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第13話 モフモフは正義?

「ちょっと、何やってるの!? この部屋すっごくクサいんだけど!」


 部屋と廊下を仕切る垂れ幕――その下をモソモソとくぐって顔を出した瞬間。バァブルは盛大に顔をしかめて、その丸っこい頭をぴゅっと素早く引っ込めた。


「何って、花を活けてみただけなんだけど……良い香りじゃない?」


 何ごとかと思いつつ、垂れ幕を腕で押し上げ廊下の方を覗き込む。すると子トラは怯えたように、上半身を伏せたまま床を後ずさった。


「ちょっと開けないでよ! キツすぎて頭がクラクラするんだけど!?」


 バァブルは嫌そうにしているけれど、この香りの正体は花びらがとっても大きな白百合の花である。ちょっと匂いが強めの品種とはいえ、すごく良い香りだと思うんだけど……猫は鼻が人間の何万倍も利くらしいから、香りが強すぎるのかもしれない。

 ――って、精霊様ってやっぱりただの猫なのかしら?


 とはいえうずくまって辛そうに鼻づらを押さえている姿はさすがに気の毒で、私は慌てて重たい花瓶を持ち上げた。せっかく庭園から届けられた見頃のお花なんだけど、同居人が苦手なのなら仕方ない。


「ごめんごめん、外に出すね!」


「よろしく~」


 私は花瓶ごと屋外、だけど窓からすぐ見える位置に百合を置くと、バァブルの方へと戻って聞いた。


「これでどう?」


「うーん……やっぱりなぁんか嫌なニオイなんだよね。残り香の換気が終わるまで、散歩でもしてくるよ……」


「うん。気を付けてね~」


 すごい魔法の力を持つという精霊様が、こんなにも香りに弱……もとい繊細だなんて、ちょっと意外だったかも。


 こうしてヴィラから出て行ったバァブルだったが、だがそのすぐ後のことである――第五妃バハーミーン様の豊かな胸元に(いだ)かれながら、ご満悦な顔で帰って来た。


「ちょうどアーファリーンの猫ちゃんに会いに行こうと思っていたら、さっきそこでバッタリ会ったのよ。白のトラ柄だとは知っていたけど……ムクムクしててとってもカワイイわぁ。食いしんぼちゃんなのねぇ!」


 すると柔らかい胸にうずまり満足そうにしていたバァブルが、一転して不満そうな顔をする。彼(?)はオスの虎の赤ちゃんを依代(よりしろ)にして生まれ、もう数百年が経っているようだけど……精霊としてはまだまだ子どもで、幼い姿をしているらしい。


 そんな精霊様を、まさか本当に虎だと言って許可が出るはずないと考えて「白いトラ猫です」と申告したところ……丸顔で手足が短いせいか、ここの皆からはムクムク太った成猫だと思われているのだ。


 外国にいるという虎の存在は皆知っているけれど、しょせんは絵でしか見たことがない。だから猫の一種で通すことができたんだけど、それが誇り高き精霊(ジン)様的には、どうやらちょっぴり不本意らしいのだ。とはいえおっとり喋る美人の腕の中はやはり居心地が良いようで、逃げ出すほどではないようである。


「じゃあ今度はうちの子たちにも、会いに来てねぇ」


 思う存分バァブルの白い腹毛を掻きまわしてから、バハーミーン様は最後にそう言い置くと。満足そうに笑いながら、自分のヴィラへと帰って行った。



  ◇ ◇ ◇



 ――その、ほんの数日後。後宮は大混乱に(おちい)っていた。


「次、こちらも干して参ります!」


「ええ、お願い! あとこれ、私も一緒に持って行くわ」


「それはお妃様に、申し訳が……」


「いいのよ。そもそも私の部屋なんだし」


 私は恐縮する侍女に困ったように笑いかけると、巻いた毛皮のラグを両脇に担いで侍女と一緒に部屋を出た。すると他の妃たちのヴィラからも同様に、敷物やら絨毯やらが慌ただしく運び出されているところである。


 なぜ後宮(ハレム)が突然こんな事態になっているのかというと、一昨日くらいから急激にノミが大発生したためだ。一か所ちくっと刺されたくらいなら大したことない小物だけれど、何か所にもなると腫れたりかゆかったりで大変だ。そこで急遽後宮を上げて、ノミの一斉駆除大会が始まったのである。この後宮が出来てもうすぐ十年が経つが、これほどの大発生は初めてのことらしい。


「ノミにはちゃんと気を付けてたのに、急になんでー!?」


 庭園の隅にある広い洗濯物干し場に、ラグを預けて戻ろうとしていると。道沿いにあるヴィラの中から、バハーミーン様らしき大きな嘆き声が聞こえてきた。実はかなりの猫派であるバハーミーン様は、私のよりちょっと広いだけのヴィラで、十四匹もの猫を飼っているのだ。最初は二匹だけだったのに、気づけばここまで増えてしまっていたらしい。


 ノミにとって、猫はこの上なく理想の宿主である。きっと大変なんだろうなぁ……とか他人事のように考えていると、ガッシャアアアンっと大きな破壊音と共に、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「大丈夫ですか!?」


 思わず手近な窓からヴィラの中を覗き込むと、水浸しの絨毯の上に元は大きな花瓶だったらしき物が砕け散っている。興奮した猫たちが思い思いに走り回っているなかで、この部屋の主が力尽きたようにへたり込んでいた。


「もうイヤーっ!」


「あの、バハーミーン様、破片の中に座っていたら危ないですよ!」


「アーファリーン……」


 涙に濡れた顔を上げるバハーミーン様に、私は思わず声を掛けた。


「すぐにまたお手伝いに来ますから、安全確保してちょっと待っててくださいね! あと部屋の燻蒸(くんじょう)に使う除虫菊、在庫が尽きる前に早めに倉庫に取りに行くよう使用人に命じておいてください!」


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