Ⅲ.戦友
俺はエスプレッソの香りで目を覚ました。
見覚えのあるマンションの天井と、背中には高級ソファの感触。ニシオカの住まいだ。
倦怠感を覚えながら体を起こして、特に外傷がないことを確認するとやっと安堵することができた。
「リュウジセンパイ、気がついた?」
キッチンからニシオカの声がした。ワイシャツにネクタイを少し崩しているが、髪型や身に付けている時計などからインテリ臭さを醸し出している。ちょうどエスプレッソを淹れたところらしい。
「無茶したらダメって、前も言われたじゃない」
「やかましい」
俺の無愛想も慣れっこになったこの男は、そういえば、といって話題を変えた。
「今日襲われたっていうあの子、感謝してましたよ」
「誰にも話さないよう釘は刺したか」
「あ、え~と、それなんですけど...」
ニシオカが言い淀んだその時、玄関の戸が開く音がした。
「帰ってきたみたい」
「ニシオカさん戻りました! あ、リュウジさん目覚ましたんですか! 今日はほんっとうにありがとうございました!」
今まで奴らに襲われて、幸いにも命が助かった人間は何人かいたが、悪い幻覚だと自分に言い聞かせて日常へ戻るものがほとんどだった。
「今日のことは忘れるようにボクは言ったんだけどねぇ」
「青年...助けを呼んでくれたことは感謝する。それで貸し借り無しだ。いつもの日常に帰れ」
「いやいや、興味があるんですよ!俺を襲った奴らのこと、お二人のことも! 俺にも手伝わせてください!」
青年の瞳はまるで、カブトムシやクワガタの戦いを見る幼子のように輝いていた。
「それにニシオカさん、アレの死体を見つからないように処理しなきゃって言ってたし...バラされたら困るんじゃないですかあ?」
「ニシオカ...」
俺が軽く睨むと、ニシオカはヘラヘラした様子でスイマセンと謝った。
「まぁいいんじゃないですかね?仲間になってくれるっていうなら...前例がないわけじゃあないし...ボクとしては、またセンパイが無茶した時に呼びつけられる相手が増えるのは賛成ですよ」
俺は初めて先の戦いかたを軽卒だったと反省した。九死に一生を得てなお"こちら側"を選ぶ人間が存在するとは。
「仕方ない...俺たちや奴らのことを聞いて、それから考えろ」
俺はこの青年、ユウスケに異形の存在の話をすることにした。