イリス・セントナードという女性(2)
鷹の王は、プライドの高い娘・イリスに色々と頭を悩ませていた。
結局娘に甘い王はイリスの良からぬ企みを「イリスならば何とか上手く乗り切れるに違いない」と考える事をやめた。
実際イリスは大変美しかったし、頭も切れる。
自信過剰なところはあるが、王族はそれくらい強くないとやっていけまい。
そう自分に言い聞かせていた。
晴れて狼の王子アルテミオと婚約を結んだのはイリスが十四歳の頃。
月に一度は狼の領地へ出向き、アルテミオとお茶をしていた。
十七歳になっていよいよ来年成人という頃、イリスはアルテミオに会いに行くのとは別に狼領へ足を運ぶようになった。
「彼岸花が綺麗でしょう?私、あの森がお気に入りでしてよ」と言われ、危ないからよしなさいと言ったが、護衛を付けているから大丈夫と言って止めない。
「お父様、私はとても素敵な事を聞いたのですよ。彼岸花って毒があるのですって。美しい花には毒があるのですね。私のようだと思いませんか?」と言われて背筋が凍った。
亡くなった王子が実の子ではないと言ったあの時の表情だ。
「何をする気だ」と問いただそうと何度も思った。
だが、むしろイリスの企てが何も知らないうちに成功する方が一番楽なのではないかという気になってしまった。
触らぬ神に祟りなし。
咎めるのも、問いただすのも、あの笑顔を見ると恐ろしくてできない。
王にとってイリスはいつしかそんな存在になっていた。
イリスは、少しずつ少しずつ月一のお茶会で侍女の目を盗みアルテミオのカップに何かを入れた。
一気に飲ませては確実にイリスが疑われる。
だが分からぬ程度に少しずつ、本人も気づかないうちに健康を害していく。
十八歳になって成人したが、時を同じくして当分お会いできないと通達があり、イリスは憤慨した。
レイランという侍女の機転のおかげでアルテミオは助かったのである。
鷹王の娘は、届いた書面をぐしゃぐしゃに丸めて投げつけた。
それから二人は会う事なく、イリスは時折狼領に忍び込んでは婚約者が住む城を眺めてみたり、かと思えば彼岸花を摘んでみたりした。
うっとり恍惚の顔で花を見つめる。
護衛の兵士はいつものことと特段気にもとめない。
そんなある日、宿泊先のホテルで突然婚約破棄の書面が渡された。
バレたか、いやまさかそんなはずはない。
イリスは爪を噛んだ。
何ヶ月も会っていないのだし、証拠は残っていないだろう。
冷静に対応しなければなるまい。
だが、思考が定まらない。
今、何かを言って墓穴を掘るよりも了承して返信してしまった方が良いかと勢いに任せてサインをした。
ぜえぜえと上がる息、震える手。
全てを無かったことにするようにサインをしてしまった。
今はとにかく眠りたい、倒れ込む様にベッドに横たわる。
バレた時の言い訳を考えよう。
そうだ、私は彼岸花が好きでお茶会の前に彼岸花を摘んでいたことにしよう。
それで、何かの拍子にお茶に彼岸花の毒の成分が入ってしまったことにしよう。
完璧だ。
イリスは安心して眠った。
短い午睡から覚めて、言い訳を裏付ける様にまた森に行って花を摘みに行こうと思い立つ。
そこでイリスは面白いものを見た。
真っ白い兎が熊に襲われている。
弾が兎を掠めて血を流す。ゾクゾクとした。
続きは明日15時ごろ投稿します




