第069話 実は、まだ舞踏会の続きだったりする
「アシュリート団長、どう言うことですか?」
リックの声に気づき振り返ったアシュリートは、いつもと変わらぬ表情であった。国王もまだ側にいる。アシュリートは強張った顔をする2人に直接返事せず、ヨハン八世に話しかけた。
「ちょうど良かった。国王陛下、紹介いたします。我が第四騎士団の有望な若き騎士、リックとセラナです。将来は国王陛下のお役に立つこと間違いなしの逸材ですよ」
2人は慌てて跪き、ヨハン八世に恭しく挨拶する。その過程でリックは、今ここでアシュリートが本音を言うわけにはいかないと気付いた。下手な発言は反逆罪にもなりかねない。
「初めまして、国王陛下。第四騎士団騎士のリックです。陛下にお目にかかれて身に余る光栄です」
「同じく騎士のセラナです。第四騎士団の一員として、オロソ連邦王国の発展に尽くす所存であります」
「うむ、そうか。ご苦労」
国王はさっきの話に興味を無くしたのか、2人にてきとうな返事をすると場を離れて別の来賓に応じた。そのタイミングで、アシュリートは2人を連れて会場を出る。
廊下に出ると、談笑中の幾人かがこちらをチラチラ見ていた。
アシュリートを知る人達のようだ。
「いやあ、ごめん。大変なことになっちゃったね」
ざわつく空気をよそに、団長はやはり団長。困った様子は微塵も見せず、まるでちょっとした用事を頼まれたような軽さだ。
その姿はリックとセラナを安心させもしたが、アシュリートの本意は計りかねた。思えばいつも和かな顔をしつつ、裏ではモンスターより厄介な魑魅魍魎の輩と闘っていたのかも知れない。
「本当に、聖典を探しに行くんですか?」
「行かざるを得ないだろうね。行きませんとなったら謀反の疑いあり、第四騎士団はお取り潰しで最低でも僕は死刑になる」
「そんな……」
引くも地獄、進むも地獄。アシュリートは腹を括っているようだ。
それに対し、リックとセラナはまだ動揺が収まらない。
行く宛すら定かではなく、帰還の目処もたたない旅だ。
オロソ国内とは訳が違う。
「明日から議会が始まる。時間があるときに皆と相談しよう。その時は声をかけるから宜しく頼むよ。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んで。帰るなら、さっきの玄関に行けば馬車が待機している。行き先を言えば送って貰えるから」
「ありがとうございます」
2人に言い残すと、アシュリートは再び会場の中へと戻っていった。
* * *
「どうする?」
「少し休もっか。このドレス重くてキツいし、疲れちゃった」
「そうだね。僕も何時もと違う筋肉使ったから、足が痛いよ」
「私も」
バルコニーに出ると、昼の暑さも和らぎ心地よい風が吹いている。
並んで眺める外の景色は夜中に関わらず煌々としており、王都の豪勢さを体現していた。ちょうどやってきたウェイターから飲み物を受け取り、一息つく。
「ふぅ、美味しい。皇女様とのダンス、どうだった?」
「いや、別に何とも。ただやっぱり場慣れして上手だったな。セラナも誰かと踊ってなかった?」
「うん。コルディア家の親戚だって。やっぱり相手がリードしてくれると楽だね。時々練習しよっか」
「そうだね」
どうやら何でも無さそうで、リックはぎこちなかった表情が緩む。
セラナもさっきのダンスより聖典探しに気がいってるようだ。
ここまでの旅は気楽で楽しかったのに、急転直下の早すぎる展開は2人を戸惑わせた。これからどうなるのか、不安しか無い。
「聖典さがしかぁ。団長がああ言ってるんだから、行くんだろうね。リックはどうする?」
「僕は付いて行くよ」
即答だった。第四騎士団だから本人の意向が尊重されるけれど、騎士に昇格させてもらった手前、同行は当然と思っていた。
「じゃ、私も行こうかな」
「いや、セラナは止めた方が良い」
「え、なんで?」
当然一緒にと思っていたセラナは驚いて大きな声になり、何事かと周りからの注目を引いた。少し目立って恥ずかしい中、やはりリックにとっての自分はこの程度なのかと寂しく思う。
「だって危険すぎる。いつ帰って来られるか分からないし……」
「それはリックも同じでしょ?」
「そうだけど……」
リックは何か言いたそうな顔だが、黙ってしまった。セラナもリックの意思が読めず、話題を変えることも出来ずに無言で手に持つぶどうソーダを飲み干す。
(やっぱり駄目かも……)
リックの視界に、自分は居ないのかも知れない。そんな予感も薄っすらとはあったものの、リックの優しさと顔に甘えていた。ただこうなると、現実を直視する時期に来つつあると言える。聖典を求める遠征が始まれば、次に会える保証なんて無い。知らず知らずのうちに、目が潤んでくる。
「あの……」
そんな彼女の気持ちを知らずに、リックは真剣な表情でセラナを見つめる。
「セラナ、……その……」
「なに?」
普段は見せない顔だ。こう正面きってリックを見る機会は少なく、綺麗な目と髪にタキシード姿も相まってセラナはドキドキする。今日はヒゲも剃ってるし、イケメン度二割増しだ。
と同時に、さっきの言葉で期待できない相反した感情もあった。
もうどうにでもなれ! と自棄気味のセラナである。
……
…………
しばらく間を開けてから、リックは言った。
「前から言うつもりだったけど、セラナが好きだ」
(え?)
