断罪のはじまり(1)
私の後ろでマリエが震えているのを感じた。
二週間ぶりに会った両親の顔は青ざめている。
「そ、そんなことは認められない!」
と発狂に近い声で父は言った。
「それはなぜですか?ああ、兎族の王は、僕が気に入りませんか?」
笑顔のままアルテミオは父に近づくと、十五度のお辞儀をしてそう言った。
狼特有の、その圧倒的な威圧感にたじろいでいる。
我が父ながら一族の王とは思えぬ威厳のなさである。
「いえ!そういう訳では決して!決してなく!殿下は娘には勿体ない美丈夫、白髪頭の姉の方ではなく、妹のマリエと婚約された方が良いでしょう!?」
「妹?マリア殿の方が良い?なぜです?なぜそうなるのですか?」
笑顔で受け応えしているが、金の瞳は笑っていない。
「いやいや、だって誰が見たってマリエの方が良いでしょう!?」
「はあ、」
「こんな公の場で、一族の恥をわざわざ晒して、恋の駆け引きとは感心しませんな!」
「僕は恋の駆け引きを楽しむ質じゃあない。リリー殿を本気で妻に迎えたいと、そう言っているんだ」
父は思いっきりポカンとしている。
「え…?どう見たって、マリエの方が美しいでしょうに…」
「美醜の好みは人それぞれですよ。確かにマリエ殿は美しいんでしょうなぁ…」
その言葉にマリエが駆け寄る。
「私ともっと早くに出会っていればこんなことにはなりませんでした…!今からでも遅くないですわ…!私の心はっ…アルテミオ様のものですから!」
マリエはアルテミオの前に立ち塞がり、恥も捨て懇願する。
本気で自分を選ぶと思っているからだ。
「うむ」
マリエは満面の笑みで、アルテミオに飛び付こうとした。
「マリエ殿は美しいんでしょうな、"ご両親にとっては"。見た目がマゼラン夫妻にそっくりでいらっしゃる。良かったなあリリー、ご両親に似なくて」
「お陰様で。両親から私は血のつながりがないと言われましたから」
目を伏せて静かに言った。
「おっお前、何を言っている!?」
父は声がひっくりかえる。
「ああ良かった。もし妹君と結婚話が進んでしまったら、くちづけをする度にマゼラン夫妻の顔が浮かんでしまいそうだからな」
その言葉にマリエは絶叫した。
場内で失笑が漏れる。
「わたっ私が!こんなのに似ていると言うんですの!?」
寵愛を与えてくれた、その両親を指差す。
父は脂汗を吹き出し、母は驚きの表情を隠さない。
「ええ。もう、びっくりするくらい似ていらっしゃいますよ」
にこにこと笑いながら、アルテミオは低い声で諭すように言った。
ざわつく会場内。
「…どう見ても似すぎよね…ぷっ」
「もしかして気付いてなかったのかな…」
「あれだけジロジロ見られてて、むしろ気付かないなんて」
ひそひそと話す声がそこここで飛び交う。
マリエはキッと睨んだ。
(私が見られていたのは、父と母に似ているからだと言うの!?)
とでも思っているのだろう、顔を真っ赤にして、口元が戦慄いている。
親子としても似ているし、マゼラン夫婦は似たもの夫婦。
3人が3人とも似ているので、並んで歩く姿は三つ子のよう。
同じ顔が違う服を着て並んで歩いている様は、余りにも滑稽なのだ。
(かく言う私も、外の世界を知るまでそのことに気づかなかった訳だけれども。ある種の洗脳よね)
妹は可愛い、愛らしい、美しいという思い込み。
マリエは震えながら言う。
「こんな…白髪頭の悪魔のような瞳の…どこが!」
「白髪…というか…銀糸の女子は天使の祝福という言葉を知らないのですか?赤い瞳はルビーの輝き。悪魔の目は白眼の部分が赤いのですよ。そんなことも知らないのですか」
アルテミオは自身の白目を指差して言う。そして、ため息まじりに続けた。
「ご両親の洗脳か、はたまた美しさへの嫉妬か存じませぬが…。リリー姫の美しさは本物です。見目が美しいだけじゃない、好きな本を見る眼差しや、なんでも美味しそうに食べるところとか、それから優しくてか弱いのかと思いきや、実はちゃんと芯があって……」
なんだか話が変な方向に曲がったので「アルテミオ様!」と言って袖を引っ張ると、咳払いを一つして、低い声で続けた。
「それに、何度も言うが美醜の好みは人それぞれでありましょう。押し付けないでいただきたい」
これには父が反論する。
「しかしながら…このリリーは猫族との婚姻が決まっておりまして」
「それは、これのことですかな?」
レイがアルテミオに書状を渡す。
