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32.関所破り

 翌朝私たちはイスパニエルの都に向けて出発した。二人は昨日の美麗な礼服から一転して一般庶民の服に変えている。

 それにしても羽光君はこの世界の服がよく似合う。白い綿の上着に、皮のベスト、そして光沢のある皮のズボンにブーツ。ベルトには変身の魔法具、翼竜丸がさしてある。何の変哲も無い服でも、華があってファンタジー小説の主人公みたいだ。

 飾西君は茶色の上着に枯草色のズボン、薄茶の肩掛け鞄というこの世界に溶け込むアースカラーのコーディネートだ。さすが存在感が無いという意味ではどんな状況でもブレが無い。

 二人とも、茶色と緑のリバーシブルのフード付きマントを羽織っている。草地では緑、地面では茶色と姿を隠すための色合いだ。この色はこの世界のバッタの体色をヒントに選ばれているらしい。私の世界と環境が似ているのか、さきほどから見える昆虫たちも似たものが多かった。

 私もセーラー服の上から薄いマントを羽織ると、すっかりファンタジーの冒険パーティの一員のようだ。フードを被ると顔も隠れて、自分のコンプレックスがすべて包み隠されて俄然気分が上がる。


 日本の夏と違って、暑いのは暑いが風が吹いて過ごしやすい。ヒートアイランド現象がなく緑が多いと同じ夏でもこうも違うのかと実感する。それだけではない、この地方は温かいのだが、雨が少なく湿度が低いからりとした気候だ。雨音で消されることもある音を利用した魔法が発達したのもそのせいかもしれない。


「ここは国境からわずかにイスパニエルに入っているところです。本当は関所でエスランディアが発行した通行証を出さねばならないのですが、ああいう事情ですからこのまま草に隠れて都に向かいましょう」


 俗に言う関所破り、である。羽光君は先頭に立って背の高い草をかき分けながら、遠くまで見渡せるその翼人特有の視力で油断なく周囲を見渡している。

 所によっては身長が180cmある羽光君も隠すほどの草が生い茂るこの草原は、隠れるにはぴったりの場所だった。しかし、それだけに警備も厳しくなるはずだ。


「頭、下げて」小声だが、緊張感のある羽光君の声にみんな身体を伏せる。


 百メートルほど先を、時折輪郭がキラリと光る透明な何かが数体通り過ぎていった。導師の作り出す透明人、すなわち甲冑兵の中身である。公園で私たちを襲ってきたのも彼らだ。


「筆頭導師ハサニゲルが編み出す透明人の国境警備隊が国境を巡回していますからくれぐれも注意が必要です。彼はあなたに恨みを抱いているでしょうから注意してください」


 王子を執拗に追い回すハサニゲル。理科室で私が顔を切りつけた相手だ。

 導師が術を使うには長期間の鍛錬が要ると飾西君が言っていた。まずは幼い頃から詠唱を重ね自らの術で喉を強化させていく、そして様々な音波が出せるようになってから初めて導師としての訓練が始まるのだ。今のイスパニエルで真に力のあるのはハサニゲルぐらいで、後はたいしたことが無いらしい。


 ふと草の合間からキラリと輪郭が光るのが見えた。きらめきが近づいてくる。

 息を殺して、身体を伏せる。青い空をバックに頭上を蜜蜂が羽音を立てながらのんびりと飛んで行った。

 どれだけ時間がたっただろうか。


「行ったようです」羽光君が草の上からそっと首を出してうなずいた。


 苦しかった。思わず大きな息をする。

 しばらくは方位磁針を頼りに草むらに潜って進むしか無いだろう。

 だが。


「助けてえええ」


 前方から子供の叫ぶ声が聞こえてきた。

 後ろから、ど、ど、ど……という地響きが続く。


怒竜(どりゅう)……」


 この世界では、恐竜は獣人に進化したが、獣人に進化しなかった恐竜が数系統だが生き残っている。森や草原に住み、知能は低く背もそれほど大きくないが、運動能力に長け、時々人も捕食するため恐れられていた。エスランディアでは怒竜と呼び、駆逐対象になっているが、逆に返り討ちに遭うことも多い。


 男の子を追っている怒竜は、尖った歯の並んだ長い頭、二足歩行時にバランスの取りやすい長い尾を持っていた。恐竜図鑑で見たヘレラサウルスに似ているが、それよりはかなり大きめか。ヘレラサウルスであれば、あの顎は関節が緩くて大きく開く。おそらく子供ならがぶりと……。


「出てはいけません、黒……」


 飾西君の言葉は、最後まで聞けなかった。

 子供が目の前でやられそうなのに、見過ごすなんてできるわけがない。

 フードを脱ぎ捨てて跳躍する。


 行くわよ、獣脚丸。


 左胸から引き抜いた獣脚丸を高く振り上げる。獣脚丸は瞬く間に細身の刀となった。

 怒竜が手を伸ばして子供に飛びかかる。

 だが、その3本の長い指は子供に到達すること無く、宙をひっかいて地に落ちた。


 一刀両断した首から、あふれるように草原に血が流れる。


「すごいや、お姉ちゃん。一撃でやっつけた」


 黒髪で黒い目の男の子が尊敬のまなざしを向けてくれる。が、初めて生き物を斬った私はなんとも言えない後味の悪さを感じていた。


「ありがとう、みんな喜ぶよ。村の人は沢山こいつに殺されたんだ。僕の兄ちゃんも」


 もうピクリともしなくなった怒竜をにらみつけて少年がつぶやいた。

 だが。


「透明人が気づいたようです」


 向こうから時折キラっと光りながら透明人が急速に近づいてきている。

 対処はできる。音波の反響で彼らの位置は特定――。


 いや、できない。


 私は周囲を囲む背の高い草を見回した。

 これに潜られれば、音波が散乱して位置がわからない。声の反響で位置を特定する作戦は使えない。


「お姉ちゃん、何か起るの?」


 三人の表情の変化に気がついたのだろうか、少年が私にしがみつく。


「坊や、危ないから少し離れて草の中に隠れておきなさい」


 男の子はうなずくと草をかき分けて行った。


 私を挟むように、羽光君と飾西君が立ち上がった。

 羽光君が大剣を出し、飾西君は背中から西洋弓を取り出していつでも引けるように矢を弓にセットする。


「ご心配なく、腕っ節はありませんが、弓はそこそこ得意です」


 私が見ていることに気づいた彼はぼそりとつぶやいた。


「的が見えれば……なんですが」


 透明な兵が近づいてくる。


「俺たちの情報を磨音城に報告されたら厄介だな」


 宙が割れて、どんどん甲冑兵がなだれ込んできた鳴弦岳の光景が目に蘇る。

 まだ、捕まるわけには行かない。王子を助けるまでには。

 ケツァルコアトルスに乗って逃げれば、目撃されて追われるだろう。鳥を集めても相手が透明では攻撃できないし、第一目立ちすぎる。

 磨音城の敵に私たちの存在を知られずに、とりあえずここにいる警備兵だけをやっつけなくては。


 風に草が揺れて、音がかき乱される。草に潜ったのか、相手の位置も解らなくなった。

 どこから現われる。

 心臓の拍動が、ドクドクと身体全体を揺らす。

 知らず知らずのうちに、肩で大きく息を繰り返している。

 私は唇を噛みしめた。

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