第7話 妹は最強 16:52
変化。受け入れ。
「ただいまー」
俺は大きな腹を揺らし、汗を流しながら玄関の扉を開いた。
「おかえり、お兄ちゃん。今日も暑そうだね。それ脱いだら?」
「妹よ、毎日言ってるだろう? これは脂肪という名の服ではあるが、簡単に着脱出来る訳じゃない」
それを妹の麻衣がいつもの毒舌を披露して出迎える。
「それで? 何で制服? しかも濡れてるし……何か臭くない? もしかして無駄な努力?」
「あぁー……まぁ、ちょっと色々あってな」
俺は麻衣に手を軽く振って答えると、自分の部屋がある二階へと向かった。
バタンッ
「はぁ〜……」
部屋の扉を閉めて鞄を置き、部屋から着替えを持って風呂場へと向かう。そして服を脱ぐと、熱いシャワーを頭から被った。
「あぁっ!! 何なんだ今日は!!」
俺が叫ぶと、部屋の外から麻衣の「うるさい!!」って言う言葉が飛んで来るが関係ない。
「いや! 本当に色んな事あり過ぎだろ!! 生まれて来てから1番濃い一日だったぞ!!」
ダイエットする為に陸上競技場で歩き汗をかいたからと、シャワーを浴びようとしたのが全ての原因だった。
まさか女子が男子更衣室でシャワーを浴びてるなんて、誰が予想出来ただろうか。てか、アイツは何で男子更衣室でシャワーを浴びてたんだ? しかも水に濡れると透明人間になる? 漫画か。
しかもあんな修羅場っぽいのも見ちゃったし……こんなに疲れる予定ではなかったんだけどな。俺の華麗な一日が……!
「明日は1時間早めて歩こう……そしたらアイツに出会う事もないし、その後はエアコンの効いた教室で涼みながら本でも読んでれば良い」
今日は早く寝る事にして、俺はご飯を食べてベッドへと入った……けど、ご飯を食べて直ぐ寝るのもなんだと、ストレッチをしてから眠りについた。
その翌日。気持ちの良い窓からの日差しに、目を覚ます。時間は7時半。9時までには家に出たいから、1時間ぐらいは夏休みの宿題をしてからだな。
そう思いつつ、下へと降りる。
リビングへと行くと、そこには麻衣が居て朝ご飯を食べていた。
「おはよう」
「おはよう、お兄ちゃん。今日も臭そうだね」
俺は妹に罵られながら、妹の前にある椅子に座りテーブルに置かれていたご飯に視線を移す。
白米に味噌汁、目玉焼きにサラダ……くっ!
「コレが普通の食事、何ならもっと少ない量を食べて十分だって人も居るよ」
「なっ! そんな訳無いだろ!!」
「春さんとか見れば分かるでしょ?」
そ、それは……まぁ、はい。
俺は納得し、涙目になりながらご飯を噛み締める。
昨日麻衣が、俺がダイエットをし始めたと聞いた結果……俺の食生活は『おかわり禁止』『野菜をちゃんと摂る事』『お菓子・ジュース(スポーツ飲料は可)類禁止』になったのである。
最悪だ。ダイエット始めたなんて言わなきゃ良かった。
俺が項垂れながら食べ進めていると、麻衣が立ち上がる。
「じゃ、私は部活行くから。食器洗っといて」
「うい〜」
俺は麻衣に返事をしながら手を上げた。
麻衣は中学2年生、ソフトテニス部に所属している。夏休み中もほぼ毎日部活があるみたいで、部活も先輩達が引退し、休みの日も練習している様だ。いやはや、我が妹ながら素晴らしい事である。
「ちゃんと日焼け止めやってくんだぞ、麻衣は美人さんだからな」
「知ってる。お兄ちゃんはエイ◯フォーやって行ってね。臭いから」
そう言って、麻衣はリビングから出て行った。
ふむ……俺の妹はやはりカッコ可愛い。今なんて敬礼をして出て行った。もはやアレだ。何か赤ちゃんが自分の指をキュッと握って来てくれた時の感情に近い。自分の好きだと言う感情を十分に伝えきれない、そんな感じだ。
