第078話 先輩の愚痴を聞くのも、大事な仕事
「き、決めたって、何をですか?」
セラナは隣に座るフェリーヌに、おそるおそる聞いた。
転職かライア先輩との件しかないのは分かっている。
問題は、決めた中身だ。
フェリーヌ先輩は悪い人じゃない。それどころか進路やリックの件など、今まで沢山相談に乗ってもらってきた恩人だ。ただこの前みたいに時々暴走するので、手綱は緩められない。
それにライア先輩も含め3人の実家は近く、家族ぐるみの付き合いも長い。彼女の決めた内容によっては家族を巻き込む別の問題が持ち上がる。もう大人だから親は口をはさまないと思うけど、ギクシャクする様は想像に難くない。
(ジャナーズに行くのかな?)
そっちも気になる。
寂しいが、彼女の決断は尊重すべきだろう。
そんな考え事をするセラナに対し、フェリーヌは宣言した。
「わたし、結婚する」
「え? あ、おめでとうございます!」
「フェリーヌ先輩、良かったですね! おめでとうございます!」
めでたい話に2人は喜んだ。リックもライアからフェリーヌ関連の愚痴を散々聞かされていたし、セラナと付き合い始めてから「何でお前が」みたいに気まずい時もあったので、ホッとする。
「ライア先輩、ですよね?」
確認するようにリックが尋ねる。セラナも内心同じことを思っていた。もし違っていたら場が凍りつく。さすがにそれは無いだろう。違う男の子供を孕んでたとか、バブルの頃に流行った東京何とかみたいな展開は今の時代にそぐわない。
「まあ、そう」
ぶっきらぼうに答えるフェリーヌに2人はようやく安堵し、持ってきた緑茶を飲んで一息ついた。フェリーヌが嬉しそうに見えないのは気になるが、まずは祝福だ。
「ただジャナーズに行くから、当座は別居。生きて帰ってきたら一緒に住むと言っといた」
やっぱりそうなのか、と2人は思う。
フラグが立ちそうな言葉である。
何としてもライア先輩には無事に帰ってきて欲しい。
「仕方ないですね。引っ越しは何時なんですか?」
「3月かな。ジャナーさんは何時でも良いって言ってるけど、仕事たくさんあるからね。カルタホでやるカウコンも、スタッフとして手伝ってくるよ。あいつの席も取っといたけど、2人も来る?」
「はいっ、行きたいですっ!」
セラナは直ぐに飛びついた。
カウコンが何か存ぜぬお方もいるであろうが、ジャナーズの年末風物詩、カウントダウンコンサートである。ジャナーズアイドルが全員集合して歌や踊りを披露し、年始を祝うめでたいコンサートだ。年末年始を大切にするオロソ国民だから、ジャナヲタは参加必須でチケットは手に入りづらい。もっとも、久しぶりの一家団欒を願う家族にとって「つよぽんに会ってくる」と言い残して留守にするジャナヲタ姉みたいな存在は困るのだが。
一方のリックは、スケジュールが気になった。
「僕たち、24日に王宮に呼ばれてるんです」
「じゃあ、そのままカルタホに居たら? 団長ならオッケーするよ」
「どうですかね……黒龍と白龍に乗せてもらうから、日帰りで戻れるんですけど……年末年始はあいつらも嫌がるかな……後で相談してきます」
年末は大掃除で、年始の飾り付けもある。本部も例外ではなく総出でやっていた。もちろん出張組は参加しないけれど、来年の大晦日は居ないであろうと思うと気が引ける。団長次第だろう。
フェリーヌは一通り言い終えて、すっきりしたようだ。お昼の定番かぼちゃスープを食べ終えると、トレーを持って席を立ち、お茶を取りに行った。
昼休みが終わってみなゾロゾロと出ていくが、3人は急な用も無いのでもう少し休憩にした。さっきまでの緊張感が解け、3人ともリラックスしている。
「来年のカレンダー、出来たんですか?」
「うん、来週配るよ。遅くなってごめんね。これが最後かな。2人のも8月に水着で描いといた」
「え、あ、ありがとうございます……」
セラナは嫌な予感がしたが、後日それは的中する。
リックは相変わらず何も考えていない。
「やっぱりフェリーヌ先輩の絵が一番うまいから、残念ですね」
「そう? まあみんなにも伝えられる事は伝えたし。そもそも私も我流というか、専門的に学ばなかったからね」
「何で先輩は絵を描き始めたんですか?」
リックの質問に、そう言えば私も知らないと、セラナは思った。
フェリーヌは苦笑いしながら言った。
「だいぶ昔の話だけど、あいつが好きだったヒーローの絵を描いてやったら、『お前の絵、かっこいい!』って気に入られたんだわ。それで調子に乗って描いてた感じかな」
「良い話じゃないですか!」
セラナも初耳だ。フェリーヌ先輩も悪態を吐きつつ昔から意識してたんだと、微笑ましくなる。
「それ言えば良いじゃないですか! ライア先輩、絶対よろこびますよ!」
「いや、本人には言いたくない」
まるで自分の弱みを見せると死に繋がるかのように、フェリーヌは拒む。ただ深いところで2人は固く結ばれているのだろう。リックとセラナは、肩の荷が下りる気分だった。
何気ない話で盛り上がるうちに、ふと思い出したようにフェリーヌがセラナ達に聞いた。
「んでさ〜、今度実家に帰るんだけどさぁ、セラナちゃんとあんたも一緒にどう?」
「え? 実家って私の家にですか?」
「そりゃ、セラナちゃんとリックはそっちでしょ?」
この話題が、場の空気を一瞬にして劇的に変貌させる。
(うわっ、超地雷っ!)
