第065話 聞きたくないけど、聞かねばならないこともある
本部に戻ってきた翌日の朝、2人は団長室に通された。
どうやらアシュリート団長はまだ戻ってきてないらしい。
団長室は入団時以来だが相変わらずで、2人はソファに座り秘書さんが出してくれたお茶を飲みながら団長を待つ。
デスクワークの忙しさも変わらないらしく、机上にはどっさり書類が積まれて絶妙な平衡状態を保っている。一枚でも抜いたら雪崩が起きそうだ。
呼ばれた理由を未だ知らない2人は、何とも言えぬ空気だった。秘書2人も用事があればそれぞれ部屋を出入りするので雑談もしにくく、手持ち無沙汰なのも気が引ける。
(何だろう?)
『ヒュートン』の功績で金一封かなと、リックは思っていた。そろそろ休暇を取って一度故郷に戻るのはありかも知れない。
第四騎士団での仕事はどれも刺激的で楽しい。信頼されて順調に仕事をこなしてきたから、無事の報告と凱旋を兼ね故郷に帰りたい虚栄心もある。ただキトが悩みどころだ。一緒に帰りたいが村の人たちの反応を想像すると、簡単な問題ではなかった。
「団長の部屋、やっぱり書類が沢山だね。セラナは来たことある?」
「そ、そうだね。二、三回ぐらいかな」
一方セラナは、お気楽なリックと違って深刻に捉えていた。団長からの話が何なのかずっと気になっていて、何パターンか想定しつつその返事を考えるだけで手一杯だ。
(どれかな……)
『ヒュートン』の営業を終えて元の生活に戻ったら、リックとの接点がまた減ってしまう。それは避けたいけれど、次の指令が何かによる。
第四騎士団で提示される任務は拒否も自由だ。やる気ない人間はパフォーマンスが落ちるので自然とそうなった。幸いにして今のところ問題なく回っている。
国から命じられている第四騎士団の主な任務は国境地域の拡充だが、団員数も増えるにつれ様々なチャレンジをしているようだ。『ヒュートン』や『フニクロ』のような魔道具の製品開発や商売もあり、何に呼ばれても不思議では無い。
それよりも、今回久しぶりに女子寮に戻ったら早速面倒ごとに巻き込まれた。どうやら自分の後釜だったレシーナが傍若無人な振る舞いをして追放された後、派閥ができて争っているらしい。
理由なんて挨拶が気に入らないとか共有部分の片付けがガサツとか派手な服を着てるとか髪型が変とか、些細なものだ。けれど彼女たちにとっては重大らしく、さっきも延々と愚痴を聞かされていた。おかげで団長室に行く時間に遅刻しそうになった。
女子寮リーダーに復帰要請されたら嫌とは言えないセラナだが、リックの性格だとまた遠方の勤務を好むだろう。そうなるとリックと会える時間は確実に減る。
悩むセラナであった。
どうせなら黒龍・白龍と一緒にできる仕事が良いけれど、実は彼らも倦怠期が始まり喧嘩が多くなった。
こちらの喧嘩の原因も一緒に仕留めた獲物を多く食べたとか別の雌ドラゴンを見てたとか勝手に一人で遊んでるとかの、些細なことだ。だが二匹にとっては真剣で、酷い時はリックとセラナの要請を反故にして途中で帰ってしまった事もある。
中々良い案が浮かばない。
今後のことを予めリックに相談したかったものの、彼が同意するかは分からず言いそびれた。『ヒュートン』売り込みの時も2人きりの時は意外と少なく、そんな話もできなかった。リックは相変わらず優しいけれど、自分に対する気持ちがあるのかどうか確信が持てない。
いい風が吹いてこないもどかしさに、少し苛立つ。
何かを変えないといけない。
「やあ、遅くなってごめん。別件の用が急に入っちゃって」
ドアが開いてアシュリート団長が入ってきた。
「お疲れ様です!」
「本日はお忙しいところありがとうございます」
2人は立ち上がり、営業仕込みの丁寧なお辞儀をした。アシュリートはニコニコしながら入ってくるが、彼の後ろにはもう一人いた。
「エメオラ様! 戻ってきたのですか?」
リックが驚くのも無理はない。それは久しぶりに見るエメオラだった。
「ああ、久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「エメオラ様も元気そうで安心しました。どこに行ってたんですか?」
「まあ、色々だ」
うまくはぐらかされる。
2人に向かい合うようにアシュリートとエメオラが座る。
セラナの正面にエメオラがいた。
(綺麗な人だな……)
改めてまじまじと見てしまう。女のセラナでも惚れ惚れする美しさだった。人間離れしている。エルフだからと言えばそれまでだが、目鼻立ちの造形は寸分の狂いもない人形のようで自分とは大違いだ。肌のきめ細やかさも普段から手入れに余念がないセラナですら敵わない。その落ち着いた性格も含めて、皆から慕われるのも理解できる。
世界が違いすぎた。
そしてきっと団長やミズネ様達も気付いてるだろうけど、全く歳を取る気配がない。隣にいる団長よりも私やリックに年が近いと言われても、疑う人はいないだろう。ミズネ様も綺麗だけれど、エメオラは異次元の存在だ。
(悔しい、かな……)
