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21.受け入れがたい真実

 外動さんのケーキが送られてきたのは試験最終日の前日、テスト終了後は部活が始まったので、その後小塚君達の来訪は途絶えた。それにしても、いつも声をかけてきてくれたり何らかのアプローチがあった彼から、ぱったり連絡が無くなってしまった。


 私から小塚君のほうに話しかけに行く勇気も無く、私は一人で帰る日々が続いた。有頂天になっていた私の心は、梅雨空のように濁ってどんよりと低空を漂っている。

 イケメンとオムレツと恐竜の日々。1学期はジェットコースターのような激しい起伏のある日々で私も何が何だかわからないままに、疲れ切ってしまっていた。

 そういえば、気のせいか最近は外動さんの機嫌がすごくいい。編んだ髪のリボンが毎日違うし、髪の編み方も変化させている。ものすごい気合いの入り方だ。


「くーろださああん」


 テスト終了後、ペナントレースの消化試合のようなどこか緊張感に欠ける授業の後、ねっちゃりした声で私を呼んだのは冷石さんだった。


「残念だったわねえ、気を落とさないように」

「な、何のこと?」


 蛇のような笑顔を浮かべながら私に近づいてきた彼女は、耳元でそっとささやいた。


「ねえ、小塚君と外動さんが付き合い始めた、って知ってる?」

「まさか……」


 思わず、真っ正面から冷石さんを見る。


「ご恩のあるあなたには申し訳ないけど、彼が選んだんだから仕方ないわよねえ」


 意味ありげに笑いながら肩をすくめる。

 棘のようなオーラを周囲に発しながら、彼女は白くて長い人差し指を私に向けた。


「に、せ、も、の、は、用なしだって」


 うそ。絶対うそ。何があっても小塚君は私を裏切ったりしない。

 飾西君と羽光君を探す。昼休み、二人とも教室から姿を消していた。どこにいるの。外動さんもいない。三人とも、どこに……。

 私はうろたえて獣脚丸の入っている左胸ポケットにそっと触れる。身体全体に震えが来る、私、やっぱり捨てられてしまったのか。でも、なぜ急に。

 教えて、獣脚丸。心の中で絶叫する。彼は今どうしているの――不意に頭の中に画像が浮かび上がった。


 そこは、憩い園だった。木の陰で、立ったまま向かい合っている小塚君と、そして外動さん。

 息が止りそうな衝撃。木の陰から、遠巻きにあの二人が警護している。

 外動さんが何かを必死で話している。目を閉じてじっと聞いている小塚君。唇を引き締めて、眉間に薄く皺が入っている。

 しばらくして、小塚君は意を決したように目を開けて、外動さんの両肩に手をかける。そっと顔を彼女の顔に近づける。

 肩をすくめて、わざとらしく首を右にかしげる彼女。

 彼の唇が動く。き・み・か……。

 眉間に皺を寄せ、硬直するように止ってしまった小塚君に、飛びかかるように外動さんが抱きつく。避けようとせず受け入れる彼。下ろされていた手がゆっくりと彼女の背中に回った。このまま脳内の画像がかき消える。


 何、なんなの、これは幻覚? 頭にガンガンと拍動が響く、なんだか目眩が――。嘘、誰かこれは嘘だと言って。

 だけど、獣脚丸の画像が紛れもない真実を見せていることは、私が一番よく知っている。

 受け入れがたい真実。いきなり目の前が暗くなって、私の意識がふうっ、と無くなる。

 どこか遠くで、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。



 混濁する意識の中、春の校内体育大会の記憶が私の頭を走馬灯のように巡っていた。

 聞こえてきたのは、グラウンドから湧き上がる熱い声援。上下青いジャージに身を包んだ生徒達が、トラックに向かって叫んでいる。その中を鈍足の私は泣きそうになりながら走っていた。

トラック半周ずつの色別対抗リレー。クラスをバラバラにして、50メートル走のタイムで公平に6つに分けたチームでリレーが行われる。全員参加のこのリレーは体育祭の花で、一番盛り上がる競技だった。足を蹴っても身体が前に進まない私にブーイングが浴びせられる。かなり差を付けて一位のバトンをもらったはずなのに、どんどん後続が迫ってくる。後ろから二位のチームのランナーが走ってきた。

 

 ドドドドド――。真後ろからの足音。振り向くと必死の形相でランナーが突入してくる。避けようと思った瞬間、相手がいきなりぶつかってきた。私はカエルが潰れたようにトラックに無様に倒れる。錯綜を避けようとした後続のランナーがバランスを崩してこけた。


「大丈夫ですか、ごめんなさい」


 思わず声をかける。ランナーは私を睨むと行ってしまった。

 はっ、と後ろを振り向くと眼前に競り合ったランナーの一団が猛然と迫ってきた。私が立ち上がってうろうろしていたら、邪魔になって怪我をさせてしまう。私は、トラックにうずくまって、彼らをやり過ごした。そして、彼らの後塵の中で立ち上がってまた走り始める。

 私に浴びせられる、罵詈雑言。


「やる気あんのか」「さっさと立てよ」「その体重で飛ばされてどうすんだ」


 チームメイトからの声もちらほらあって、涙がこぼれる。


「涙がつくと、汚いから泣かないで」


 バトンを渡した相手は私を睨むと大きく開けられた差にうんざりしたように走り出した。

 一番早いチームは皆立ち上がって応援している。その中には私を突き飛ばしたランナー、すなわち外動(ういどう)煌美(きらみ)もいた。後ろから突き飛ばしたことに関して、注意はなにもされなかった様子だ。


 一瞬だが、交錯した私と外動さん。


 もしかして、小塚君は波動を取り違えたの? 私も獣人だから。

 小塚君、いや王子。あなたとの記憶を持たない私は、あなたが探していた人ではなかったのですか――。



 保健室で、私は自分の泣き声で目を覚ました。村田先生がなにか一生懸命なぐさめてくれているが、混乱した頭には何も入ってこなかった。

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