第072話 やはり旅行とは訳が違う
オロソ歴330年9月半ば。
およそ1ヶ月ぶりに、リックらは本部へ戻った。
王都カルタホでは二週間ほどの活動であったが、公私ともども初めてのイベントばかり(むしろ私が多め?)、しかも聖典騒ぎもあって、2人にとって本部は久ぶりに感じた。
海岸近くのカルタホより遥かに内陸であるものの、標高が高いので残暑は厳しくない。何より緑一杯の環境は体に優しく、何時もの見慣れた風景に心も落ち着いた。
だが人々は、以前と変わった。
時々、数人で何かを話す姿が見受けられる。
声も小さく、そばに寄ると蜘蛛の子を散らすようにパッと離れる。
今までは無かった光景だ。
もちろん、2人は理由を分かっていた。
寮に戻り、リックやセラナも個別に相談を受ける。
騎士の役割でもあるし、出来る限り不安を取り除きたい。
悩む中身はそれぞれだ。
行くべきか、此処はどうなるのか、どうした方が良いのか……
直ぐに解決するはずもなく、相談する方も自問自答の風だった。
ある日、リックはトレミアと立ち話をする。
「リックぱいせんはどうするんですか?」
「僕は行くよ。騎士だし」
「そうですよね……実はミズネ様は行きたがってるんですけど、団長が止めたようなんです」
「そうなんだ?」
意外であった。私情なのか騎士団としての意向であるのか、リックも預かり知らない。団長との帰路でも、ミズネの話題は出なかった。
「ホントは私も行きたいですが、ご存知の通り不殺の掟を破った身です。再び破るわけにはいきません……ミズネ様がどうするにせよ、ここに留まります。人が減るから、仕事も多くなりますし」
「そうか……よろしく頼むよ」
騎士団中でも五指に入るトレミアの剣術があれば心強い。でも巫女姿がすっかり板についた彼女の心情を思うと、無理強いはできなかった。
「それが原因か分かりませんが、最近ミズネ様のご様子が変なんです。ご存知ですか?」
「え? いや」
初耳だ。
トレミアの真剣な表情が、深刻さをうかがわせる。
「ミズネ様、日によって酷くやつれるんですよ。三日ぐらい寝込む日もあります。今までこんな事ありませんでした」
「それ、誰か知ってるの? 団長には連絡した?」
「未だしてないです。まずリックぱいせんに聞いてからと思いまして……皆それとなく気付いていますが、遠目で見ているだけです」
「そうか」
ひょっとして『龍の間』かも知れないと、リックは思った。
あの炎の先が聖典探しの目的ならば、思うところがあるのかも知れない。だがそれはミズネにも深いダメージを受ける類のようだ。憐魂火を見る身として、リックも責任を感じた。
「今度ミズネ様に会ってみるよ」
「お願いします」
そろそろ話も尽きそうな頃合いになった。
だがトレミアは、まだ何か言いたそうに俯いてモジモジしている。
「あの……その……」
どうしたんだろうとリックが思っていると、トレミアは意を決したように顔を上げ、リックを見つめながら言った。
「噂で聞いたんですけど、セラナぱいせんと付き合ってるんですか?」
「え? あ、ああ。うん。そうだね」
やはり広まっているらしい。2人でいる時も増えたから、気付かれているようだ。
その言葉を聞いて、トレミアはパッと満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます! やっぱりそうなんですね!」
「あ、ありがとう」
「それで、何で一緒に住まないんですか? 何だったら遠征前に派手に結婚式やりましょうよ!」
トレミアは、まるで自分のことのように喜んでくれた。
「いや、まだそこまでじゃ無いから」
「え〜 何の問題があるんですか? きっとセラナぱいせん待ってますよ」
アシュリート団長もトレミアも気が早いが、実際に第四騎士団内で付き合い始めたカップルの同棲率は高い。3LDKの宿舎も余裕があるので、申請すれば簡単に引越しできる。もちろん別れる場合もあるが、個々の事情なので問題に発展することは特段ない。
リックもそれは考えたものの、恥ずかしくてセラナに言えなかった。セラナも聞いてこないので、別に良いのだろうと思っている。
「駄目ですよ? セラナぱいせんが言ってこないからって油断してちゃ」
トレミアは、リックを見透かしたように意地悪な顔で言う。
リックはまごつき、不安がよぎった。
「そ、そうかな……」
「遠征まで時間もないし、もっと2人の時間を作った方が良いんじゃないですか? 冗談ではなくこの遠征、誰が生き残るか分かりませんよ? 主人公やヒロインだって安泰じゃないかもです」
そう言って、トレミアはミズネのいる教会へと戻って行った。
* * *
別の日には、大広場で犬バスと会った。最近は黒龍を呼び出すことが多く、会うのは久しぶりだ。人語を喋るおじいさん犬バスも健在だった。
この遠征に、モンスターの協力は欠かせない。契約はアシュリートやヴィクトス達が交渉しているようだが、途中経過は知らされていなかった。偶々本部に立ち寄ったらしく、ちょうど良い機会と思い聞いてみる。
おじいさん犬バスは、リックを覚えていた。
『立派な騎士になったのお。乗り物酔いした時はどうなることかと思ったが』
「お久しぶりです。おかげ様で騎士になりました」
『良かった、良かった』
犬バスは、まるで孫を見るような愛おしい目をした。
だが遠征の話を向けると、顔が曇る。
『実はな、翼竜たちは困っておるのだ』
「何故ですか?」
