表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/126

第008話 不殺の騎士団長アシュリート・コーディアルとその仲間達(前編)

「やっと着いたんですね。え、どこですか?」


 リックはゆっくりと上体を起こして前方を眺めたものの、2人の先には小高い山があるだけで、まだ森の中だ。騎士団の駐屯地なんて影も形も無い。今までいた駐屯地と同様、平地に広がっているものと想像していたので、不思議に感じたリックである。


「ああ。もう安心していい」

「ここ、本当に第四騎士団の駐屯地なんですか?」


 エメオラが言うのだから大丈夫とは思うけど、半信半疑なリックは、思わず尋ねた。


「本当だ。進めば分かる」


 まだ信じられないといった風のリックに、エメオラは少し笑っているようだ。何せリックは、村を出て初めに入ったのが第三騎士団。そんなものかと思って訓練に励んだものの、結果があのざまである。世の中、騙されやすい人はどんどん騙されると言う。かなり世話をしてもらったし他に頼る人もいないのだけれど、猜疑心は完全には消えない。あまり表情を出さないエメオラだから、時々不安に思うのも事実であった。


 そんなリックの複雑な心中はエメオラには届かないようで、森の道を変わらずロバ(ミル)を引き連れて進んでいた。確かに、少しずつ明るくなっているから、出口に向かっているのは確からしい。



 しばらくすると森を抜け、あたりを一望できる平原に出た。

 それは、リックが息を飲むほど驚嘆した風景だった。


「す、すごい!」


 リックは言葉を失う。


 目の前にあるそれは、標高100m程の小さな山を利用して作られた城であった。

 むしろ山そのものが、一つの城と言える。

 この山の奥には標高の高い山々がそびえており、山頂は雪を被っていた。


 森の狭間から見える建物は木造の塔や煉瓦造りの煙突など多彩で、それぞれに役割があるようだ。加えて段々畑や、牛馬の放牧地もある。入り口に位置する門の前には川が流れており、ちょうど掘の役割を果たしている。周辺を囲む石垣も隙間なく詰められている。


「これが、第四騎士団駐屯地だ。君はしばらく、ここで生活することになる」

「ありがとうございます!」


 ここに来るまで不安もあったリックだったが、思ったより良い場所だ。

 これからの生活に期待が持てて、ワクワクしてきた。


 橋を渡った先にある入口の荘厳な楼門(ろうもん)は、固く閉じられていた。橋を渡っている途中、門の二階から弓矢を携帯した門番が何人か現れ、エメオラに気付くと大きな声で叫んだ。・


「エメオラ様、お帰りなさい!」

「ああ、ただいま」


 門番に対しエメオラが挨拶を返すと、門はギィイっと重い音を立てて開く。門番の一人が慌てて奥に走っていく姿が見えた。皆に伝えに行ったようだ。リックは荷台に乗せられ、エメオラと一緒に中へと入った。


 今までの粗末な泥道と違い、駐屯地の内部にある道は石畳で荷台の揺れが少ない。道の先には広場があり、そこから四方に道が伸びている。道の先らしき所に、それぞれの建物があった。山頂にはお堂らしき物が見える。中央の道は一番幅が広くてそのまま真っ直ぐ続き、なだらかな坂の先には一際大きな屋敷があった。


「お帰りなさい! エメオラさま!」

「ああ、ただいま」

「お帰りなさい!」

「エメオラさまぁあ! おかえりなさーい!」


 エメオラが広場まで来ると、駐屯地にいる人々が次々と現れた。皆エメオラの帰りを待ちわびていたようだ。エメオラは、かなり慕われているらしい。だが迎える人々を見て、リックは驚いた。


 兵士もいるが、どう見ても民間人の老若男女が入り混じっている。文字通り子供から年寄りまで、年代は様々だ。駐屯地というよりも、まるで一つの街みたいである。子供達はエメオラにかなり懐いており、彼女に抱っこをせがむ子供も1人や2人ではなかった。


「こらこら、私でも1人ずつが精一杯だ」

「だってエメオラさま、ずっとかえってこないんだもん!」

「そうだそうだ!」

「悪かった、悪かった。すっかり大きくなったな。いや、押すな」


 幼児達がどんどん彼女の足元に集まってきて、勢いでエメオラがよろけそうになる。表情が豊かではないエメオラが慌てふためく姿を、リックは初めて見た。子供達を見るエメオラの目は優しい。


