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1.温かい闇の中で

 ずっと、ずっと、温かい闇の中で、何も見えないように目を閉じていた。

 膝小僧を抱き、まあるくなって。

 だけど震えながら、外界の物音だけには聞き耳を立てる。

 私の心を滅多(めった)斬りにする、禍々(まがまが)しい気配は潜んでないか。

 私の心を凍らせる底冷えのする敵意は近づいてこないか。

 

 そんな日々が、私を、私を――――戦士に変えた?!






「黒田さん」


 校舎から校門に通じる広い一本道。周りを見ないように目を伏せて歩く私を呼びとめたのは、爽やかな声だった。

 前を歩くクラスメート達が一斉にこちらを振り向き、何やらこそこそと話している。

 ちらちらと痛いくらいの眼差し。

 空気を介して伝わってくる、このとげとげしい感情。まるで全身に針が刺さったような気がして、拷問に近い。

 声を潜めなくても、内容なんかわかってる。学年のアイドルの小塚(こづか)君が、なんで私みたいな不細工極まりないインナースペースの住人に声をかけるのかって事。

 そんなこと、私だって知りたいよ。


「く、ろ、ださんっ、てば」


 丸めた背中から迷惑オーラを噴出しながら、足早に歩を進める。

 ああもう、関わらないでください、私なんて。お願い。

 キラキラした学年のアイドルとは、住む世界が違うんです。

 でも、どんよりとした負の気配なんて、光の中の住人には効果が無いらしい。

 短い足の回転数を爆上げしても、足の長い小塚君の気配がどんどん近づいてくる。

 ぽん。

 肩をたたかれ、思わず硬直して立ちどまる。


「一緒に帰ろうよ」


 だから、なんのいじめですか、それは。

 おずおずと振り向いた私の目の前に、白い歯がキラリと光る。

 眉間に光が直撃した気がして、思わず私はよろめいた。歯だけでこの破壊力。これ以上視界に入れると危険だ。

 しかし、頭に鳴り響く警戒のサイレンとは裏腹に、私の視線は小塚君にロックオンしたまま動かない。

 真ん中でふわりと分かれるつやつやの黒髪、切れ長の瞳に、細いけどキリリとした眉毛。薄桃色の形の良い唇。そして顔の動きに合わせて、額に垂れる髪がいたずらに揺れて、乙女心をわしづかみにする。

 うわっ、まぶしい。完璧すぎます。冷たい陰の気を纏う私の心は溶けてしまいそうです。

 マジで一刻の猶予も無い。危険を感じて、私は、慌てて目をつぶる。

 こうすれば、外界と遮断されて、私はいつもの平穏な世界に揺蕩(たゆた)うことができる……はず。


「けっこう睫毛長いんだ」


 つぶやきなのに、破壊力MAX。暗い闇のシールドにぺきぺきと亀裂が入り、隙間から五色の光が射しこむ。仕方なく私は目を開けた。


「お願い、私に構わない――」


 否応なしに、真正面からあの笑顔が迫ってくる。悪戯っぽい目が私を優しく刺し貫く。

 いやいや、うぬぼれるな自分。

 こんなにうまい話があるわけ無い。

 こんなに不細工な私に、美形の彼氏とか、宇宙の摂理が許さない。

 絶対。

 私は鏡獅子のように大きく首を振り回してつぶやく。


「私なんか、放っておいて」

「だめだよ。だって、君は僕のお姫様なんだから」


 ぐるりと周りを取り囲んだ人々のつんざくような悲鳴が、いきなり音の壁となって押し寄せる。

 鼓膜を直撃する衝撃波。

 でも、それより破壊的だったのは、一足先に脳に届いた小塚君の一言。


 お、ひ、め、さ、ま――っっっつ!!!


 ショックの余りいきなり急転した視界から小塚君が消え、青い空が目一杯広がる。そして急激に暗く、狭くなる世界。ああ、神様これはいったい何の試練?

 私、このまま大地に抱かれて永遠に眠ってしまいたい。

 小塚君が何か叫ぶ。

 だけど、私の耳はもう小塚君が発する言葉の続きを聞くことを拒否していた。

 だって。

 どうせ、実はからかってたんだとか、人違いだとか、罰ゲームとか……。

 そんなことを聞いたら、私はきっと地球のコアを突き抜けて反対側に出るぐらい落ち込む。

 でも。

 実は、もっと怖いのは、『嘘じゃないよ』という言葉。

 彼が本気で私を追いかけてくれたら、私、きっと自己嫌悪の塊になる。

 いつもいつも、彼にふさわしくないと自分で自分をおとしめてしまう。

 ああ、恋愛をつかさどる神々よ、どうかお(たわむ)れはおよしください。これ以上自分を嫌いにさせないで――。

 まるでスイッチを切ったように、そこで暗闇が訪れた。

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