初めてのケンカ
やっと私に訪れた、本に没頭できる日々。
夜明けから皆が寝静まる夜遅くまで、多くの時間を活字の海で泳いだ。
今まで満たされることのなかった知識欲。
見たこともない景色の情景を想像する。
知らない感情に名前がついていく。
恐ろしい殺人犯をドキドキしながら、探偵とページの追いかけっこをした。
晩餐中も続きが気になって心ここに在らず。
ポクポクと頭の中で自分なりの推理をしていた。
今日も、図書室で没頭の海の中。
私は現実と物語の狭間を揺蕩っていた。
「こら、リリー、僕の話も偶には聞いてくれよ。寂しいぞ」
さっと本を取り上げられた。
深海から突然引き上げられた魚の様に、目の前が眩しくてチカチカした。
顔を上げるとアルテミオが寂しい笑みをたたえている。
「アルテミオ様…?失礼ですけれど、本を取り上げるのはどうかと思います」
「先ほどから声をかけていたけれど、反応がないものでね。いたずら心が働いてしまったよ。すまなかったね」
もう、と言って頬を膨らませると、両手で頬を挟まれてプクッと空気が漏れた。
「これから、少し出かけないかい?」
「あ、えっと…その本を読み終えてからでも?」
「…まだ半分も残っているじゃないか…少しくらい外の空気を吸いに行こう」
「あー…今、とても良い場面で…これ読みました?」
アルテミオは表紙を見てああと言った。
「『ドンレミーが見た景色は寝室の中』、読んだよ。面白かった」
「でしょう、今殺人犯から逃げるために、大海原をドンレミーが必死に泳いでいるのですよ!」
「…続きが気になる?」
こくこくと頷いた。
アルテミオは微かにため息をついた。
「君、海を見たことはあるかい?」
「大きな湖みたいな所でしょう?お魚が沢山取れる…」
「それならば、大草原は?」
「草が沢山生えてて…」
「なら、僕の気持ちは?」
「はい?」
アルテミオは私の顎を片手で掴むと、金色の瞳で見つめた。
そして、食む様にくちづけされる。
いきなりの事で、驚き、声も出ない。
アルテミオはじっと見つめる。
金の瞳が揺れる。
「君は想像するだけで、それが本当はどんなものなのかを知らない」
「え…?」
「ドンレミーはこの後殺人犯に捕まって死ぬ。だが、遺体は寝室のベッドの上。全く濡れていない。この後探偵が出てきて推理する。殺人犯なんかいないのさ。ドンレミーは妄想の中自殺したのだ」
「ど、どうして言うのですか!楽しみに読んでいたのに…酷い…!あんまりです!」
「そうか、それは悪かったな。で、一緒に来てくれるかい?」
「…行きたくありません」
「それはなぜ?」
「怒っているからです」
「ふぅん。ところで、さっきの質問の答えは?」
「なんです!?」
アルテミオは私の髪のサラッと梳かした。
「僕の気持ちさ。君には分かるかい?」
私は首を傾げてアルテミオを見つめた。
言葉が出てこない。
「アルテミオさ…」
アルテミオは私から離れると図書室の扉を開けた。
「さっきのは嘘だよ。ドンレミーは死なない。存分に楽しんでくれたまえ」
そう言って振り返りもせず出て行った。
景色が滲んで、目を擦った。
本日何話か投稿します。
「面白い」と思ってくださった方は、ぜひともブックマークや、下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】に星を色塗りしていただくと作者のモチベーションがアップします!
ぜひぜひよろしくお願いします!