「猫族の王子タントレ・ガスター殿下のサインとリリー・マゼラン姫のサインが書かれた婚姻誓約書です」
「なぜそれをお持ちなのです!?」
父は素っ頓狂な声で驚き、母は口に手を当て青ざめている。
「それは、すでに届け出た誓約書。アルテミオ殿下がなぜお持ちなのか!」
父は詰問する。
「なぜって、これはリリー姫のサインではないから無効なのですよ。リリー姫は既に転居届を出し、住居が一時的にこの城になっておりますので、本人宛でこの城に戻ってきたのですよ。この書状のサインは確かに本人のものなのか確認せよと」
「そんなはずはない!」
父の言葉にアルテミオは唇を片方だけあげて嘲笑う。
「そう、今まではそんなはずはなかった。リリー姫のサインとして届け出ているものは父君、マゼラン国王が書いたものだったから」
アルテミオはこの戦いに備えて、二週間大奮闘してくれた。
その一つが、婚姻誓約書が出されるよりも前に、届け出ているサインを私本人のものに変えること。
そして、二つ目が婚姻誓約書が勝手に出されたときの対応として、不受理届けを出すこと。
本人の意向を無視した公的文書の提出に備えて先手を打ったのだ。
婚姻誓約書が出されれば、必ず本人宛で確認書状が届く。間違いなく本人が出した婚姻誓約書ならば許可を、本人以外が勝手に出した書類ならば即刻婚姻誓約書は無効となる。
以上を説明すると父は息が苦しいのか、胸を押さえた。
「人の尊厳として最低限のことをやったまでですが?何か想定外のことでも起きましたかな?」
アルテミオは勝ち誇った顔で笑った。
「勝手に転居などと…」
「そもそもの原因は勝手に婚姻させられたことではないのですか?父君に勝手にサインまで書かれて。十二分な理由となり得ましょう」
「そうだ!猫族の…猫族の王子はこんなこと許さないはずだぞ!」
と思い立って逆転の光明を見つけた様子で父は言った。
「そのことですが」
割って入ったのは猫族の王子、タントレ殿下だ。
「リリー姫とアルテミオ殿下からお話を聞きまして。私は無理強いをしてまで結婚したいとは思いませんが…」
「そんな!通行料は…通行料はどうなるんです!」
父の言葉に呆れたタントレ殿下は苦笑した。
「アルテミオ、うさちゃんって超ケチだよね…通行料て…」
「まあ、聞いてやれよ。通行料?勿体無いらしいから」
タントレは仕方ないと言った感じで父に向き直る。
「それはリリー様と結婚した暁には兎族の通行料は免除されましょう。しかし、私が断ると言ったら?」
「では!ではこのマリエはどうです!?」
信じられない。姉がダメなら妹をと言うのだ。
妹があんなに嫌がったから私に押し付けた求婚を。
「いえ、それはもっとご勘弁を…」
「なぜです!?もともとはマリエに来ていた求婚でしょうが!?」
「いえ?私は初めからリリー姫に求婚したのですが?」
タントレ殿下はキョトンとして続ける。
「リリー様の成人パーティでお目にかかって一目惚れしたので、お嬢様と婚姻をしたい旨お伝えしたかと思うのですが。無理強いしてまで結婚したいなんて思うほど独占欲は強くないと思います。うーん、自分で言ってて悲しくなってくるな…」
「それが?」
父の顔は歪む。
「だから、なぜそれで妹君のマリエ様になるのです」
本当にわからないと言う顔でタントレは半ば呆れて言った。
「つ、つまり初めからこのリリーに求婚していたと…」
「そう言ってますが、伝わりましたでしょうか?」
キャッツアイを細めて言う。
マリエはツカツカと歩み寄る。
「猫の分際で私を侮辱して!許しませんわ!」
タントレ殿下は苦笑する。
「どうぞ、許していただかなくて結構。兎族とは引き続き懇意にさせていただきましょう。通行料をきちんと払って頂いて」
「こんな屈辱は初めてだ!よくよく覚悟なされませ。猫も、狼も」
「おや、争いますか」
「兎は噛み付くと怖いですぞ」
父は精一杯の虚勢をはるが、足が震えている。
母はもう、立っていられなくなっている。
「そうそう、兎狩りというのがあるそうですな?」
母はひっと声を上げた。
「ここにいる皆に問う。兎狩りなるものを知っている者はいるか!?」
会場内はしんと静まり返る。
これが答えだ。
「私がもっとも恐れた兎狩り。怖くて領地を出られなかった。いいえ、出してももらえなかった」
私の復讐劇はようやく幕を開ける。
