第05話 最悪の本人バレ
「「本当に、申し訳ございませんでした!!」」
マハスティ様を先頭に――後宮の大広間へと集まった十数名の妃たちは、そう一斉に叫んで冷たい大理石の床に平伏した。
第二妃マハスティ様のほかいらっしゃる上級妃は、第三妃デルカシュ様、第五妃バハーミーン様、第七妃ゴルバハール様。第一と第四が空席ということを考えると、第六妃パラストゥー様を除く上級妃と呼ばれる古参の妃たち全て、そしてパラストゥー派に属する四名以外の下級妃たち全員が、今ここに勢ぞろいという状況である。
その様子を、しばし呆然と見渡した後で……私はハッと我に返ると、皆に倣って平伏した。
「……マハスティ、これは何の真似だ」
「わたくしたちは、第十六妃アーファリーンの助命嘆願に参りました。その者が許しなく後宮を抜け出していた件につきましては、我々も同罪にございます。何とぞ、寛大なる御沙汰を賜りますよう、伏して願い奉ります」
平伏したまま答えるマハスティ様に、だが玉座の主は不機嫌そうに眉を顰めて見せる。
「妃たちをこれほど集めての嘆願には驚いたが……だが、それでは答えになってはおらぬ。そなたらは、アーファリーンが後宮を抜け出していた本当の理由を知っておるのだな?」
「はい……」
なんとか声を絞り出したという様子のマハスティ様に、だが無慈悲な声が天より降り注いだ。
「ならば、答えよ。答えられぬなら、そなたらも同罪だ」
その瞬間、居並ぶ妃たちの間に無言の緊張が走った。中には恐怖のあまりか蒼白になり、ぶるぶると震えている方も少なくはない。
私が不用心なことをしてしまったせいで、こんなにも皆に迷惑を掛けてしまったなんて。皆が助けようとしてくれているのは本当に有り難く嬉しいことだけど、こんなことなら潔く一人で処刑された方がマシだ。
覚悟を決めた私が、すっと息を吸い込んだ、その時。
「理由は……恐れながら、こちらを御高覧たまわりたく存じます」
マハスティ様が差し出した物をそっと確認した私の目に入ってきたのは、一辺をしっかりと糸で綴った、紙の束である。各頁がたわんでフワフワになっている紙が、何度も回し読みされていることを物語っていた。
だが私はそれを見た瞬間、弾かれたように顔を上げると――無礼を承知で声を張り上げた。
「お待ちください! 私はどうなっても構いませんので、それだけはっ……!」
するとマハスティ様は顔をこちらに向けて、有無を言わせぬ瞳でそっと首を横に振る。それ以上何も言えなくなった私が再び平伏していると、陛下の御座す方からパラパラと紙をめくる音が聞こえた。
そんな、まさか、よりにもよってあんなものを、ご本人に見られてしまうだなんて。
「これは、一体何だ」
しばらくして手を止めると、陛下は訝し気な顔でマハスティ様の方を見た。
「それは、アーファリーンが記した『空想の物語』でございます。わたくしはそれらの『物語』に、より現実味ある描写を求め……物語の舞台となる外廷の様子を彼女がつぶさに観察してこられるよう、定期的に手引きをして参りました。全ては、このわたくしマハスティの指示によるものにございます」
「この『物語』とやら……主人公である小姓の男は、名こそ少し違うがサイードのようだな。そしてこちらの相手である『陛下』なる人物は、容姿も、言動も、まるで余そのものではないか」
「偉大なる皇帝陛下、仰せの通りにございます……」
――ああ、とうとう陛下ご本人に知られてしまった。まさか……妃である私が後宮を抜け出してまで外廷をうろついていた理由が、お二方をモデルにした『俺様皇帝陛下×堅物忠犬小姓』な衆道小説を書くためだったなんて……!
心底申し訳ないやら恥ずかしいやらの感情でぐちゃぐちゃになりながら、私は床に額をこすりつけるようにして平伏し続けた。
もう本当に、いっそ死んだ方がマシだ。でもせめて、庇ってくれた皆だけは……!
「いっ、偉大なる皇帝陛下に申し上げます! これは全て、実際に『物語』を書いた私めの罪にございます。どうか罰は、この私一人だけに……!」
――だが私の決死の言葉は、途中で楽し気な笑い声に遮られた。
「ククッ……、ハッハッハ!!」
文字通り腹を抱えて笑い出したのは、当の皇帝陛下である。
「ハハッ、なんとまあ、なかなかよく書けておるではないか! 古の王には小姓を寵愛した者も少なくはないと聞くが……そなたらはそういった話が、好きなのか? ふうん」
陛下はその端正なお顔をニヤリと不敵に歪めると……傍らにひかえるサイード様の方へ、流し目を送った。
「サイード、愛しているぞ」
「は、はあ……光栄です……」
ニヤニヤと笑う主の様子に顔を引き攣らせ、それでも忠臣は辛うじて笑みを返す。その様子をしばし呆気にとられたように眺めていた妃たちだったが、すぐに我に返って臨界点を迎えた。キャーッという黄色い歓声が上がると共に、バタバタと卒倒する音が広間に響く。推しが尊すぎて死んだのだろう。
「ハハッ、これでは罰を与える気力も失せるというものよ。この『物語』の存在が、幾許かそなたらの慰めとなるならば……まあ、続けることを許そう」
「では、今回の件は!」
「とはいえ、後宮を抜け出た事実を不問とするわけにはゆかぬ」
「そんな……」
マハスティ様の悲痛な声と共に、妃たちの間に再びぴりりと緊張が走る。だがその様子を見た陛下は、いつもの苛烈ながらも冷徹な印象からはごく珍しい、微苦笑を浮かべて言った。
「そう心配せずとも、そなたらに免じて極刑にはするまい。第十六妃アーファリーンには、改めての精査ののち、別途沙汰を言い渡すとしよう」