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9.失われた記憶

 六時半に公園で。

 私が駆けつけると、すでにベンチに小塚君が座っていた。私を見つけると、彼も駆け寄ってくれる。


「今日は酷い目にあったみたいだね」


 人目もはばからずいきなりぐっと抱きしめられて、なかなか離してくれない。右手がいとおしいとばかりに後頭部の髪をずっとなでていて、もうそれだけで今日一日の傷が癒えるような気分になる。


「なぜ知っているの?」

「報告を受けたから。ごめんね、助けに行けずに。これからは君の護衛をもっとふやすから。あ、ここ葉っぱが――」


 私が座ろうとしたベンチの座面を、彼は白いハンカチで払って、もういいよ、とばかりに微笑みかけてくれる。余りにも一連の動作が自然でうっとりする。私にとってそこはもうベンチでは無く高級応接セットのソファであった。


「大丈夫。誰かが助けてくれたの。多分同級生の飾西(しきさい)君だと思うんだけど。彼があなたに話したの?」

「うん。彼は有能だからね」


 小塚君は特に驚きもせずにうなずいた。転校してまだ1ヶ月も経たないというのに、クラスで一番影の薄い飾西君を知っているなんて、ちょっとびっくりだ。


「飾西君ってすごいの、教員専用ネットに入り込んだり、いきなり相手の携帯に情報を送りつけたり。私がこけそうになった時も、助けて――」


 唇が途中で白い指に塞がれる。


「それ以上褒めたら、嫉妬します」


 こころなしか、小塚君の目がちょっと不機嫌だ。「君は僕のものなんだから」


 またまた、ど直球な一言。私は苦笑するしか無い。


「え、本気だよ。何笑っているの?」


 だってこんな恐竜まがいの女、ライバル扱いされた飾西君も多分困惑すると思います。心の声が聞こえたのか、小塚君は私を正面からじっと見る。


「君はどうも容姿のことを気にしているようだけど、美の基準なんて時代と場所で違うんだ。だけど」小塚君は左手の拳で胸を叩く。

「心の基準の根本はほぼ不変だ」


 彼の手が私の両手を握る。


「大切なのは、やさしさ、思いやり。これは、どこの世界にも共通している」


 彼の目が切なげに私を見る。私にはもったいないようなまなざし……。


「僕は君を誰にも渡したくない」

「なぜ、小塚君はそんなに、何の取り柄も無い不細工な私を――」


 両手を包む彼の手に力が入る。


「これから言うことは信じてもらえないかもしれないけど、僕は獣人と、人族が共存する世界から来た。獣人は、この世界で言う恐竜とほぼ同じ進化を遂げて、最終的に獣人に分化したんだ。僕は人族で、二つの種が共存する王国『エスランディア』の王子だ。そして君は――」


 この時点で私の脳みそは軽く攪拌されていて、彼の言葉がダイレクトに入ってこない。もちろん、自分自身かぎ爪をもった恐竜の足に変化したりして、常識では説明の付かないことが起こっていることはわかっている。しかし、いきなり異世界の王子と言われても……。


 でも。そう言えば私、無意識のうちに小塚君を王子と呼んでいた。


「もしかして、私ずっと以前に、小塚君と出会っていた?」

「ええ」


 彼の顔がぱっ、と明るくなる。


「名前を覚えていない? 自分の」


 でも、それ以上の記憶は無い。


「ごめんなさい、覚えていないの」


 私の返事に、彼の微笑みが消える。


「君は雄々しくて、勇気があって、無敵の獣人だった。イスパニエルの侵攻から僕の国を救ってくれて――僕らは婚約していたんだ。だが、君は隣国イスパレニアの奸計にかかって記憶を失いこの異世界に転生させられてしまった」


 記憶の欠片も無い私は力なく肩を落とすしか無い。そして、少し残念なのは、彼は昔の繋がりで私を好きでいてくれる、ってことがわかった事。今の醜い私を見て好きになってくれていた訳では無いのだ。払拭(ふっしょく)しかけていた劣等感が再び私の心を覆う。


「今の私には、昔私が持っていただろう美徳はないわ。自信も無いし、ヘタレだし、そして美しくも無い……」

「何を言うんだ。以前の君は気が強くて、人の気持ちをわからない人だった。衝突することも度々で――だから僕は最初信じられなかった、君がこんな性格になっているなんて」


 王子は息を吸い込んで私を見つめる。「僕は、今の君の方が好きだ」

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