顔が近いです!
声がしたので振り返ると、本を片手に持ったアルテミオが佇んでいた。
「あっ、お邪魔しております。アルテミオ様、いつからここに?」
「うん?僕は小一時間くらいここにいるかな。城の中でここが一番お気に入りなんだ。君も本が好きなら好きに使ってくれて良い」
「ご厚意ありがたく頂戴しますわ。本当に素敵…」
私はうっとりとしてしまった。
アルテミオはそんな私をじっと見つめて言う。
「リリー姫、ドレスも髪も…とても素敵だよ。よく似合っている」
「湯番のトノリーさんに磨いていただきましたの。ありがたいことですわ」
私は目で背表紙を追いながら言った。
そこに、かのミステリー小説が見えた。
「あら!サンテシューリッヒの『消えた城の秘密』ではないですか!」
「む、君はサンテシューリッヒが好きか」
「ええ、好きっ!と言って!もっ!一冊しか!読んだことっ!はないのっ!ですけどっ!!」
取りたいが手が届かなくて、何度もジャンプする。
すると、アルテミオが軽々と本棚から抜き取ってくれた。
「あっ」
私の後ろに立つアルテミオに、意外と長身なのだ、と思った。
くるりとアルテミオに向き直って本を受け取る。
(うわあ、本当にサンテシューリッヒだわ…!)
私はその本の表紙にまだアルテミオの影が落とされていることに気がついて上を向くと、
その高い鼻が私のおでこにくっつきそうなほど接近している。
「な、なにを!?」
「サンテシューリッヒ、この方は狼族の偉人なのだよ」
「へえ!?そうなのですね!?」
全然離れようともしないアルテミオに私はどうすれば良いか分からない。
少しずつ顔が下がって目線が同じになる。
グレーの髪が触れるほどの距離。
金の瞳に射抜かれるように見つめられた。
ぎゅうう、と顔をこわばらせて、目一杯横を向いた。
「そしてね、この作家は兎族のご令嬢と結婚したのだよ。そのご令嬢の名は、リーン伯爵令嬢」
「リーン…」
狼に食べられたという、あのリーンなのだろうか?
「そう、恐らく君の中の疑問は正解だ。そして、君を磨いた湯番のトノリーはまさにその娘さんだぞ」
「まさか!確かにトノリーは狼と兎のハーフだとは言ってましたが…」
「次に会った時、父君のファンだと言えばサインくらいもらえるかも知れないな」
と言って笑い、私から離れていってしまった。
まだ目の前に、アルテミオの残り香がある気がしてしまう。
トノリーはサンテシューリッヒとリーン伯爵令嬢との間にできた…
ではリーンは狼族に食べられたと言う話は?
アルテミオはドアを開ける。
「そうそう、リーン夫人は今もご健在だ。滞在中に会ってみると良い」
「え?」
そして、そのまま図書室を出て行ってしまった。
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