突然の求婚(アルテミオ視点)
「殿下、リリー様が気になられますか?」
侍女長のレイは無感情に言った。
「いやー、垢抜けたリリーは本当に美しかった。しかし、レイ。珍しく君こそ気になっているようだね」
黒髪の侍女、レイランは気高い狼族の女性特有のプライドと品性を持ち合わせている。
主人に従順であるが故、客人には客人としてしか接しないが、どうやらリリーには客人以上の感情を持っているようだった。
「先ほどリリー様から伺いましたが、姫君らしい暮らしぶりではなさそうですね」
「ほう?」
リリーから聞いた城での暮らしぶりーー図書室に入室を禁じられていたことや、使用人からも邪険に扱われていた様子、妹君が優遇されていたように感じる旨を話してくれた。
「加えて、湯番のトノリーからの報告ですが…。髪の毛が毛玉になっているところが多く、まるで1ヶ月は森を彷徨ったかのようだったと。恐らく質の悪い石鹸を使っていたのではないかということです」
僕は微かに眉根を寄せる。
確かに驚いたのだ、リリーの話を聞けば城を出たのは昨日今日の話だと言う。
ドレスこそ豪華なものを身につけていたが、装飾品はなく、肌は乾燥していたし、髪は洗いっぱなしで結い上げている様子もなかった。
初めは姫と聞いて驚いたほど。
「ばかな。兎族は良質なオイルが取れるはずだろう、あそこの王族から献上されたものも、この城にあるはずだぞ」
「でしょう?ですがトノリー曰く髪にオイルをつけるのも初めてのようだった、と…」
「兎族は裕福だと聞くが…なぜ一国の姫君が湯浴みにオイルも使わない?以前会った兎の王や王妃、妹君は小綺麗にしていたぞ」
「私などでは分かりかねますが…。殿下が直接お聞きになったらよろしいんですよ」
(それはできれば避けたいところなのだが…)
「自分で言うのもなんだがな、好きでもない野郎に色々詮索されるのは嫌だろう?」
「こうやってご報告するのも充分にお嫌かと思いますけど」
僕は、殴られたような衝撃を食らった。
「……レイの言う通りだ」
「ではこれからはご自分で」
「レイ!」
「あと1時間ほどでご夕食の時間ですから、殿下が図書室に篭ったリリー様をお呼びになったらいかがです?それが良いですね、そうしてくださいませ」
「ちょっと待て」
片手でレイの早口を制す。
「なんです。もう嫌ですよ、探りを入れるようなことは。瑣末な報告なら致しますけれども」
「今、うちの諜報員は兎族に何人いる?」
「両手の数ほどいるかと。報告させますか?」
「頼む」
「御意」
そう言うとレイは素早くお辞儀をして去ってしまった。
「参ったな…」
あまり褒められたことではないが、各族に諜報員を動員させている。
特に熊や鷹、猫族には多く配備した。
この世界のパワーバランスは非常に微妙だ。
どの族も、あらゆる手段を使ってでもこの世界を支配したいはずだ。
中でも臆病な兎は非常に豊富な資金源をいくつも抱えている。
その一つがオリーブだ。
加えて巨大な炭鉱を持っているし、ルビーやエメラルドが採れる山々に囲まれている。
高低差を利用した葡萄造りも盛んだし、葡萄を使ってワインも製造しているのだ。
この国でも一、二を争う大変に裕福な一族である。
しかし、その山に囲まれた暮らしが兎族をより臆病にさせるのだ。
武力で言えば熊族か狼族だが…熊族は非常に短略的だ。
目の前の欲に負けてしまう気質がある。
加えて、北の稲穂も芽吹かない開墾の難しい土地を持つ貧しい一族だ。
熊族はこの世界を統治する王には向かない。
僕は別にこの世界の王になりたいとは思わないが、いずれ誰かが統治したほうが、格段に平和になるだろう。
だとすれば、誰がこの世界を治めるのか…
気がつけば、僕は図書室の前で一人佇んでいた。
気怠い気持ちを引きずって再び図書室の扉を開けた。
そこには、窓から差す月光に照らされたリリーの姿があった。
透き通るような髪も肌も、今にも消えてしまいそうなガラス細工のようだった。
リリーはこちらに気づき、僕を見つめた。
僕は導かれるようにリリーに近づいて髪に触れる。
「アルテミオ様?」
「僕が君を守ろう」
リリーは戸惑い、俄に拒絶する。
「僕が怖い?」
ぶんぶんと首を振る。
「僕は許せないのだよ、君をこんなに怖がらせる奴らが」
「どうして、私ごときにそこまで…?」
そっと柔らかい頬に触れる。
赤い瞳が充血して更に真っ赤だ。
気がつけば、こんなにも目が離せない。
赤くなった耳を軽く屠る。
リリーの肩がびくりと跳ね上がった。
そして、そのまま小声で耳元に話しかける。
「君は美しい。リリー・マゼラン姫、僕は君がたまらなく欲しくなった」
リリーの震える瞼にくちづけを落とす。
「君を妻に迎えたい」
気づけば僕は、リリーに求婚していた。
続きは明日15時ごろ投稿します。
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