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第04話 金の腕輪と古い油燈

 あれから私の後宮入りの準備が大急ぎで進められ――そしていよいよ、出発を明日にひかえた夜のことである。祖母のお付きの女中に呼ばれた私は、離れにある彼女の部屋へと向かった。祖母はここ半年ほど、徐々に寝台に伏せっている時間が増えている。そんな彼女は私の顔を見るなり、身を起こそうとしてよろめいた。


「おばあさま!」


 慌てて駆け寄り支えると、祖母は弱々しく口を開いた。


「ごめんなさい、ごめんなさいね、アーファリーン。貴女を守ってあげられなかった私を、弱い私を、どうか許してちょうだい……」


「いいのよ、おばあさま。この砂ばっかりの乾いた国で、族長に逆らったら生きてはいけないもの」


 そう言って、私があえて明るく笑いかけると。祖母は何も言わないままで、寝台の脇に置かれていた頑丈そうな木箱の鍵を開けた。中にあった布包みを開くと、出て来たのは古びた金属製のオイルランプらしきものである。


「せめてこれを、貴女に託すわ」


「これは、油燈(ゆとう)?」


「そう、でもただの油燈ではないの。ロシャナク族がこの過酷な土地で長き繁栄を続けることができたのは、この油燈の力があってのことなのよ。これがきっと、かの恐ろしい場所でも貴女を守ってくれるわ。これが今の私にできる、ただ一つの抵抗よ……」


「この油燈が?」


 思いがけない祖母の言葉に、私がランプを受け取りながら目を丸めると。彼女は弱々しい姿から一転して瞳に力を込め、神妙な面持ちでうなずいた。


「ええ。実はこの油燈の、本当の使い方はね――」


「おばあさまっ! また義姉さんなんかを呼んでコソコソと、何してたのよ!?」


「アルマ……」


 突然、部屋へ飛び込むように現れたもう一人の孫娘に話を中断されて、祖母は困ったように笑みを浮かべた。


「明日嫁いでゆくファリンにね、形見分けをしていたの」


「なによ、義姉さんばっかりズルい! 私だってもうすぐ結婚するんだから、私にも形見、ちょうだい!」


「……わかったわ」


 祖母はどこか憂うような笑みを消さないままで、寝台の傍らにあった大きな葛籠(つづら)の中から、輝く黄金の腕輪を取り出した。腕輪の周りには立派な宝石が三つ、並ぶように()め込まれている。


「アルマガーン、貴女にはこれをあげましょう。ずっと欲しがっていたでしょう?」


「やった! フフッ、私はこんなに大きな宝石のついた腕輪をもらったわよ? それにひきかえ義姉さんのったら、そんな小汚い油燈だなんて……とってもお似合いじゃない? ほら、話はもう終わったんだから、さっさとソレ持って行きましょ!」


 義妹は満足そうに笑ったが、私を祖母の部屋に置いて行き追加で何かもらうことだけは、とにかく(はば)んでおきたかったのだろう。祖母に礼を言おうとする私の腕に、彼女は強引に自分の腕を絡めると……有無を言わさず、私を部屋から引っ張り出したのだった。




 ――翌朝。私は義妹のために刺していた刺繍の婚礼衣装を自ら(まと)い、宮殿へと向かった。皇帝から届いた支度金の半分にも満たない、最低限の嫁入り道具。それ以外の持ち物はといえば、父が残した多くの手記と、祖母から託されたあの古びたランプひとつだけ――。


 こうして嫁いだ私が初めて顔を合わせた皇帝陛下は、こちらを一瞥(いちべつ)するなり、あまり興味もなさげに言い放った。


「なんだ、砂漠一の美姫の娘を差し出すという触れ込みであったから期待していたが、ただの痩せぎすの子どもではないか。……まあ良い。部屋と、あと適当に菓子でも与えてやれ」



  ◇ ◇ ◇



「――こうして私は、義妹の代わりに後宮へと参ることになりました。しかし野蛮な西方人を彷彿(ほうふつ)とさせるこの髪色は見苦しいから隠しておくようにと言われ、あの黒髪のカツラを被せられたのでございます」


 私は惨めすぎる部分の描写を適度に省略(カット)しつつ、さらっと一通りの説明を終えて平伏した。もっとも、いざ宮殿に来てみると多様な地域から人材が登用されていて、茶髪なんてそれほど珍しくもない髪色だったんだけど……陛下を騙したと思われるのが怖くて、言い出すタイミングを逃していたのだ。


「なるほど、カツラの理由については、まあ納得できなくもないものだ。だがそれだけでは妃が後宮を抜け出して、ここで我らの話を盗み聞きしていた理由にはならん」


「で、ですよねー……」


 サイード様に(にら)まれて、私は首を(すく)めたが……ここにいた本当の理由なんて、口が裂けても言えるわけがない。


『暴君()()なんて、むしろ萌え!』なんて、なぜ軽く考えてしまっていたのだろうか。せっかく、ようやく、安住の地を見つけたと思えたところだったのに。


 私の人生、終わった……。


 血の気の引いた顔でうずくまった私の手首は、まだサイード様に掴まれたままである。彼は黙り込んでしまった私の耳元に顔を近付けると、低く言い含めるような声音で言った。


「どうしてもお前が口を割らないというのなら、マハスティ妃にも話を聞かねばならないな」


「そんな、マハスティ様のお名前は、私がとっさに出任(でまか)せで口にしただけで……!」


 弾けるように見上げた私に、サイード様は厳しい顔を向ける。


「やはり、その反応。わざわざ他の妃を(かば)おうとするなどと、マハスティ妃もこの件に一枚噛んでいる可能性が高いな。やましいことがないのなら、何でも証言出来るはずだろう? では戻ろうか、後宮へ」


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