翼竜は第四騎士団の主力だ。当然この遠征にも参加するものと思っていたが、どうも雲行きが怪しい。
『一緒に旅を共にするためには、魔力が足りん。あ奴らは、飛行のたびに魔力を消費する。消費が激しいと巣に戻り、しばらく休むのだよ。全く動けなくなる。その時に襲われたらお終いじゃ』
「そうなんですか。それだと、遠征は難しいですね」
野宿は不可能と理解する。今までそれ程までに消費した翼竜を見たことが無いのは、許容範囲内の飛行だったのだろう。
『そうじゃ。交代で見張るとしても、十分な数があるか……鷲獅子らの生息域を横切るとなると、ただでは済むまい』
「そういう理由なんですね……」
『第四騎士団との契約も、わしらの住む領域を他のモンスターや人間どもに荒らさせないという内容じゃからな……餌は自分達で確保できるし、土地を離れてわざわざ異国まで飛ぶ理由は無いのじゃ』
「確かに、お金なんか貰っても仕方ないですよね」
モンスターとの契約に金銭は意味をなさない。
新たに土地がもらえると言う訳でも無い。
そうすると、遠征に行く動機が難しくなる。
『ただ、今までの義理もあるから行こうと言う声もある。反対ばかりでは無い。結論はまだ先になりそうじゃ』
「分かりました」
是非とも同行して欲しいが、期待はできなさそうだ。
団長達が表立って皆に伝えないのも、分かる気がした。
『ワシ達も協力はするが、まず途中に拠点を作るのが先決じゃろう』
「そうですね」
その話は、当然第四騎士団でも議論されていた。
往復可能な砦や街を築けば、この遠征も楽になる。
ただし敵地の真っ只中に拠点を作る難しさも、皆分かっていた。攻め込まれないように資材の調達をし、一時凌ぎではない街を作り、人員を常駐させる必要がある。この遠征を成功させる必要事項だ。そうすれば翼竜達の休憩所を確保できるし、兵站が格段に向上する。
その為にも騎士達は国境地帯やノモニル市を奔走し、交渉を続けていた。
アシュリート団長も不在の期間が増えている。
『そうそう、お前の友達のドラゴンも気にしていたぞ。呼んであげた方が良いんじゃないか?』
「え? そうなんですか? 何度も呼んだんですが来ないんですよ」
リックも当然、この騒ぎが起きて真っ先に黒龍に呼び掛けている。だが応答が全然なかった。一度だけではない、何度もやった。でも結果は同じだった。また白龍と喧嘩でもしてるのだろうと、半ば諦めていた。
『そうなのか。この前会った時は、俺を頼ってこねえと愚痴っていたのだがな』
「え? そうなんですか?」
『あいつもまだ子供じゃ、また呼んでみるが良い』
「分かりました」
『じゃあ、ワシもこれで帰る。また何かあったら話し合おう』
「ありがとうございました」
そう言って犬バスは、昔ながらの走りで帰って行った。
(あいつ、何やってるんだろう?)
犬バスと別れて試しに呼んでみると、見る見るうちに黒い大きな物体が空を飛んできた。黒龍だ。
ザザァアアーーー ドン!!
派手に着陸した黒龍は、呼ばれて嬉しそうな顔をしている。
「久しぶり」
『おい、俺に何か言う事あるんじゃねえのか?』
「うん、だけど何度も呼んだんだよ」
『俺にも事情っていうのがあんだよ! 呼んで出なけれりゃ何度も呼び出せよ! 気が向いたら来てやるからよ!』
「……分かったよ」
オラオラ営業のホストみたいだが、今みたいに急な呼び出しに来るのをみると、デレが入ってるのかも知れない。だいぶ慣れてきたものの、めんどくさいのは仕方ない。
『聖典のことは聞いてる?』
「ああ、勿論よ!」
「一緒に付いてきてくれるかい? 翼竜達は厳しそうなんだけど」
『それがなぁ、どうしよっかなぁ……簡単じゃねえんだよなぁ』
「え、行けそうな流れだったじゃん!」
ここで黒龍達も来ないでの遠征となると、ますますピンチだ。ドラゴンの能力なら聖典自体も簡単にゲットできるかもと思っていたリックは、またあてが外れる。やはりモンスター達は一筋縄ではいかない。
『あっちにも他のドラゴンの管轄域があるからよお、この姿じゃ、何かとヤベえんだ。だがよお、お前がどおしてもって頼むんだったら、やれな事は無いんだけどなぁ……』
「お願いだよ、頼む、一緒に来てくれよ!」
リックの必死な表情を見て、黒龍も心動かされたらしい。
頼りにされていると分かり、嬉しいようだ。
『そうだよなぁ。やっぱ、俺がいねえと駄目だよな。分かった。ちょっと離れてくれ』
そう言われて黒龍から離れると、目が眩むほどの眩い光が、黒龍を覆い尽くした。
(うわ、何だ?)
ピカッーーーー!!!!
(小さくなってる!)
手をかざして直接見ないようにしていると、光に覆われた黒龍の塊はどんどん小さくなっていく。目を突き刺すような光が和らぎ始め、やがて消え失せると、そこには14、5歳ほどの少年の姿をした黒龍がいた。つり目で大きな瞳の顔付きは、黒龍であった頃の面影を残している。
「どうだい! 修行して会得したんだ! もちろん白龍もできるぜ! むっちゃ可愛いからビビるなよ!」
「すごい!」
「へっへっへ〜」
リックに褒められ、意気揚々としていた。
「まあ普段この姿なら、問題ないさ。いざとなったらドラゴンに戻れるしな」
「よろしく頼むよ!」
これなら黒龍・白龍は一緒に行ける。
心強く思うリックであった。
* * *
11月初旬。リーダー会議の帰りにリックの部屋で2人でお茶をしていると、急に入り口の扉が開いた。
「よお、リック、久しぶり! あ、セラナもいたのか、ごめん」
それは、ライアだった。