「なぜ兎族には私のような白髪と赤い瞳がいないのか。殆どがブラウンかグレー。でも、お婆さまは私と同じ白髪に赤い瞳だった」
母はビクビクして耳を塞ぐ。
「白髪に赤い瞳の兎を狩ったのは、あなた達ですね。お父様、お母様」
父と母は互いに抱き合って震えている。
「何人殺したのです?」
私は父と母に近づいて、見下ろす。
アルテミオはレイから書類を受け取り言う。
「ここに、過去15年の兎族の死刑判決記録がある。その殆どが白髪に赤い瞳の女性だ。なぜでしょう」
「そ、それは…」
「白髪と赤い瞳は呪われた血よ…自分達だけが高潔だという傲慢な血なのよ。お義母さまのように。その血があのリリーにも流れている」
母は怯えた眼差しで指をさした。
「僕はてっきり、血のつながりはないのだと思ったのです。リリーもそう聞いてしまったと言っていた。だが、リリーとて実の子なんでしょう?」
「当たり前です。リリーとて我が子。ですが、可愛い我が子はマリエ一人だ」
きつい。
向かってくる言葉が槍のようだ。
でも、そんなもので私の心に傷はつかない。つけさせない。
「なぜ姉妹でこんなに差別を?」
「なぜ?姉は私たちに似ず傲慢な血。妹は可愛いでしょう。何を言ってるんです?当たり前のことを」
二人とも心底わからないと言う顔で答えた。
「そうですか」
アルテミオはパチンと指を鳴らす。
出てきたのは、私を襲った熊族の猟師だ。
「おまえ!!」
父は指を指す。その手は震えていた。
「これは我が領地で捕らえた猟師です。マゼラン王の命でリリーを銃で撃った。…さて問題です。狼の領地でこのような揉め事を起こされた王と女王は両族間の協定でどのように処すのが妥当でしょう?」
「晒し首…」
「ご名答」
アルテミオはニコニコ笑顔で拍手した。
「ひいいっ!」
母は泣き出してしまう。
「ですが!将来の妻のご両親ですから、許して差し上げましょう」
「ほ、本当か!?」
父は涙も汗もぐちゃぐちゃの顔で縋る。
「ただし、条件があります」
父はその言葉にごくりと生唾を飲み込む。
「マゼラン夫妻には、リリー姫と同じように彼岸花の森でこの猟師から逃げ回ってもらいましょう」
「…え?」
「そして、このリリー姫が許したら終わりとしましょう。つまり、あなたたちは、きちんと反省して心からリリー姫に謝罪しながら逃げ惑い、リリー姫がお二人を許せば終わると言う訳です」
「そ、そんな」
アルテミオは良いことを思いついたという風に手を叩く。
「そうだ、妹君も参加されれば銃は止めて刀にしましょう」
五本の指を揃えて、マリエを指した。
「マリエも!マリエも参加させます!」
マリエは目を血走らせる。
(呆れた)
あんなに可愛がっていた妹を自分達の命のためにすんなり差し出す。
「お父様!お母様!!私が可愛いのではないんですの!?私の命を売るのですか!?」
「うるさい!もともとお前が狼の王子なんかに想いを寄せるからいけないんだ!」
父はもうどうでも良いと言う風にマリエをも怒鳴りつけた。
「おや、元々の原因は姉妹に優劣をつけたこと、罪なき人を殺したこと。反省の色がないな、銃に戻そう」
アルテミオは思い切り楽しそうに言った。
「約束が違いますぞ!」
父のその姿に、私は心底辟易した。
「リリー!リリー、助けておくれ…私たちが悪かったから」
今度は私に縋る父母。
「ふふ、もちろん」
「リリー…!!」
「ちゃんと反省し終わるまで、銃に当たらないで下さいませね。私、反省しないままあの世に逝かれたらモヤモヤして夜も眠れなさそうですから。頑張ってくださいませ」
母は遂にきゅう、と卒倒した。
この二週間、私は様々なパーティに出席し、社交界での兎族の振る舞いなどを聞いた。
そこで私は、トノリーたちの助けもあり、自身の容姿に自信を持つこともできた。アルテミオがたくさん耳こそばゆい言葉をかけてくれたお陰でもある。
自分でできる努力も、もちろん惜しまなかった。図書室に籠り、歴史や種族間の協定や、この国の成り立ちを学んだ。
アルテミオやレイの力を借りて、できうる公的手続きを経て沢山のことを学んだ。
アルテミオの古くからの友人だという、猫族の王子タントレと共に作戦を練った。
そうして今日があるのだ。
さあ、たっぷり反省してもらいましょう。
はじまりはじまり。
続きは明日15時ごろ投稿します。
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