第077話 モンスター達も、事情を理解してきた
夜が明けてみると、どうやら被害は予想以上の規模だった。
火柱の勢いは弱まったものの噴煙が何度か吹き上がり、分厚い雲が一面を覆い始めた。灰色の火山灰がチラチラと降ってくる。あの邪悪な光が火山を刺激して、噴火に繋がったようだ。時々地面が力強く揺れる。
昼になっても太陽の光は薄く、真っ黒な雲が不気味に漂っていた。
雪化粧みたいに建物がうっすらと白くなったが、溶けないので落とすのも一苦労だ。火山までは距離があるようで岩石落下は無かったものの、断続的に降り続く灰は止む気配が無い。
夕方、改めて会議を開く。念のため広場は使わず二百人ほど収容できる大講堂に集まり、残りはタグを使った遠隔魔法で聞くことになった。みな埃っぽいのは仕方ない。
当然、この現象を引き起こした存在が議論の対象となる。
「……それで、相手はどんなだった?」
「うーん、分からない。人間じゃないのは確実だけど、今まで見たモンスターと似た感じのはいなかったし……あまりに遠すぎて実体を感じ取れなかったのが、正直なところ」
「方向は?」
「やっぱりあの地図に描かれた大きな穴と大体一致していると思う」
アシュリートの質問に答えるミズネは、要領を得ない。ミズネですら認識できなかった相手だ、リックができる筈もない。あの時は防御魔法をかけるだけで精一杯だった。
「これで分かったのは、”あの火を集める何かが存在する”って事だね。単なる自然現象じゃない。予想通りだったという訳だ」
「そうね。こちらを認識しているし、意志がある存在なのは確かよ。あと大事な点だけど、最初に見つけた時より明らかに成長している。攻撃を仕掛けてきたのはその証だと思う」
「勝てるかな?」
「私が行けば、いけるかもよ?」
上目遣いで意地悪く言うミズネの返答に対し、アシュリートは一瞬の間が空く。表情は緩まず微動だにしない。いつも冗談で場を和ます団長にしては、珍しい態度だ。
「冗談よ、冗談。私も絶対にやれる自信はないし」
ミズネは慌てて笑ってごまかすものの、空回りしている。
「出たとこ勝負になるのは、覚悟しているよ。いざとなったらポイント作って君も呼ぶから、その時はお願いする」
「分かった」
「ありがとう。じゃ、この話題はここまでで。ちょうど良い機会だから、今後のスケジュールを伝えようと思う。王様からは早く行けと催促されているけれど、兵站が整ってないし冬が始まるから、出発は春以降と返信したよ。実際に武器や資材の用意は間に合ってないので、もう少し延びるかも知れない。この機会に長期休暇とっておいて。あ、そうだ、リックくんにお願いがあるんだ」
「僕ですか?」
急に名指しされてリックは驚いた。隣のセラナも怪訝な顔をする。
「王様は僕達の状況を直接知りたいらしくて、リックくん名指しで宮殿に来いと言ってるんだ。どうする? 騎士団としては王様の要求を無碍にはできないんだけど……」
「セラナも一緒で良いですか?」
「ああ、良いよ。ドラゴンで行ってきなよ。兄さんに言っておくから、あそこ使えば良い」
「ありがとうございます」
「ごめんね、この前のノモニルと言い、面倒な役割ばかり押し付けちゃって」
「いえ、大丈夫です。でもなぜ自分なんですかね……」
「うーん、それは僕にも分からないな」
不思議に思うリックとアシュリートに対し、セラナはすぐに勘付いた。
(あの妹だ)
舞踏会での態度を見れば、容易に想像がつく。気付かないリックは鈍いのか策士であるのかは謎だ。自分を同伴するのだから、悪気は無いのだろう。
なかなか手強そうだが所詮は王族、弓で脅せば良いくらいに不穏な妄想をするセラナだった。王族との謁見では武器不携帯だなんて、まだ知らない。
セラナはそんな妄想をしながら周りを見渡し、ふとエメオラが居ないのに気づく。そう言えば、王都から帰ってきてから全く見かけていない。
(どこに行ってるんだろう?)
