第5話 ただの他人 13:55
変化。
彼女の後を追って、俺は店から出た。
俺達は店から出た後、数分して裏路地に入り、人混みが少ないこじんまりとした所で彼女は立ち止まった。
「ーーでよ」
「は?」
「なんで貴方には私が見えてるって言ってるの!!」
その言葉に俺は自然と首を傾げた。
「見えてる?」
本当にさっきから何を言ってるのか分からない。
それに彼女は壁に寄りかかり、腕を組んで応えた。
「私、実は透明人間なの」
「…………あ、そうなんですか。じゃ、俺は此処で」
「ま、待ちなさいよ!!? もうちょっと私の話を聞いてみましょうよ!!? 此処にさっきまで涙ぐんでいた女の子が居るのよ!?」
はぁ。なるほど。さっきのは、俺をこんなくだらない事の為に呼び出そうとした嘘だったって訳か。
俺も学習しないな。
彼女に引かれる袖を、俺は無理矢理に振り払った。
「お前、急に人に『実は透明人間なんだ』って言われて信じるか?」
「それは……」
彼女は腕を組んで足黙った。
本当に……急に此処まで連れてこられて、透明人間なんですって? 勘弁してくれよ。
そう思って俺がまた背中を向けると、今度は腕を掴まれる。
はぁ、今日は本当に災難だ。
「だからーー」
「じゃあ、証明する」
「お、おい!」
俺が反論しようとした所で、彼女はそう言うと俺の腕を掴んだまま歩き出す。
まぁ、駅の方向に向かっているから良いか。
そんな事を思いつつ、数分足らずで俺達は駅前の広場の中央に立ち並ぶ。すると彼女はやっと俺の腕から手を離した。
「じゃあ、俺このまま帰……る、」
と、言おうとした所で彼女は着ていたTシャツを脱ぎ去り、肌着を晒した。
「お前! 何してんだっ!?」
「何って、服脱いでんの」
「バッ!? こんな所で!!」
下着ではない、薄ピンクの多分キャミソールってやつを脱いで、更衣室で見た下着が目に入り、俺はヤバい! と視線を逸らして辺りを見渡した。
「え……」
しかし、周囲の者が見ているのは彼女ではなく、俺だった。まるで不審者を見る様に、眉間に皺を寄せて俺を見ている。
道行くサラリーマンや買い物帰りの親子連れ、性欲旺盛であろう男子高校生ですら、彼女に目も暮れない。
彼女の容姿は、それは良いものだと思う。それこそモデルになってもおかしくない様な顔にスタイル。
そんな彼女が此処で、今はGパンをも脱ぎ捨て衆人の目の前で下着の姿へとなってるんだ。
「何で誰も……」
「これで信じる? 私が透明人間だって事?」
彼女はこの状況の中、平然と俺に問い掛ける。
「………取り敢えず此処で話すのは無理だろ。場所変えるぞ」
俺は小声で伝えると、駅前から離れた。
何故か着ている所も見るのは、申し訳ない気がしたので俺は振り返る事なく、人通りの少なそうな駅の駐輪場に向かう。
そして駐輪場に着いた後、数十秒後にちゃんと服を着た彼女が訪れると、俺は問い掛ける。
「それで? 何でアンタ、」
「アンタじゃない。一応、水瀬澪って名前があるんだけど?」
「……じゃあ、水瀬さんは何で俺には見えるんだ? それに店でプリン食べてる時は普通だったろ?」
さっきのアレ、流石にアレを見せられると水瀬さんは透明人間だと認めざるを得ない。だけど店では普通に振る舞ってた。大きい声で話してて目立ってたし。
水瀬さんは、俺と同じ様にすぐ隣の壁に寄り掛かる。
「私……水に掛かるとダメなのよ」
水?
水瀬さんは何かに気が付いた様に、上を見上げた。
「あー……しまった」
そう呟くと同時に、俺もそれに気付く。ポツポツと落ちて来る雨に、彼女は顔を伏せた。
「濡れてる時、私は透明人間になるの」
表情は分からない。だけど声が震えて聞こえる気がした。
何故泣いているのか、何か言った方が良いかと思ったが、今日初めて会った唯の他人である俺がどんな言葉を掛けようと、俺の言葉で彼女が元気になる訳では無いと淡々と応える。
「そうか」
俺達の間の会話が無くなり、自然と周囲の音が鮮明に聞こえて来る。
急いで自転車を漕ぐ音、屋根に落ちる雨音、傘の開閉音等、雑多な音が鳴り混ざる。
皆んなに平等に振っている筈の雨が、何故コイツにだけ一層辛い物になっているのか……先程まで見ていたビル街が徐々に強くなっていく雨のカーテンに隠れて行く。
俺はただ雨が早く上がれと願う事しか出来なかった。
これからまた書き溜めに入ります。
来週ぐらいに出せたら良いなぁ。
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