あんな事を言うが、昔はよく一緒に遊んでいた。今では俺が太って、一緒に居るのが恥ずかしいらしいが……。
「……よし! ご馳走様でした!!」
俺は麻衣が作ったご飯を食べ終わり、食器を台所へと持って行く。そして麻衣の物も含めて洗い始める。
ここ最近はずっと俺が食器洗い。
両親は昔から海外で仕事をしていて、俺達はかれこれ1年ほど2人で生活をしている。昔は部活をやっていた麻衣の代わりに全ての家事を受け持っていたが、今では食事だけでも手伝いたいと言って来て、やって貰っている。
来年には麻衣の受験があるけど、あの放浪親はいつ帰って来るか分からない。仕送りは毎月送って貰っているとは言え、一年に一度は顔を見せて欲しいものだ。
と考えている内にも洗い物は終わり、俺はリビングのテーブルに夏休みの宿題を広げた。
「この夏休みを楽しむ為にも頑張りますかー」
俺は朝日を浴びながら、宿題を進めるのだった。
そして俺は予定通り9時に家を出て、10時頃には既に陸上競技場へと着いていた。それから1時間のウォーキングをして11時頃、更衣室へと向かう。
少し入口の扉の方を気にしながら、シャワー室へ入り、シャワーを浴び終えて直ぐに出るも、そこには誰も居ない。1時間時間を早めたのが効いた様だ。
「流石に俺が見えるってのに、態々来る訳ないか」
常識的に考えればそうだ。それだと俺に裸を見せに来てる様なもんなんだから。
俺はパパッと制服を着ると、教室へと向かった。
「やっと涼めるな……ん?」
教室へと入ろうとした瞬間、気付く。
中に誰か居る?
そう、教室の中に誰かが居るのだ。服装的は制服で、雰囲気的には文化部の様な服装だ。
窓際でモジモジと、しかも前髪を気にして何回も触っている…………誰か待ってるのか?
考えが正しいと言わんばかりに、背後から足音を鳴らしながら誰かが来て、俺は振り返る。
「ん? 国史か、今日は随分早いな」
アレクだ。
「そう言うそっちこそ、何でこんな時間に?」
まだ昼には時間がある。いつも来るにしても5分前とかだろ……って、あー……。
「それは
「いや、言わなくて良い。ほら、お待ちかねだぞ」
「ん?」
俺は教室の方を指差す。こんなに早く来たのは、教室で女子と待ち合わせしてたから。部活してる女子みたいだから、少しでもアレクと話したいとか、そんな感じで待ち合わせしてたんだろ。
アレクは教室の方を覗き込むと、顎に手を当てて頷いた。
「おー……これはこれは」
「じゃ、俺は隣でゆっくりしてるわ。ごゆっくり」
俺はアレクの肩を叩くと、隣の教室に入りエアコンを付けてテキトーな席で項垂れる。
教室の外から蝉の鳴き声・隣から楽しそうな話し声が俺の耳に入って来る。この風情ある今の状況が、俺には学生の特権みたいな気がして気分が良い。
この風景、この時間、この感覚は、一生に一度しか味わえない。似た様な事を味わえる事が出来るのも、今年の夏、そして来年・再来年しかない。これを逃せば、こんな状況になる事なんてそうそう無いだろう。
「これから何すっかなー……」
俺はこれからの夏休みの予定を頭の中で組み立てながら、鞄から出した『最強 ダイエット術』という本を机に広げた。
その時だった。
ガラガラッ……
教室の引き戸が途中まで開かれた音が聞こえ顔を上げる。
「げ」
「……何で此処に居るのよ」
そこには俺の夏休みを脅かそうとする存在……水瀬澪が顔を思い切り顰めて佇んでいた。
再び書き溜めに入ります。
執筆スピード遅くて申し訳ない。来週までには投稿出来たら良いと思ってます。
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