あの小屋にあった沢山のガラス瓶を見るに、薬草を取りに行ったのかもしれない。もしかして既にザルディア帝国を内偵中? 団長達も気にしていないので、謎のままだ。
(そう言えば、まだ言ってなかったな……)
リックとの事も伝えていない。もしかするとミズネあたりから聞いたかも知れないが、セラナとしては直接言いたかった。それは自分のプライドなのかエメオラの隠された本心を引き出したいのか、セラナ自身も分かっていなかった。
「じゃあ、会議はここまで。まず復旧作業をしなきゃだね」
アシュリートの締めで解散となる。外に出るとまだ火山灰が降っていた。幻想的な風景であるけれど、セラナはどことなく鬱陶しかった。
火山灰は三日間降り積り、ようやく止む。その後団員らは復旧作業に取り掛かる。集めた火山灰は石鹸にしたり畑の土に混ぜたりした。
* * *
復旧もようやく終わりかけた数日後、翼竜がやってきた。空からではなく、山沿いにつたって来たようだ。珍しい。しかも一目で分かる長老の翼竜だ。リックは初めて見る。
「セラナ、あのおじいさん翼竜、見たことある?」
「ううん」
徒歩移動は翼竜達にとって苦難である。介添えの若い翼竜は孫みたいだ。常駐していた三匹の翼竜も、慌てて長老の下に駆け寄る。彼らにも来訪の事前連絡は無かったらしい。
『騎士の人、みんな広場まで来て』
アシュリート団長は主だった者を即座に召集し、丁重に出迎える。
いま騎士は総勢30名ほどだが、本部にいるのは10人だった。
翼竜の言葉にはミズネが翻訳魔法をかけ、タグを介して全員に伝えている。
『お久しぶりじゃのお、アシュリート殿。すっかり大人になられた』
『あの頃はまだ高卒でしたからね。お久しぶりです、長老様。どうされました? わざわざ徒歩で詣で来られるとは』
『ああ、あの忌々しい黒雲のせいじゃ。近くのフガン岳が突然噴火したのじゃ。火砕流がわしらの住処を直撃して、火の海と化した。あたり一帯を飲み込んだ噴煙は山の何倍も高く盛り上がり、まるで悪魔のようじゃった。岩石や火山灰も降るから飛んで逃げる事もできず、亡くなったものもいる。甚大な被害じゃ……』
『そうでしたか……』
長老翼竜は疲れ切っていた。みると鱗には埃が付いたままで、足も泥で汚れていた。改めて、災害の甚大さを知る。
『あの噴火ですが、実は我々の危惧する何物かが引き起こしたのです』
『なんと! あれが何物かに手によるというのか?』
『はい。あの正体を探すのが、遠征の目的でもあります』
アシュリートの話を聞いて長老翼竜は驚き、考え込んだ。
『そうか……他人事では無いと言う訳か……』
『はい。あの存在が覚醒する結果、何が起こるのか誰も知りません。後から思えばこの災いが、より大きな厄災を引き起こす前哨に過ぎない可能性もあります』
『うむ……わしの聞き及んだ体験でも、こんな事象は無かったのう……そもそもあの山が噴火するなど、聞いたことも無かった……』
この異常事態に、長老翼竜は混乱しているようだ。モンスターも長寿ではあるが、山の活動はそれよりも長期間で起こる。過去の出来事を知るのは、観測手段の無いモンスター達には難事であった。
『ふむ……ザルディアのモンスター達からはそう言った話は出てこなかったがのぅ……』
『ここからは遠すぎて、感知できない可能性もあります。我々はミズネらの能力で知ることが出来ました』
『そういうもんかのう……何処まで行くつもりじゃ?』
『北西へ。ただまずは聖典を求めに西へ向かう予定です』
『そうか……』
長老翼竜は、まだ半信半疑のようだ。
ただ噴火の現実は認めざるを得ない。
長老翼竜は孫と何事か話し始める。相手を慮り、ミズネは翻訳せずに待った。しばらくすると長老翼竜は決心したようで、アシュリート団長に伝えた。
『分かった。我々も協力しよう。ただ残念ながら我々も住処を変えねばならず、今いるあいつらぐらいしか出せない』
『それで十分です。ご協力ありがとうございます。まずは手短なところに拠点を作りますので、無理はさせません』
『ありがとう。済まないが、頼む』
こうして長老翼竜は帰っていった。
* * *
12月となり遠征準備と年の瀬で忙しい中、リックとセラナは食堂でお昼を食べていた。王宮から連絡があり、訪問は12月24日と指定されていた。オロソ連邦はあっちの宗教では無いので、リックにとっては格段何の意味も感じていない。
「この前は宝石の間に行ってきて、ファスさんと喋ってきたんだ。みんな、少し不安みたい」
「どうして?」
「やっぱりアシュリート団長達がいなくなるから、誰かが攻めてくるかもと思ってるみたい」
「ミズネ様がいるんじゃないの?」
リックの答えはもっともだった。今までの様子から、アシュリート団長はミズネを絶対ここに残すつもりだ。それは本部の防御も面からも考えているようだった。
「そうなのかな」
「うん。団長は連れて行く気が無いみたいだからさ」
「そっか。トレミアもいるし、それなら大丈夫かな」
セラナも納得したようだ。そろそろ時間なので引き上げようと思った頃、「ここ良い?」とフェリーヌがやって来た。特に急ぎの用もないので、飲み物を追加で取りに行く。
フェリーヌは冴えない顔をしていた。ただそれが日頃の創作活動によるものなのか、別の原因があるのかは判別がつかない。ただ2人が飲み物をもってテーブルに座ると、真面目な顔で言った。
「わたし、決めた」