「エメオラ、お帰り」

「久しぶりだな、エメオラ。その子が?」

「ああ、ただいま」


 しばらくリックそっちのけでエメオラが皆の対応をしていたところに、1組の男女が現れた。


 背がめっぽう高い男は騎士の格好で、浅黒い肌と引き締まった筋肉が逞しさを現している。背負う剣も、リックにはとても扱えない大きさだ。短く刈り上げた金髪も併せ顔もイケメンである。一方の女性もエメオラより一回り背が高く、良く手入れされた長い黒髪と大きな黒い瞳が印象的な美人だ。白い法衣を纏い、僧侶(プリースト)の姿をしていた。


 2人の登場で、他の人達はエメオラからすうっと離れていった。騒いでいた子供達も、そろそろと離れていく。それは2人を恐れてではなく、邪魔をしないための気遣いのようだった。


 エメオラは、2人にリックを紹介した。


「彼の名は、リック。第三騎士団兵としてノモニルの戦闘に参加していた。重傷を負ったものの今は命に支障はない。ミズネ、回復魔法をかけてもらえないか?」

「あら、そう。分かったわ」

「おう、はじめまして。俺はヴィクトスって言うんだ。仲良くやろうぜ」

「は、はい」


 ミズネと呼ばれた女性がリックの前に立ち詠唱すると、薄紅色の光がリックを包んだ。すると、ものの数分でリックは松葉杖なく立ち上がれるようになった。


「ありがとうございます!」

「すまなかったな、私の力が至らず不便をかけて」

「いえ、エメオラ様も助けてくださりありがとうございました!」

「ハキハキして可愛い坊やね。金髪碧眼の美少年だし、エメオラの好み?」

「あ、いえ? いや、何とも……」


 意地悪な目で茶化すミズネの口ぶりに、リックは顔が真っ赤になって狼狽する。言われてみると、ここに住む人達も肌は白いが、リックみたいな金髪碧眼の人は少ない。第三騎士団ではそれなりにいたので、地域で種族が違うようだ。村以外の地域を知らなかったリックにとって、意外ではあった。


「別に。必要と思ったから助けたまでだ」

「そ、そうですよね。はい、」


 冷静なエメオラに対し相変わらず挙動不審なリックを、2人は微笑ましく見ている。


「からかってごめんね。エメオラの推薦なんて珍しいから。改めて、はじめまして。私はミズネ。第四騎士団の副団長をしてます」

「あ、はじめまして。ミズネ様。お目にかかれて光栄であります!」


 身分を告げられ、リックは驚く。第三騎士団で副団長といえば60代の威厳ある男性達で、おいそれと話しかける事なんて出来ない。二十代半ばの見かけなのに想像以上に高い位と知り、リックは急に(かしこま)った。それを見て、ミズネとヴィクトスは笑っていた。


「ちなみに俺もエメオラも副団長なんだけど。エメオラ、お前言ってなかったのか?」

「ああ、言う必要もなかった」

「え、そうなんですか? エメオラ様、ご無礼を働いて済みませんでした!」

「いや、そんな変な言い方はしなくて良い」

「エメオラ、あまり驚かせるとこの子失神しちゃうわよ?」

「あ、いえ大丈夫です」


 さっきまでの様子を見てみんなから慕われていると思ったけれど、これも意外であった。他にも仕事があるだろう身分の方にずっと看病してもらっていた事実を知り、リックは恐縮する。

 ヴィクトスはやれやれといった風に肩を竦めていた。エメオラの性格を知る彼にとっては、いつもの事らしい。エメオラは必要以上に喋らない性格だと、リックも理解しつつあった。


「まあいい。それよりアシュリーは?」

「団長はいつも通りあの館さ。行ってこいよ」

「そうだな。ミズネ、すまないがミルと荷物を私の館に連れて行ってもらえないか」

「ええ、もちろんよ」

「じゃあ、リックも一緒に行こう」

「え? ああ、はい」


 今度はいきなり団長に会うと言われて驚く。まだ心が落ち着かないまま、リックはエメオラと共に目の前にある大きな屋敷に向かって行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こういう、主人公があたらしく訪れた街の眺望描写が大好きです。個人的にわくわくします。天然の要塞。いい……。← 第四騎士団といいつつ、その実態は? (ごろんごろ)など、いつになく物語の先を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