セラナは隣にいるフェリーヌの顔を見られなくなる。
だがフェリーヌは、無頓着に話を続けた。
「セラナちゃん、お父さんに会わせないと、まずいんじゃないのぉ〜?」
いや、彼女は意図的に話題をふったようだ。
笑顔のフェリーヌに対し、セラナは緊張から冷や汗がでてくる。
俯くセラナを見て、リックも気になり始めた。
「そういえばセラナの家族、聞いてないや。何人兄弟なの?」
お気軽にリックが質問してきた。
まあ、この話の流れならそうなるだろう。
2人でいても第四騎士団や他の話がたくさんあるので、この話題が俎上にあがる事は無かった。騎士団では家族に問題を抱えて入団した者も多く、そう言う話はしないのが暗黙の了解でもあった。
「まあ、聞かれなかったし……」
「ちなみに僕は兄さんと妹の3人兄弟だよ。おじいさんおばあさんも未だ元気だったけど、今は分かんないや。手紙も出してないし、みんな僕に興味ないから」
「うちは兄さん2人の3人兄弟。末っ子なんだ」
「へえ。セラナのご両親て、どんな人なの?」
「ふ、普通の人だよ……」
「そうだっけ? お父さん、セラナちゃんを溺愛してたよねぇ? 海の漢で、物凄く強くて有名よね?」
「え? そうなの?」
セラナの運動神経の良さは親譲りなのだと、リックは合点する。だが問題はどうもそこでは無いらしい。セラナは今まで忘れていた事実が突如ぶり返され、かなり動揺して鳥肌も立った。
「まあ、そうかな……ははっ……」
セラナの口数が急に減り、微妙な雰囲気になる。
(ヤバい、すっかり忘れてた……)
フェリーヌの言っていることは本当だった。セラナは両親、特に父親から溺愛されていた。兄二人から少し開いて生まれたので、眼に入れても痛く無いほどの可愛がりようだった。そしてセラナの父は地元でも有名な漁師で、若い頃に鯨と三日三晩格闘して釣り上げてきた伝説を持っている。
日焼けした真っ黒な筋肉の塊で強面な風貌だから、褌一丁で街中を歩くと並の男は避けて通るほどだ(セラナの名誉のために言っておくと、この世界の港町ではこんな格好で歩く男がザラにいる)。
つまりセラナに彼氏ができなかった遠因でもあった。そして小さい頃は大好きだった父を次第に疎んじるようになったのも、セラナの成長にとって自然なことだった。
(リック、大丈夫かな……)
リックも入団の頃より鍛えられたので、やや細いものの遜色は無い。ただ相手は化け物だ。しかもセラナの事となると一気に血が上り、何をしてくるか分からない。小さい頃いじめられた時、父が物凄い剣幕でいじめっ子の家にカチコミかけた悪夢は、忘れていない。念のためだが堅気である。
魔法や剣は扱えないけれど、あの鋼のように逞しく鍛え上げられた肉体が突進してくると、さすがのリックも危ない。
(うーん……)
「セラナ、行っちゃ駄目なの?」
つぶらな瞳でリックがセラナに聞く。まるで捨てられるワンコのような不安気な顔が、セラナの心をくすぐる。こんな顔をされたら、嫌とは言えない。
「いや、駄目じゃ無いけど……」
その言葉にリックは笑顔になった。
「じゃあ、行きたいな。セラナの両親に会ってみたいし」
「分かった。行こっか」
こうして次の土曜日、ライアも交え、4人はバンダルバスへと向かった。




