猫の王子、タントレ・ガスターの思考(2)〜そして解放〜
目を擦ろうと手を動かしたんだと思う。
でも、手を上にあげられない違和感に、完全に目が覚めさせられた。
身体が思うように動かない。
縛られていることに気づくまで少し時間がかかる。
ふかふかベッドの上で、なぜ縛られているんだろう?
「やあ、リリー姫。お目覚めまで随分かかったなあ。本の読み過ぎで寝不足だったんじゃない?」
顔を上げると、タントレがにこにこしている。
「私、なぜこんな所で寝ているのでしょう?手足が動かせないのですけれど、これは…」
「うーん、察しが悪いなあ。怖がりのくせに警戒心が薄いし」
言いながらこちらに近づいてきた。
そして、顔にかかった白髪を愛おしそうに一束ずつ整えられる。
私はゾクッとした。
「…タントレ様?どうしてしまわれたのですか?縄を解いてください」
突然顎を掴まれ「ひっ」と思わず声が出た。
指先に、男の人の力を感じる。
「うーん…それはできないね」
タントレの髪がかかるほどの距離。
恐ろしい笑顔を見る。
「むっ!むうっ!なぜこんなっ!」
「なぜ?アルテミオが嫌いだから。君のことも取っちゃうしさ。僕はアルテミオより先に君が欲しいって言ったのに」
タントレはパッと手を離した。
「無理に婚姻するのは好まないとタントレ様も仰ったでしょう!?」
「あはははははは!!!!!」
急に大爆笑するので、びくりと肩が跳ねる。
「そりゃ、アルテミオの物になってからぶっ壊す方が絶対に楽しいと思ったからね!!」
大きな目から覗く瞳孔がきゅっと細くなった。
それが恐ろしくて堪らない。
「…わっわたっ…私をどうする気ですか!?やだ、離してっ!」
「面白いなあ。怖がりうさちゃんは」
そっと首に手が触れた。
「ひっ!」
「やだなあ、殺さないよ。もっと遊んでからにするよ」
やっぱり、最後は殺す気なんだ。
(どうしよう…アルテミオ様とは喧嘩したまま…殺されるの?)
ぎゅっと目を瞑る。
「だめだめ。ちゃんと目を開けてよ。その赤い目が好きなんだから」
耳元で囁き、カリッと耳たぶを齧られた。
そして、タントレは恐ろしい言葉を発する。
「まずはこの耳を食いちぎってしまおう」
「えっ…」
私は血の気が引いた。
ぺろりとそのまま舐められて、心臓がぎゅうとした。
「それから、逃げられないように足の親指を切っちゃうね。それをさ、アルテミオに送ってあげようよ」
頭を抱く片手はなんとも愛おしいものを抱くようなのに、それが却って私を戦慄させる。
恐ろしい事ばかり、なぜこんなにもすらすら出てくるのか。
この人は、きっと普段から残酷な事ばかり考えて生きているんだ。
「後はそうだなぁ…白眼も真っ赤にしたいから、たくさん殴らないと。これはちょっと僕も大変そうだ」
「やめて…やめて!!アルテミオ様の所に帰して!助けて!」
「はあ?」
ガツン!
頬に鋭い痛みが走った。
「ゔっ!」
口の中に血の味が広がる。
体に力が入り、腕や足の縄が更に食い込んだ。
「なんだよ、アルテミオアルテミオって。あんな犬っころのどこがそんなに良いんだよ」
片手で髪を掴み、持ち上げられる。
ぶちぶちと、何本も抜けたり切れたりする。
痛くて堪らない。
「そうだなあ、最後はアルテミオが見てる前で殺してみようかな。うん、それが良い」
そこへ、突然ノックが響いた。
「殿下…」
「おい、誰も近づくなと言ったぞ」
明らかに苛立った。ぶわっと髪の毛が逆立つ。
しかし、声の主はなおも続ける。
「恐れ入りますが、窓の外を見て下さい。狼の軍がこの城を囲っています」
その言葉を受けるや、タントレは私を突き放し、素早く窓へ飛んでいった。
どかっとものすごい音がして扉が開き、突然入室したアルテミオが周囲を見て状況を確認すると、私に指を指し、それを受けたレイランが私の上に覆いかぶさった。
と同時に、アルテミオは飛ぶようにタントレに掴みかかり、短刀をタントレの首筋に突き立てた。
それは、二、三秒程のできごとだった。
ゆっくりとタントレは両手を上げる。
指先が震えている。
「違うんだアルテミオ、き、君とリリー姫がケンカをしたというから、仲裁を…。そうだ、これは芝居だよ。ははっやめてくれよー。剣を仕舞えよ、危ないなあ」
「これ以上喋ると首を落としてしまいそうだ。黙っていろ」
アルテミオは静かに怒り、タントレは口元を歪ませてぶるぶる震えた。
それから、どかどかと兵が乗り込んできて、あっという間にタントレに縄がかけられて連れて行かれてしまった。
レイランは素早く私の上から降りると、
「緊急事態だったとは言え、大変失礼しました。万が一、殿下がタントレ様の動きを封じ損ねた際、リリー様にこれ以上お怪我をさせる訳にはいきませんでしたので」
言いながら起こして縄を解いてくれた。
「ありがとう、レイ…。アルテミオ様…助けて頂いて、ありがとうございます」
アルテミオはゆっくり振り向く。
怒りの気を発した肩が上下している。
その金の瞳に私を映すと、一歩、また一歩と近づいた。
アルテミオは泣いていた。
「ごめんなさい、アルテミオ様。私は自分のことばかり考えていて、アルテミオ様の寂しさに気づけませんでした」
金の瞳から、ぼろぼろと落ちる涙。
唇を噛み締め、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。
「せっかくお誘いくださったのに、お断りしてごめんなさい」
震える大きな手が頬を包む。
その優しさに心までもが救われていく。
「殴られたのか?口から血が…」
「痛かったですが、大したことないですから。そんなに心配しないでください」
「するだろ!こんなっ…うっ…」
柔らかく抱きしめられた。
ふわふわのグレーの髪が鼻をくすぐる。
もう、何も怖くない。
「一発殴られた以外、あとは何もされてませんから…」
「リリーに怖い思いをさせてしまった。君を守るという約束を守れなかった」
「こうして助けに来てくださったではありませんか。充分に感謝ですわ。でもどうして私が攫われたと分かったのです?」
「…匂い」
しばしの沈黙が流れた。
「…匂い?と言いますと?」
「引かないでくれよ。…僕達狼族は鼻が良いんで、匂いで誰がどこにいるか分かる。それから、発せられる匂いで健康状態も分かるし、危険な目に遭っているかも分かる」
なるほど?
「そういえば、何度か匂いを嗅がれたことがありましたね…」
「怒るか?」
「怒りませんとも」
涙でぐちゃぐちゃのアルテミオは顔を覗き込む。
「もう、ひどい顔」
ふふっと笑ってアルテミオの髪を撫でた。
「帰りましょう」
手を取り、猫の城を後にした。
続きは明日15時ごろ投稿します。
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