表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/41

第22話 超攻撃型デトックス

 するとサイード様は、信じられないといった様子で目を見開いた。


「人の肌からそんな毒気が出る……だと!?」


「はい。その原理は未だ解明されていませんが、西方ではこのような症例がすでに何例も報告されています。原因は生活習慣や食生活の乱れなどによる毒素排出機能の不調によるものではないかと言われておりまして……環境の悪い奴隷市に売られてから匂いが出始めたという証言とも、一致しています」


「そんな症例があるとはな……驚くべきことだ」


 あの冷徹と呼ばれた陛下が何日も連続して彼女のもとへ通わずにはいられなかったのは、その依存性の高さが原因だと考えたならばうなずける。さらにあの、()()()()()のだという女性の名を譫言(うわごと)のように呼んでいた様子からすると……幻覚を見ていた可能性も、高いだろう。


「では今すぐ、タオニャン妃を後宮より()()する必要があるな」


 そんなサイード様の(けわ)しい声を聞き、シャオメイさんは意味が分からずとも不穏な空気を感じ取ったのだろうか。


『ファリン、さま……どうか、たすけて……』


 すがるようにこちらを見る瞳に耐えかねて、私は思わず口を挟んだ。


「あの、お待ちください! これは彼女が悪いのではなく、あくまでも病が原因なのです。彼女の症状は、日々の食事など生活習慣を改善すれば、落ち着く可能性が高いでしょう。だからどうか、まずは治療を試してから……処罰の決定には、しばしの猶予をいただけませんでしょうか? なにとぞ、お願い申し上げます!」


 だが必死な様子の私に対し、サイード様は(いぶか)しげに首をかしげた。


「なぜそこまで、ほとんど話したことすらない相手の肩を持つ?」


「そ、それは……」


 親に売られて後宮へ来たという彼女の境遇に自分を重ねてしまったからとは、さすがにちょっと言いにくい。適切な言葉を探して黙り込んでしまった私に、サイード様は苦笑しながら言った。


「心配するな。君の仮説を評価し、タオニャン妃は当人のヴィラで隔離の上、治療を行ってから処遇を決めてはどうかと陛下へ進言するとしよう」


「あ……ありがとうございます!」


「いや。確かに、仮説が正しいかの検証は行った方が良いだろう。そもそも陛下が倒れられたことは内密とせねばならんから、大っぴらに処刑するわけにもいかないしな。……さて、食事の改善とは、具体的にどうすればいい?」


「それは妃たちが普段食べているものと同じ食事を三食しっかり()るだけで充分なのですが……とはいえここしばらく桃しか食べていないなら、まずは胃がびっくりしないようにお(かゆ)からでしょうか。典医の指示に従えば、間違いはないかと思います」


「なるほど。ではすぐに、そのように命じるとしよう」


 その日。あまりの感動に涙ぐみながら、シャオメイさんは久しぶりに桃以外のものを口にした。まもなく普通の食事も少しずつ取れるようになった彼女は元気を取り戻し……頬にふっくらとした血色が戻った頃。いつの間にか、あの甘い香りはしなくなっていたのだった――。



  ◇ ◇ ◇



 ――あの騒動から、ふた月ほどが過ぎ。今日も私のヴィラを訪れていたサイード様は、高脚の卓子(テーブル)に並べられたお茶を飲みながら言った。


「世話に付けている者の話によると、あれから、タオニャン妃……いや、シャオメイだったか、彼女の不調はみるみる改善し、近頃は例の香りも全くしなくなったそうだ」


「それはよかった! あの、それで、彼女の処遇はどうなるのでしょうか……」


 おずおずと問う私に対して、だがサイード様は目を細め、優しく笑みを浮かべてみせる。


「安心してくれていい、今回の件は公表できない内容である上に、彼女の存在は東方との外交で今後も役立ちそうだからな。そこで本人の希望なのだが、叶うのならば、君の侍女になりたいのだという」


「シャオメイさんが、私の侍女に!?」


「ああ。第二十四妃の位へ()え置く話もあったが、君への恩に(むく)いたいと」


「そんな、恩だなんて……」


 私が恐縮しきりで小さくなると、サイード様は少しだけ呆れたように苦笑した。


「君のその自己評価の低さは、相変わらずだな」


「いえでも、本当にそんな大げさに言ってもらえるようなものでは……」


「ならばこうしよう。シャオメイが、君にこの国の言葉を習いたいと言っていたぞ。手間をかけるが、侍女として側に置き、教えてやってくれないか?」


「あ、はい。そういうことなら、喜んで!」


「そうか、助かる」


 ようやく明るい表情を見せることができた私に、サイード様は膝上で丸くなっている子トラを撫でながら笑みを返した。彼はこのところ頻繁に笑顔を見せてくれるようになったけど、これもお猫様効果なのだろうか。虎だけど。


 ……実はサイード様、どうやらかなりの猫好きである。だが過敏症(アレルギー)がひどすぎて、これまではまともに触れることすら叶わなかったらしい。それがバァブルでは発症しないとのことで、新しい噂の確認依頼だのなんだのと、最近何かと理由を付けては私のヴィラを訪ねていらっしゃるのだ。


 最初は「アイツの膝、超硬いんだけど……」とか難色を示していたバァブルだったが、今ではおとなしく彼の膝上に収まって、お土産の干し肉をかじるほど馴染んでいる。その姿はどう見ても、ただの猫だ。


「――さて、今日報告にきた理由だが、予想通りトウランの使者からタオニャン妃への面会要請があったためだ。君の提案通りにまず『タオニャン妃は亡くなった』と伝えたら、まんまと『我が国との友好の証の妃を殺してしまうとは、首狩り王の噂にたがわぬ暴挙だ』などと難癖をつけて来たぞ」


「ああ、やはり……」


 私は苦笑しながらよく冷えた茶器を持ち上げると、口をつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