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25.婚約解消

「マヌーレ……」小塚君が絶句する。「どうして、ここが」

「あなた達の行動なんて、プロの探偵に頼めば筒抜けよ」


 つり上がった目、キリリと濃い眉、鼻筋の通った高い鼻、血のように紅い唇。その美しさはいつもよりも凄みを帯びていた。彼女を連れてきたのだろう、外車のタクシーがキャンプ場に通じる車道から戻っていくのが見えた。頂上は貸し切りにしていたのだが、売店のものに謝礼でも渡して車道を開けさせたのだろう。

 彼女はつかつかと私のほうに近寄ると、私の肩を掴んで自分の後ろに引き下げる。


「あんたなんか用なし。さっさとどこかに行きなさい、けがらわしい」

「なんて失礼なことを言うんだマヌーレ」小塚君の顔色が変わり、外動を叱りつける。

「王子こそ、なんと間抜けな。同時に転生してしまった私と下女を取り違えるなんて」

 外動さんは、まなじりを決して小塚君をにらみつける。「冗談じゃないわ」


 王子は頬を赤くして、両手を握りしめて彼女の言葉を聞いている。集まってきた二人も冷たい目で外動さんを睨む。


「配下のくせになんて目で私を見るの? まさか疑っているんじゃ無いでしょうね。私の贈ったパイを食べたんでしょ。表面にパイ生地で作ったエスランディアの国章を飾り、そして極めて伝統的な味付けをした、あのパイを」


 三人とも唇を結んで、言い返す言葉もない。

 パイ生地に描かれていた流線型の模様。

 私ははっ、と息をのむ。そう言えば、あの模様は、彼らが持ってきた花瓶にも描かれていた。あれはエスランディアの国章だったのか。


「エスランディアの記憶のあるものにしかあのパイは作れない。この下女はあそこまで上流階級用のケーキは食べたこともないでしょう。いや、能力の低い獣人だから、きっと転生のショックで前世の記憶もほとんど無くしているかもしれないわね」彼女は高圧的に言い放った。

「ハーミ、理科室での騒ぎの日にあなたに乗せて貰って飛行してから、私は前世を思い出しました。翼竜に乗って飛ぶなんて、やはり記憶を呼び覚ますほどのインパクトがある体験ですからね」

「歩いて帰って貰うべきでしたかね」ぼそりと羽光君がつぶやく。


 その声を無視して彼女は私のほうにツカツカと寄ってくると掌をさしだした。


「あなたには返して貰うものがあるわ」

「かえす、って?」

「これよ」


 外動、いやマヌーレは、イライラした様子で口を歪めて私のセーラー服からいきなり獣脚丸を引き抜いた。


「きっと、この子も喜んでいるわ、本来の所有者に戻って」


 私は小塚君のほうに視線を向ける。しかし、彼は目を伏せてじっと黙っていた。もともと彼女の持ち物なので、返すのは仕方ないということか。私と小塚君を結ぶ大切な魔法具。私はマヌーレが微笑みを浮かべてポケットにしまい込むのを呆然と見ていた。


「物欲しげにじろじろ見てるんじゃないわよ」


 どん。突き飛ばされて私は尻餅をつく。


「何をするんだ、恥を知れ」


 外動をにらみつけて小塚君が怒鳴る。羽光君と飾西君が私を助け起こしてくれた。


「主人を差し置いて、王子を盗ろうとした泥棒め。道理でお前を見ているだけで無性にイライラしたわけだ。ああ、使用人に横やりを入れられていたなんて、はらわたが煮えくりかえる。お前、これくらいですむと思ったら大間違いだよ」


 マヌーレとして覚醒したのか、外動さんはいきなり私を蹴りつける。身体を出して私をかばってくれた羽光君が吹っ飛んだ。飾西君もかばってくれようと飛び出すが、彼女の手のほうが速く、私の顔は変形しながら地面にたたき付けられる。


「いい加減にしろ」小塚君がマヌーレの手を後ろから掴む。


 少し気が済んだのか、上機嫌でマヌーレは王子のほうを向いた。


「さあ、行きましょう、未来の旦那様」


 だが、小塚君は表情を強ばらせて銅像の様に立ちすくんでいる。


「どうしたの? 帰ったらすぐエスランディアで婚礼をあげるのよ」

「何を勘違いしているんだ」彼の両拳が震えている。「誰がお前を妻に迎えると言った」


 初めて見る怒りの形相。王子はマヌーレをにらみつけた。


「え、だってそれは武勲の恩賞よ……」

「確かに婚約をした。しかし、僕は君のそういう人の心を踏みにじるような態度に我慢ができないんだ。憩い園でも言ったはずだ。婚約は破棄させてもらう」


 マヌーレの目が大きく見開かれる。


「冗談でしょう、あなた私が相手だって事にびっくりして、照れてたんじゃ無いの?」

「もう顔も見たくない。君もエスランディアには帰らせない、一生ここにいろ」


 彼女は王子の目をのぞき込むように見る。


「う、嘘よね、王子。だって、何でも好きなものを所望していいって」

「僕は『もの』ではない。すまないが君の性格について行けない、君の事を好きにはなれないんだ。結婚は二人の合意によるものだ。努力してみたが、無理だ」

「な、なぜ?」


 歪めた顔に笑いを浮かべて、外動は首をかしげる。そして刺すような目で私をにらみつけた。


「もしかして、この女が理由? 王子は私よりその不細工な恐竜女を選ぶの? 容姿も、頭脳も、家柄も何一つ私を上回ることのないこの女を……」


 小塚君は哀れむような目で彼女を見る。


「なぜこんなに黒田さんに惹かれるのか、最初は僕もわからなかった。でも付き合っているうちにそれがだんだんわかってきた」

「はあ、どんな理由なのよ?」


 小塚君は私に向き直る。


「黒田さん、君に惹かれた理由――それは、君の瞳は哀しみを知っているから。なんだ」


 すべてを包み込むような温かいまなざしが私をくるむ。


「な、何言ってるの? 馬鹿じゃないの? 哀しみがどうしたってのよ」


 二人の間に割り込んで、外動がわめき立てる。


「哀しみという名の経験値が、黒田さんの人間的な温かさと深みを作っている。傲慢な君は人間として下劣で薄っぺらいんだ。僕は黒田さんが好きだ。君とは結婚できない」


 とどめの一言。


「え、え、えっ……ギャ、ギャッ――」


 外動さんの目が潤み、まるで赤ん坊のような大口で彼女は激しく泣きわめき始めた。


 ギャッ、ギャアアアアアアアアアアッツ。


 響き渡る恐竜声。辺りがビリビリと震える。

 その時、空間に亀裂が入った。


「外動さん、止めてください。あなたの出す音波に共振して結界が破れる」飾西君が叫ぶ。「今日は座標の重なる接日、イスパニエルの兵が結界のほころびを狙っているかもしれません」

「もう、どうにでもなればいいのよ」無視して彼女は吠え続ける。「私がいないとどうなるかを思い知ればいいわ」


 ぐらっ、と空間が揺れたかと思うと、一瞬にして細かいヒビが視界いっぱいに広がり、次の瞬間ボロボロと崩れ始めた。


「しまった、結界が――」


 大きく結界が崩れた所から暗闇が覗く。そしてその暗闇から銀色の西洋甲冑に身を包んだ、兵士達が次々と現われた。

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