第064話 珍しいものは、見たくなるのが人情だ
黒龍・白龍が仲間になり、リック達はカポ村を拠点として『ヒュートン』の売り込みを続けた。
予想に反して二匹のドラゴンはいつも呼び出しに応じ、快く手伝ってくれる。宣伝がてらドゥンファ上空をゆっくり飛んで回るのも嫌がらない。意外と人好きらしい。
ただ初めてドゥンファを低空飛行した時は、市民をビックリさせた。
「うわっ、何だあれ?」
「ドラゴン!?」
「ヤバい、殺されるぞ!」
「逃げろぉおお!!!」
「キャーー!!」
ドラゴンの襲来と勘違いされて街中が悲鳴と怒号で大騒ぎとなり、魔法使いや弓兵達まで出動した。火球や弓が乱れ飛ぶものの、それしきの攻撃で黒龍・白龍はびくともしない。逆に状況を余計に悪化させ、阿鼻叫喚の大混乱に陥った。
リックが謝り倒して始末書を書いたのも、今では良い思い出だ。
さすがにまずいと思い、ノモニル来訪時はミノキー社長の助けを借りる。
道路は狭くて二匹同時に降り立つとは行かなかったが、街中を歩けば今でも物珍しく眺める人は多い。背中にあるフェリーヌ画伯のポスターがデカデカと貼られた『ヒュートン』入り荷物箱は宣伝効果も高く、契約は増えていった。
あ、もしかするとドラゴンが怖くて契約した人が居たかも知れない。何れにせよ『ヒュートン』は、少しずつ右肩上がりで売れていったから、良しとする。
爆発的な売り上げといかなかったのは、新大陸製の類似品も出回り始めたからだ。『ダイノブック』と呼ばれるそれは、使える魔法も少なく壊れやすいが価格は安かった。
一方で第四騎士団の職人が丹精込めて作った『ヒュートン』は、お風呂に落としても壊れないほどの頑丈さを誇る。値がはるものの、魅力的で使いやすいホロッピーディスク製魔法ソフトのおかげで健闘していた。
それにマルキーたちの魔法ソフトも、陰ながら貢献しているようだ。市場調査に店へ行くと、マルキー達の魔法ソフトはカーテンで仕切られた一角で販売されていた。そそくさと入って買い求める男女を見るに、売れ行きは上々らしい。内心興味が無いこともないリックだが、セラナにバレると怖そうなので自分の『ヒュートン』には導入しないでいた。
こうして営業も軌道に乗りはじめた10月半ばのある日、リックら3人は追加のヒュートンを受け取るため第四騎士団本拠地へと戻る。
馬車を使えば二週間以上かかる距離を、黒龍・白龍のおかげで昼には到着。『ヒュートン』500台分の箱も軽々運べて、夜には戻れる予定だ。
「うわぁ、みんないるね」
「凄い大勢だな。あんなに居たんだ」
「きっと、リックぱいせんを見にきたんですよ」
「そうかな?」
トレミアもセラナと一緒に乗って3人で本拠地に来ると、大勢の人達が出迎えに来てくれた。久しぶりに訪れたリック達も歓迎しているが、やはり他の街と同様にメンバー一同ドラゴンを見たかったようである。
『リックとセラナがドラゴンと契約』の報に、第四騎士団員達は驚きを隠せなかった。オロソ連邦王国においてドラゴンは希少種で、契約例は二十年以上前に遡る。だからみんな興味津々だ。
ドラゴンの影が見えると子供達が騒ぎ出し、大人達も作業を止めてリック達を眺めていた。だから黒龍・白龍が降りてくる時には、仰天するほど沢山の団員の出迎えを受ける。
そんな人混みの中で一番前にいたのは、アトキンソ に加えアシュリート団長やヴィクトス、ミズネといつもの面々であった。
「お久しぶりです〜! アトキンソさん!」
「やあ、3人とも元気で良かった! 売り上げも良いらしいね。『ヒュートン』も増産したから、ドラゴンとの契約は助かるよ。はじめまして、アレクサンダー殿、オデイェッタ殿」
『おお、どうも』
『はじめまして。これからもよろしくお願いします』
アレクサンダーは相変わらずぶっきらぼうだが、オディエッタは丁寧にお辞儀する。アシュリート団長も、珍しくボサボサの髪の毛を直していた。こう見るとキリッとして、団長っぽい。
「はじめまして、アレクサンダー殿、オディエッタ殿。私は第四騎士団団長のアシュリート・コーディアルです。この度は若い二人と契約していただきありがとうございました。色々と大変とは思いますが、これからも宜しくお願いします』
『ああ。ただオレ達はあの二人と契約しただけで、第四騎士団と契約したわけじゃねえ。もちろんアイツが所属する以上この騎士団の掟は守るが、そこんとこ覚えててくれよ』
丁寧な言葉を遣うアシュリートに対しても、相変わらずだ。
