幻影でも恥ずかしいです!
兎族の城に戻ってから三週間、私は臨時的な長として領地運営をこなした。
時々アルテミオから届く手紙には心を癒されたが、返事を書こうとすると、どうしても手が止まってしまう。
レイランもトノリーも面白がって返信を急かすので、図書室で本を読むふりをしながら少しずつ書き進めて、今日やっと返事を書き上げた。
とはいえ、もうすぐ狼領へ一旦帰城するのだ。
私はこっそり持ち出したアルテミオからの手紙の束を見た。
(それにしても、三週間で五通は多いのじゃないかしら…)
返事を待たずに次から次へ、よく書けたものだと感心する。
アルテミオの書いた文字は少しだけ丸くて、それが意外でそんなところがとても可愛く思える。
五通目の手紙をそっと開いて文字を撫でた。
インクが滲んでいる箇所がある。
文字が震えている箇所もある。
(これを書いている時、貴方はどんな顔をしていたの?)
つんと胸が締め付けられた。
不意に封筒の中を見ると、小さいカードが入っていた。
(気付かなかった…なんだろう?)
金の縁取りがされた厚手のカードだ。
ー寂しい時、これにくちづけしてごらんー
そう書いてある。
どういうことなのか、考えてもよくわからない。
なんとなくソワソワして、試してみることにした。
(今…私は貴方に会いたいわ、とても…)
カードをまじまじと見つめる。
恥ずかしい。
でも、誰にも見られたくないから、試すならやはり今…
えい、とカードにくちづけを落とす。
途端、光の輪がくるくると回転する。
(魔力?すごく綺麗…)
くるくる、くるくる
時折色を変えたり、光の強さを変えたりしながらカードの上を光が踊る。
しばらくすると、少し慌てた様子のアルテミオが小さく浮かび上がった。
『リリー姫、お会いしたかった』
「え、アルテミオ様?」
『信じられないと言う顔だね、これは魔力によって遠く離れた人の姿が見え、声も聞こえるカードなのだよ』
アルテミオに手を伸ばしてみても、その姿に触れることができない。
木漏れ日を触ろうとしている感覚に似ていた。
「この様に貴重なもの…ありがとうございます」
『本当はすぐに送りたかったのだけど、手配に時間がかかってしまってね…驚いたかな?』
「ふふ、はい、とっても」
私たちは他愛もない話を繰り返した。
しばらくすると、アルテミオが真剣な顔で見つめた。
まじと見られると、幻影であっても恥ずかしい。
『君に会いたくてね。…それから三日後に、我が狼族主催のパーティが開かれるのは知っているね?それまでに帰って来れそうかな?』
「はい、それまでには必ず戻ります」
アルテミオは手を伸ばした。
透き通る彼の手は、私の頬に軽く触れる様な仕草だった。
そうして唇にくちづけを落とされた。
不思議だ。
幻影だけれど、触れられた唇はなんとなく温かく感じる。
微笑み合うと、やがてアルテミオの幻影は消えた。
カードをぎゅうと抱き締めると、カードも緩やかに溶け出して形を成さなくなり、指をすり抜け消えていった。
(一回使い切りのカード…調達にどれほどの労力をかけられたのだろう?)
そんなことを思うと、なんだかとても嬉しかった。
自室に戻り、何事もなかった様に残った雑務をこなした。
今後は狼領に住みながら、兎領は別邸とし、時折滞在しては狼領に戻る。そんな生活になるだろう。
レイランがお茶を持ってきてくれた。
「明日には発ちますか?」
「ええ、そのつもりよ」
「殿下も早いお戻り、お喜びになるでしょう」
「そうだといいけど」
「今日はトノリーに思いっきり磨いてもらわなくては」
そう言ってレイランは穏やかに笑った。
続きは明日15時ごろ投稿します
「面白い」と思ってくださった方は、ぜひともブックマークや、下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】に星を色塗りしていただくと作者のモチベーションがアップします!
ぜひぜひよろしくお願いします!




