結婚式から一転
「リリー様、本当に美しいですわ」
トノリーはじめ、沢山の侍女が仕上げてくれた花嫁姿。
「百合の花冠がとても上品です」
「細部まで拘ってくれてありがとう」
せっかくリリーという名なのだからと、百合の花冠を提案してくれたのはアルテミオだった。
白い、雪のように真っ白いドレス。
美しい刺繍が施されたヴェール。
今日私のために用意された品々。
顎を引いて、目を伏せ、呼吸を整える。
厳かな雰囲気に自然と姿勢が伸びた。
コツ、
僅かな靴の音でさえ、響く音のなんと清らかなことか。
そして、扉が開かれた。
ヴェール越しにアルテミオが見える。
ふわふわの髪は撫でつけられ、いつもとは違う姿に心臓が高鳴る。
柔らかく微笑む彼へと、一歩ずつ歩いていく。
アルテミオが私の手を取り、署名台へ進んだ。
(アルテミオ様の字って、とても丁寧で、でも丸っこくてかわい……素敵だわ)
まじまじと手元を見てしまう。
ペンが渡され、緊張で少し震える。
私もなんとか署名を終えてほっとした。
珍しく緊張した面持ちのアルテミオが、私のヴェールを上げた。
「リリー、君は本当に美しいなあ…」
と言って微笑み、少し赤らんだ顔が近づく。
ゆっくり目を閉じた時、グレーの髪が、ポスッと肩に乗った。
「もう、アルテミオ様」
次の瞬間、アルテミオは、ずるっと崩れ落ちた。
侍女や執事が駆け寄る。
私の足下でうずくまり、肩で大きく息をしていた。
「殿下!」
「早く医者を!」
「どうされました!」
結婚式とは思えない声が響く。
私は彼を腕に抱いた。
「アルテミオ様!?」
血だ。口から血がーー
彼は薄く目を開いて、無理に笑おうとする。
「せっかくの結婚式だったのに。君と誓いのくちづけぐらいしたかったけれど」
喋るたびに溢れる血。
私はもう、手遅れなのだと悟って、思わず彼の唇にくちづけを落とそうとした。
すると
「すまない、薬を盛られたかもしれないから」
と言って指で私の口を押さえた。
肩で大きく息を吸っていたのが、徐々に弱いものになり、私の唇に触れていた手が落ちた。
誰かの悲鳴が耳をつんざく。
レイランは怖い顔で、アルテミオの服を緩めている。
そこからはもうあまり記憶がない。
駆けつけた医者と執事たちによって運び出され、様々な声が飛び交い、バタバタと人が行き来した。
私はレイランに肩を借りてひとまず椅子に座らされる。
しばらく放心していると、先ほどと打って変わって城内が静まり返っていることに気付く。
膝に置いた、少し元気がなくなった百合の花冠に視線を落とす。
「殿下が息を引き取られました」
しゃがんで私を覗き込むようにレイランが言った。
「そう」
「運び込んだ時には既に息をされていらっしゃらず、最期のお言葉も聞けずじまいでした」
「そう」
「殿下が亡くなるよりも前に署名が交わされ、リリー様は奥様になりましたから、お辛いですが今後のことを…」
「そう」
レイランはぐっと拳に力を込めた。
「奥様!!」
その声にビクッと肩が震える。
「…どうか…気を確かに…殿下が守りたかったリリー様まで壊れてしまったら、私は殿下に顔向けできません」
泣き腫らした目で私を見つめる。
「レイ…」
レイランの言葉に何とか意識を手繰り寄せた。
そうか、私は泣いている暇などないのだ。
そして
純白のドレスから喪に服すための黒いドレスに着替え、結婚式は葬儀になった。
医師の話によると、彼岸花の毒を長期間摂取していたことで、最後の一押しとなる毒の摂取により命を落としたと思われるとの事だった。
誰が?どうやって?
鷹の姫イリスは今も捕らえられている。
口にするものは毒味だってしているだろう。
では一体…
思って私は、一つ思い当たる節があることに気付いた。
あの魔法のカードに毒が塗られていたのかもしれない。
そもそも一組融通してもらったとは聞いていないから、二組以上あったのかもしれない。
あのカードはくちづけをすることで遠方にいる人と会話ができたはずだ。
しかし、使用後は消えてしまう。
ということは、もう痕跡は残っていないだろう
葬儀が終わってから、レイランや執事と部屋をくまなく探したが、やはりカードやその痕跡となるものは出てこなかった。
だが意外なことに、タントレを追求したところあっさりカードは二組用意したことと、その内の一枚に彼岸花の毒を仕込んだことを認めた。
タントレとイリスは処刑され、猫族と鷹族は狼族の領地と統合された。
「…アルテミオ様は、一体誰と話していたのかしら…」
ぼうっと窓の外を見つめ、少し冷たい風に、移り変わろうとしている季節を感じた。
「…恐れながら」
レイランは少しだけ迷ってから告げた。
「殿下がカードを渡した相手は、未だ牢に囚われている父君と母君、そして妹君でございます」
「え?なぜ!?」
ー殿下はどうしても見せつけたかったようですよ、幸せで裕福で美しいその姿をー
私は駆けた。
あの人たちが囚われている牢へと。
息も切れ切れ、その格子の前へ来た。
父は落ち窪んだ目で私を見ると
「なんだ、結婚は取りやめになったのか。あの王子も気づいたんだろうな、お前の醜さに。今からでもマリエを貰ってくれるんじゃないか?」
隣の牢からも声が聞こえる。
「リリーの幸せすぎる姿を見ろ、ですって。結局見れなかったわね。本当に残念だわ、ねえ?お姉様?ケッサク過ぎて笑っちゃうわね」
しかし、更に隣からは、静かに母の声がした。
「…いいえ。本当に一瞬だけ、百合の花冠を載せたリリーが映ったのよ。でもすぐに消えてしまった。それから…衛兵がそこに置いていったカードも消えたのよ」
「ええ?そんなもの見えなかったわよ」
「お前の見間違いだろう」
「でも確かに…」
小さいコンソールテーブルをそっと撫でる。
私は無言のままそこから立ち去った。
なんて馬鹿なアルテミオ。
あの人たちに私の幸せを見せてどうするというのだろう。
貴方がいなければ私はもう、生きていられないというのに。
上手に息ができない。
呼吸が苦しい。
すっかり萎れて茶色くなった百合をアルテミオの墓に乗せる。
「貴方の後を追ったらきっと叱られるわね」
「…当たり前です」
振り向くと、やっぱりレイランだった。
「これから統合された領地の整備や諸般の手続き、立ち止まっている暇はありません」
「そうね…」
冷たい風が吹いた。
「私、なぜだか泣けないの」
「悲しすぎると涙も出ないものです」
「そういうものかしら」
「そうですとも」
ふわふわの髪を思い出しながら、固く冷たい墓石を撫でた。
続きは明日15時ごろ投稿します。
明日で最終回です。
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