セラナは、心の中でエメオラ様と尊称を使うのを躊躇っていた。話すときは様付けするけれど、心意気は負けたくない。恋愛は勝負事と同じではないだろうが、様付けすると負けた気がする。
予期せぬ登場だったエメオラのせいで、セラナは想定問答をすっかり失念してしまった。一方のリックは久しぶりの再会に嬉しそうだ。悪意はないのだろうが、リックの輝く目がセラナにとっては癪に障る。
「じゃあ良いかな。まず最初にだけど、2人とも騎士に昇格することになった。おめでとう」
「え、そうなんですか?」
「あ、ありがとうございます!」
自分から申請をしていなかったので、突然の昇格に2人は驚く。
誰でもなれる訳じゃないから当然嬉しい。
「昇格試験が必要なんじゃ無いですか?」
ライアの時は大変だったと聞いている。
「ああ。ある時もない時もあるさ。今回の『ヒュートン』の件も含め君たちの活躍ぶりは皆知ってるからね。満場一致で決まったよ。ただ待遇が急に良くなる訳じゃないけど」
「ありがとうございます!」
「これからも頑張ります!」
2人は改めて深々と頭を垂れる。今までの頑張りが認められたのは悪くない。
「それでもう一つなんだけど、僕、今度王都に行くんだ。それで君達も一緒に来てくれないかな?」
思ってない話だった。
「え? 何しに行くんですか?」
「こんど数年に一度の大きな会議があるんだ。全国からお偉いさんがやってくる。手伝いと言うか第四騎士団の代表として、幾つかの集まりに参加して欲しい。君達が通った村や市の人達も来るし、顔合わせにもちょうど良いと思う」
「私もですか?」
「うん、女性の会もあるから2人だとちょうど良いんだ。普段はヴィクトスとミズネだったけど他の人も良いかと思ってね、君たちに白羽の矢が立ったのさ。どうだい?」
予想外の話でリックは迷う。王都は軍学校で行ったことはあるが当時は外出なんて贅沢はできなかった。それにノモニルやドゥンファなんかと比べ物にならないほど人混みが酷く、リックは良い印象がなかった。
それに対してセラナの回答は明確だ。
「はい、やります。リックも良いよね?」
「う、うん……」
王都は行ったことないけれど、リックと一緒ならどこでも良い。
想定した内に入ってなかったが、結果オーライだ。
「リック君はどうする? 来てくれると助かるんだけど」
「分かりました。じゃあ行きます」
この状況でリックに断る理由は無い。
「ただそうは言っても、リック君は気を付けた方が良いかも」
「何でですか?」
普通なら女性のセラナが言われそうな言葉に、リックは不思議な顔をする。
「王宮や議院は怨念の塊でね。真っ黒なんだ」
「真っ黒、ですか」
本当に黒いのでは無く、あの炎のことなのだろう。
「そうそう。ウンザリするほどドス黒い真っ黒。ミズネも行くたびにメンタル削られるから、あまり行かせたく無いんだ。僕も嫌だけど、団長だから仕方ないね。ただ彼女の能力はどうしても必要で、だから代わりとして君にお願いしたんだ」
「そうなんですか」
ノモニルでの一件や『ヒュートン』売り込みの過程で、リックは政治や経済に携わる人たちを間近に見る機会が増えた。団長の言う通り、世の中一筋縄ではいかない人達がごまんといる。生きながらでもあの炎が視える時、相手は何かしらのトラブルを抱えている時が常であった。
「まあ何とかやってみます」
「ありがとう、助かるよ」
求められると嫌とは言えない性格のリックだ。
「じゃあ決まりだね。もう少し後だから、具体的な日が決まったら連絡するよ。エメオラからは何かある?」
「いや、大丈夫だ。《連鎖の記録》のメンテを少し手伝って欲しいが、それほど時間はかからない」
「はい、それもやります」
「セラナさんの方も、女子寮の件で何か聞いてるかな?」
「あ、はい」
「ちょっと相談に乗ってあげてよ」
「分かりました」
こうして話は終わった。
二日後。まだ連絡が来ない中、セラナは少し気晴らしに散歩に出かける。
やはり女子寮の人間関係は複雑になり、完全にこんがらがって収集がつかない。さっきまで互いの話を聞いていたけれどいくら考えても解決案は浮かばず、独りになりたかった。まだ日差しは暑すぎず、午後3時ごろでも過ごしやすい。
セラナは山の中に入り、小さな池まで来た。
ここは昔セラナが見つけた場所で、誰もこない。
一休みするにはちょうど良い場所だった。
だが珍しいことに、今日は初めて先客がいた。
エメオラだ。
「こんにちは。エメオラ様」
セラナに呼びかけられて振り返ったエメオラは、特に普段と変わる様子もない。
「ここ、涼しくて気持ちいいですよね。時々来るんです」
「そうなのか」
セラナが来ても特に帰るでもないエメオラに、どう対応して良いのか悩んだ。そのまま話し続ける方が良いのだろうが、共通の話題が少ない。それにセラナにとっては複雑な相手だ。大人だったら愛想笑いで済ませるべきかも知れないが、セラナにそこまでの余裕もない。
(どうしよう?)
このまま自分が帰るのも、何か変だ。
頭の中で悩むうちに、一番の興味を自然と声にしてしまった。
「あの、エメオラ様はリックが好きなんですか?」




