか、その8番席だって、そもそもあたしたちとユズルの溜まり場だったのよっ!? なんでアンタたちが座ってんの!?」
「し、知らないですって……初耳ですし」
胸ぐらを掴まれる。
泣きそうな顔で訴えられてもどうすることもできない。
何故なら、俺は何も分かっていないから。
「とにかく──お願いよ、米吉 徹平。無茶なお願いなのは重々承知の上で頼むわ。彼女さんの力を借りてもいい。原因を解明して、ユズルをこの物語に取り返しなさい。現在はアンタが主人公なんでしょ?」
四天女の一人が、俺を赤い目で見つめている。
「あたしたちのラブコメディを──“元に戻して”」




