ちゅるんちゅるんの仕上がりです!
「しばらく、ここにいると良い」
アルテミオは全て聞き終わると、感情の読めない顔でそう言った。
「そうはいきません…」
俯き、瞼を伏せた。
「リリー姫、僕はね、思うのだよ。この出会いも運命ではないかな?」
「ご冗談を…」
「ともあれ、怪我をされているのだから、お預かりしている旨、僕から兎族に書状を出そう。悪いようにはしない。うむ、そうと決まればすぐに使いを出そう」
アルテミオはそう言って椅子から立ち上がって出て行ってしまった。
「困ります!」
しかし、伸ばした手は所在なさげに空を切った。
どうしよう。
すぐに帰るしかあるまい。
でも、両親と妹にどんな顔をして会えばいいのだろう?
飛び出して行ったことは、きっと強く叱責される。
でもーー
両親から教わった彼岸花の森で襲われた。
私は両親の子ではないのかも知れない。
マリエへの求婚を私に押し付けたというのは本当なのだろうか。
『リリー、お前は兎族の未来を救うのだ、断ることはあるまいね?』
ぐるぐる回る思考。
父の言葉が頭で響く。
「おえっ…」
気持ち悪くなってえづいた。
「どうすれば…ううっ」
涙が溢れて止まらない。
コンコンとノックが響く。
「失礼します」
さきほどの黒髪の侍女だ。
ゴシゴシと涙を拭う。
「あら…リリー様……」
(いけない、気付かれたかしら)
しかし、何も聞かずに侍女は言う。
「よろしければ、極上の湯浴み、いかがですか?」
「え、でも…」
そっと撃たれた腕に触れる。
「お怪我に障らないよう、湯番に申し伝えますので、ぜひごゆるりと」
(優しいな、きっと泣いていたのを知って提案してくれたんだ)
黒髪の侍女は「こちらへ」と短く言って、浴室までの城内を軽く案内してくれた。
「この階段を下ると図書室がございまして…」
「まあ!それは素敵ね!」
「ふふ、ご夕食までのお時間、宜しければ図書室にご案内しましょう」
私は嬉しくて今日一番の笑顔になってしまった。
「ありがとう!…えっと…」
「侍女長のレイランです。どうぞ、レイとお呼びください」
「レイ、あなたって本当に素晴らしい気配りだわ…」
「私などには身に余る、もったいないお言葉です」
「狼族の使用人の方達は皆このように気遣い、気配りができるように感じるわ。所作に気持ちがこもっているもの」
「と言いますと?」
「えっと…」と言って少し口籠る。
「例えば、私は城の書庫に行くことは禁じられていたし、近づくだけでも侍女から叩かれたわ。湯浴みも一人でやっていたし。湯番はいたけれど、妹専用だったの。あとは、陽が明けきらない早朝、わざと起こすのよ。「シーツ交換の時間です」って。寝ていてもお構いなしで床に転がされたものよ」
うんうんと頷きながら私は答えた。
「それは…」レイはぐっと堪えたように見える。
「なにか?」
変なことを言ってしまったのだろうか、侍女はバツが悪そうにしている。
「いえ、他の種族のことを、私たち狼族に当てはめて言うのは烏滸がましいかもしれません」
そう言ったきり、レイは黙ってしまった。
浴室に着くと、レイは湯番に傷の箇所を丁寧に説明してくれる。
「私はこれで一度失礼します。終わりましたら早速図書室にご案内しますので、それまで疲れを癒してくださいませ。では、ごゆるりと」
と言って退室した。
湯番の女性はとても狼族とは思えない、ブロンズの髪に青い瞳だった。
女性の私でも見惚れてしまうほど、肌艶もよく丁寧に手入れされた爪と美しい顔立ちと…それからナイスバディなお姉さんだった。
(す、すごい)
私は少し寂しい胸元をタオルで隠す。
「湯番のトノリーですわ。なんて愛らしい姫様でしょう…うっとりしてしまいます。ふふふ…このトノリー、腕によりをかけて、ちゅるんちゅるんに磨き上げます!」
トノリーと名乗ったその湯番は、腕まくりをすると、瞳の奥に炎が灯ったように見える。
(何かが彼女の琴線に触れてしまったみたいだわ)
素晴らしい香りのする花が、たくさん浮かんだ湯船に浸かる。
腕を湯につけないように台が置かれていた。
(ありがたいな…)
トノリーは「失礼します」と言って、ゆっくり洗い始める。
「ものすごい原石ですわ。磨き上げた姿を殿下が見たら卒倒してしまいますわよ!」
「あの、私…何か勘違いされているのかしら?」
「何を仰いますのやら!」
言って今度はフェイスマッサージが始まった。
目を閉じてあまりの気持ちよさに、うっとりしてしまう。
「陶器のような肌!キメが整っていて、シミもそばかすもない…羨ましいですわね」
「私、ほとんど外に出たことがなかったからかもしれないわね」
目を少し開くと、美しい青い瞳がのぞいた。
「狼の方にもブロンズの髪と青い瞳がいらっしゃるのね。美しいわ」
そういうと、トノリーはにっこり微笑む。
「私は狼族と兎族のハーフですから」
(え!?)
「ふふふ、驚かれましたか?だから殿下と姫様を私は全力で応援しますわ!」
「うん?」
「さあさあ、次はヘアオイルですわ!」
顔に蒸しタオルを乗せられる。
きっと顔は真っ赤なのでちょうど良かったかもしれない。
(なんか、すっごい勘違いしてない!?)
ドキドキしていると、柑橘の香りがするオイルが髪を滑っていく。
「オレンジから抽出したオイルですの。素晴らしいのは香りだけではなく、その仕上がりですわ。蕩けるような指通りになるのですよ」
思わず深呼吸する。
突然トノリーは指を止めた。
「あら?」
「何か…?」
「あ、いえ」
(?)
しばらく無言で仕上げてくれた。
あまりに気持ちよくて眠ってしまいそうだった。
それから、ドレスに着替えて薄化粧を施してくれる。
ヘアーアレンジも食事の邪魔にならないような仕上がりだ。
(自分から信じられないくらい良い香りがする)
終わるのを見計らったようにレイが入室して、図書室へ案内された。
(なんだか、皆凄腕の手品師みたいね…)
そう思いながら図書室の中を見渡す。
古書独特の香りがする。大好きな香りだ。
「素敵…」
「やあ、気に入ってくれたかい」
突然の声がして振り向くと、そこにはアルテミオがいた。
「面白い」と思ってくださった方は、ぜひともブックマークや、下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】に星を色塗りしていただくと作者のモチベーションがアップします!
ぜひぜひよろしくお願いします!