アレくんらしいなと、リックは思った。
「御意。短い時間ではありますが、おくつろぎ下さい」
『ああ、楽しませてもらうぜ』
しばらくすると解散となるが、興味を隠せぬ子供達は二匹のドラゴンにかけより遊び始める。ドラゴンは嫌がらずに、カポ村の時と同じように遊んであげていた。楽しむという意味は、こっちの事らしい。
一方リックらは団長らと食堂へ行き、昼食がてら話し合いをもった。
どうやらエメオラは不在らしく、どこにも姿が見えない。
3人はやや緊張しながら団長ら4人と一緒のテーブルで食事をとる。上下の分け隔てのない第四騎士団でも、やはり年長の人達と一緒にいるのは神経を使うものだ。
そんな3人を見てか、アシュリートは笑顔でリック達に話しかけてきた。
「ここの食事は久しぶりだね。美味しい?」
「はい、美味しいです」
「今はカポ村にいるんだっけ? カヴァリア達は元気かい?」
「はい、団長。子供二人も元気で、村の人達とも仲良くやっています」
「それは良かった。時々戻っておいでと連絡するのだけど、色々言い訳つけて渋るんだ。だからまあ、そうかなとは思っていたよ。ヴィクトスも気にしてたんだよね?」
「ああ」
ヴィクトスも同意する。
「あいつは俺に次ぐ実力があるからな。あそこに居てくれるだけで助かるよ。ローヌも能力あるし、あの二人だけで国境地帯の十分な抑止力になる。何かやらかしたのかと思ってたけど、大丈夫なようだな」
「言った通りでしょ? あんたみたいな失敗しないって」
「ま、そうかもな」
ミズネに茶化され、言葉が少なくなる。
間違ってもヴィクトス本人は、あの村に二度と行きたく無いだろう。
「ただ、村として新しい産業が欲しいと言ってました」
セラナが意見を言った。
それはリックらも聞いていたので、うなずく。
「そうか。肥沃な土地とは言えない場所だから、ケシ畑を始めた訳だしな……確かに普通の作物だけでは、今後は厳しくなるかな……」
「『ヒュートン』の工場を作るのはどうですか? あそこならドゥンファとノモニルへの出荷がしやすいと思いますが」
「ふうむ。地理的には悪く無いが……どうだろう? 『ヒュートン』は精密な魔道具だから、簡単ではないんだよ」
リックの意見に、アトキンソはやや慎重だった。
「僕はカポ村に行ったことが無いから分からないけど、綺麗な水と十分に広い敷地は必須だ。それに村人達に手伝ってもらうには、それなりの教育と練度を要する」
「綺麗な川はあります。土地も、大丈夫だと思います。もともと自立した村だから魔道具も自分たちで作っているし、村人達も優秀だと思いますよ」
リックがカポ村に抱く印象は、初めて行った時と変わった。最初は麻薬を扱う怪しい閉ざされた秘密の村だったが、村人達と交流するうちにそのような疑念は消えている。厳しい冬のせいか、みな働き者だ。
「そうか。じゃあ今度、技師達も連れて行ってみようか」
「よろしくお願いします」
『ヒュートン』の大量入荷で、しばらく街を往復する日々が続いた。広告も出したが、やはり馬車で様々な場所を訪れるのが一番効果的だ。『ヒュートン』の名前も認知され始め、以前はつれなかった村でも購入者があった。3人のセールストークも磨きがかかり、充実した日々を過ごす。
冬の厳しい最中にアトキンソもカポ村に訪れる。こんな時期にと思ったが、「一番厳しい季節の様子を知りたい」そうだ。工場を建てるとなると、長い付き合いになるからだろう。
雪解けの時期にも再訪し、ナイ達や村人達の同意を得て『ヒュートン』工場を建てることが正式に決まった。内部の部品も含めてだから、かなりの設備投資になる。
「リック、ありがとう。これで村も豊かになるぞ。出稼ぎに行く必要がなくなる」
「いえ、ナイさん達の努力ですよ」
そしてリックらも十八歳になったオロソ歴330年の6月、リックとセラナはアシュリートから呼び出しを受けた。それとは別にトレミアにもミズネから『そろそろどう?』とのお誘いの手紙が来る。
「何だろう? リック、分かる?」
「いや、思い当たる節はないなあ」
「私はこの前会った時、ミズネ様と『ミソジ岬』のデュエットしたんですよ。何だか気があっちゃって」
「そうなんだ。僕らも単純に帰ってこいってことかなあ。次の仕事依頼かも知れないから、今回は馬車で行こうか」
「そうね」
「みんなで長旅は、久しぶりで嬉しいです!」
こうして3人は、改めて第四騎士団本部へと向かった。




