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第12話 効果的な『伝えかた』

「ひとまず出来ることは……樹木ほど程よい目隠しの代用品が見つかるまで、廊下に樹液が溜まらないよう小まめに除去させるようにする事ぐらいだろうか?」


「古い樹液の汚れはかなり頑固ですから、本気でやるなら人員を集めて時間をとらねばなりません。そうでなければ、現在の担当者だけでは負担が大きすぎてしまいます」


 私もかつて実家で同じような黒ずみを落とせと言われたことがあるのだが、結局は表面を削り取るように力をこめてこそぎ落さねばならず、とても難儀したものだ。なまじ自分は使用人側の大変さが分かってしまうから、簡単に「やれ」とは言いにくい。


「そうか……。だが他に、早急な対応策はあるのか?」


「策というか、とにかく滑らなければ良いということであれば……焼いた貝殻を細かく砕いた粉を数日おきぐらいに撒いておくと、滑り止めになるはずです」


「なるほど、貝粉であれば他の用途も多い物だし、倉庫を探せばいくらか余分の在庫があるだろう」


 真剣な顔で頷いているサイード様は、それが職務なのだとはいえ、どうやら本当に妃たちの身の危険を案じてくれているようだ。使用人の負担増もすんなり考慮に入れてくれたし、陛下の信任厚い小姓頭という現在のポジションを得られた理由は、ただ血縁であるからだけではないらしい。そう考えると、なんだかもっとお役に立ちたくなってきたけれど……何か、良い方法は――。


 ――あ、この方法ならば、流行を変えられるかも!


「ほかの改善策として、妃たちへの注意喚起の()()()()に、ひとつ提案があるのですが――」



  ◇ ◇ ◇



 ――三ヶ月後。サイード様は再び私のヴィラを訪れると、高脚の卓子(テーブル)に着いてお茶を飲みながら言った。


「君の提案した通りだったな。貝粉を撒き始めてから転倒事故が無くなったこともだが、そもそも例の通達から木靴の使用も明らかに減っている」


「それは良かったです!」


 例の通達とは、私が提案した『皇帝陛下がヴィラを訪れた妃は、原則としてひと月のあいだ木靴の使用を禁ず』というものだ。するとまず第六妃パラストゥー様が、いっさい木靴を履かなくなった。暗に『私、定期的に陛下にお声がけいただいてます!』とアピールするためである。すると対抗するかのように木靴を履かない妃が増えて、間もなく流行はすっかり終わりを迎えたのだった。


「妃たちの事故が減ったこと、陛下も大そうお喜びであらせられる」


 珍しく目を細めて微笑むサイード様を見て、私は思わず呟いた。


「そ、そんなに陛下のことを……」


「ちっ、違う、そういう意味ではない!」


 そう慌てたように否定して――だがサイード様はすぐに表情を一変させると、言葉を続けた。


「……皇帝陛下は真にこの国と民の未来を思いやられている、とても偉大な御方なのだ。巷では血も涙もない野心家などと呼ばれているが、そもそも陛下が諸部族を統一していなければ、今ごろこの砂漠の民は西方諸国への隷属(れいぞく)を強いられていたことだろう」


 ――つい二十数年ほど前のこと。それまでは不毛の大地だと思われていた砂漠の地下に、大量の魔籠石(まろうせき)が埋蔵されていることが発見された。以来この砂漠地帯は、魔籠石を狙う他国の脅威に晒されることとなったのである。


 だが当時の砂漠に魔籠石の真価を理解している者は少なく、言葉巧みに貴重な資源を買い叩かれていた……その時。当時はまだ部族長の一人だったアルサラーン陛下がいち早く状況に気づき、各部族が団結して抵抗するため、砂漠の国の統一事業を始めたのだという。


「――だが拙速(せっそく)を必要とした統一事業は、我ら砂漠の民にとっても大きな痛みを伴うものとなった。ゆえに西方との戦争で団結の必要性が再確認された今もなお、陛下に恨みを持つ者は多いのだ。俺はいずれ大宰相となり……そんな陛下の治世を、陰日向とお支え申し上げたいと考えている」


 そう熱く語るサイード様へ、だが私はどこか薄く、冷めた笑みを返した。皇帝の甥という確かな血筋に生まれ、これまでも、そしてこれからも、彼は太陽のもとで輝かしい人生(エリートコース)を歩んでいくのだろう。そんな彼がこちらに向ける眼差しはあまりに眩しく真っすぐなもので……強い引け目を感じた私は、思わずそっと目を伏せた。


 でも――。


「そんなふうに、ひたむきに慕える方がいるのは、本当に幸せなことだと思います。きっと私たちは、そんなサイード様と陛下の互いを想い合うさまに、心惹かれてしまったのでしょう」


「想い……いやだから、そういうものではないのだが……」


 先ほどまでの真剣な様子から再び一転、げんなりとした顔をするサイード様に、私は慌てて否定するようにブンブンと両手を振った。


「ああ、そういう意味の『想い』じゃないです! 本当にすみません! 人間的に信頼し合っているという意味の話です! 妄想と現実の区別はちゃんとついてます!!」


「そうか……ならば良いのだが」


 まだ信じられないという顔をしているサイード様に、私は引きつった笑みを向ける。こうして私は、一度失ってしまった信用を取り戻すのは並大抵のことではないと、改めて思い知らされたのだった。


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