(えぇええっ〜〜!!)
突然の告白だった。
リックから言うと想定してなかったから、セラナは虚をつかれてボウッとする。ずっと悩んでいた事が、突然一気に解決してしまう。両想いだったら、何の憂いも無い。
感情が昂り、潤んだ瞳から涙が溢れる。
リックはそれを見て慌てた。
「あ、ごめん。……駄目だった? 好きな人いる?」
ハンカチを取り出して涙を拭いながら、セラナは首を横に振る。
「ううん、違うの。嬉しくて。それって、付き合うって意味だよね?」
「あ、そう。ちゃんと言わずにごめん。付き合って欲しい」
アタフタしながら、リックは言う。
思えばセラナに泣かれた経験が無いので、焦っている。
そんなリックがかわいく見えて、セラナは微笑んだ。
「あ、ありがとう。私もリックが好き。もちろん良いよ」
その言葉と笑みに、張り詰めていたリックの緊張が解けたようだ。
「良かったぁ」
いつものリックに戻る。
「実は駄目じゃないかと思ってたんだ。頼りないし、セラナかわいいし」
「そんな事ないよ。私こそ、違うんじゃないかと思ってた。今も、別のこと言われると覚悟してた」
セラナにそう言われ、リックは頭をかく。
「そうなんだ、ごめん。ホントはカヴァリアさんみたいに騎士を何年かやって生活基盤を作ってからと思ってたんだけど、この状況じゃ待ってられないと思って……」
「そこまで考えてくれてたんだ、ありがとう」
「だって僕は団長達みたいにお金無いし」
「私も無いよ。そんなの、これから作れば良いでしょ?」
「そうだね」
どうやらリックはかなり真面目に考えていたらしい。
これにて両者両想いだと確認できた。
今まで引っ張ってきた割には呆気ないが、現実もそんなもんだ。
好いてると分かれば、並ぶ距離もさっきより近くなる。
内心エメオラから何か言われたのかとも聞きたいが、拗れる予感しかないので黙っておく。とにかくセラナが見初めてから5年経ち、付き合うまでいったのだ。まずは想いが叶った幸せを享受したい。
ただ、一点引っかかる。
「でもじゃあ、どうして一緒に行こうって言ってくれないの?」
お互いの気持ちを確かめ合ったものの、さっきの疑念は拭えない。
まさか即浮気なんてあり得ないだろうが、好きな相手ならいつでも一緒にいたいと思うのが自然だろう。セラナは、リックの気持ちが理解できなかった。
「セラナを、危険な目に合わせたくないんだ」
「え? 今までも色々危険じゃなかった?」
「それはそうだけど、今回は桁違いだと思う。僕とセラナのどちらかが死ぬかも知れないし、両方が死んでしまうかも知れない。そんな危険な旅に2人で行くより、セラナだけは生きてて欲しい。仮に僕が死んでも、セラナが生きていると思えば安心して死ねる。その時は僕じゃない誰かと結婚して子供を産んで、幸せになって欲しいんだ」
どうやらリックは、セラナを第一に考えていたらしい。死んで何も残らないより、自分が好きな相手が幸せでいればと思っていた。
まあ、分からんでも無い。昔お国の為に散っていった若い兵士達も、同じ気持ちだったと聞く。セラナが育った街でも漁師達は似た考えだ。
でもセラナは違った。
「リック、それ私はいや」
「え?」
セラナはそう言ってリックに一歩近づく。もう抱き合うばかりの距離だ。
「だって私、自分の身は自分で守れる。それに戦いだってリックより上手くやれた時もあったでしょ? そもそも同じ騎士なんだから、同格だよ?」
「そ、そうだね……」
「それなら私は、死ぬまでリックと一緒が良い」
そう言ってセラナはリックに抱きついた。
リックもセラナを受け止める。
「分かった、一緒に行こう」
「ありがとう。そろそろ帰らない? もっと話しようよ」
「うん」
こうして舞踏会を後にし、宿舎に戻る。
その日は、2人にとって忘れられない一日となった。




