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第006話 出発の朝は晴れていた

 翌日の朝、エメオラに連れられ外に出た。朝はまだ涼しいが、もう初夏の訪れを感じる陽気で心地よい。旅にはちょうど良い天気だ。


「大丈夫か?」

「はい、何とか」


 松葉杖を作ってもらったので、かなり楽になった。言ってはなんだがエメオラもリックと変わらぬ体格なので、抱え上げるのも一苦労だったろう。ここでの生活も終わるので、なるべくエメオラの世話にならず一人で出来るようにしたい。


「ちょっとここで待っててくれ」

「分かりました」


 いよいよ、エメオラのいう第四騎士団駐屯地へ旅立つ。どんな所か分からないけど、第三騎士団よりはマシだろうと、リックは気楽に思っていた。


 エメオラの態度は誠実で、騙すつもりは無さそうに見える。考え過ぎても仕方ないし、行くと決めた以上は何があっても乗り越えるしかない。死の淵を彷徨った経験を経て、リックは前向きな気持ちになっていた。


(へえ。この家、こうなってたんだ……)


 外から見て分かったが、リックとエメオラが住んでいた家は平屋で四、五部屋ほどの質素な丸太小屋だ。でも隙間風は無くしっかりと造られていたので快適だった。また来る時はあるのかなと、リックは少し感傷的になる。


 そんな思いを胸に待つリックに対し、エメオラは少し離れた小屋からロバを連れてきた。背丈はエメオラと同じくらいの大きさで、茶色の毛は艶がなく鼻と口元の白い毛も汚れていて年寄りのようだ。でも太くしっかりした足は、旅慣れている様子をうかがわせた。リックの村にいた農耕馬よりも、頑丈そうである。やはり魔法を使わず、このまま行くらしい。


「乗り心地は悪いだろうが、我慢してくれ」

「はい、ありがとうございます」


 エメオラの負担にならないよう、松葉杖を使って自力で荷台に乗りこんだ。荷台も質素な板敷だけれども、しっかり組まれている。エメオラが予め毛布を敷いてくれたので、寝転んでも板の節が背中に当たったりはしない。もう一つ毛布を羽織り、準備は万端だ。


 ロバの背中を見ると鞍はあるものの、エメオラが乗る代わりにガラス瓶や荷物が沢山積まれていた。どうやら彼女は徒歩で行くようだ。信じられないという顔のリックに気付かないエメオラは、再び家に戻り荷物を取ってきた。


「すまないが、これも荷台に入れてくれ」

「あ、はい、分かりました」


 だんだん荷台も狭くなる。何往復かして荷物を荷台と鞍に一頻り乗せると、エメオラは家に鍵をかけて戻ってきてロバの手綱を掴んだ。

 

「じゃあ行くよ、ミル」


 ヴゥオォ〜


 ミルと呼ばれたロバが一声鳴き、エメオラが手綱を引いて出発する。リックが乗る荷台は揺れがちとキツくガタゴトと音を立てるが、寝て行けるだけで十分だ。


(ふぅ)


 リックは、ひとまず息をついた。瀕死の重傷を負って以来ずっと引き篭もっていたから、青空と雲を見るだけでも気晴らしになる。エメオラは何も言わず、ロバを引いて歩いている。


 ガタガタ、ゴトゴト、ガチャガチャ……


 瓶がぶつかる音も時折するものの、頑丈らしく割れはしない。何せゆっくりなのでリックは寝転び、風に流れ変幻自在に変わりゆく雲や飛ぶ鳥たちを見て時間をつぶした。ノモニル戦地まで一日50kmを三日間歩かされた行軍を思うと、隔世の感だ。


(キトと見たかったな……)


 騎士団に入るまで村を出たことのなかったリックにとって、外の世界は全く知らなかった。第三騎士団での生活も似た歳の男達で埋め尽くされた隔離生活だったから、今がリックにとって初めて体験する外の世界とも言える。こんなにも落ち着いて眺められる景色は久しぶりで、美しかった。村で見たことのある空高く飛ぶトンビ達ですら、愛おしく見える。


 気が緩んでウトウトしていると、やがて森の中に入った。

 木陰がちょうど良い具合になり、新緑の香りに包まれ気が休まる。


(何だか、村を思い出すな……)


 まだ幼かった頃、リックは兄や姉達と一緒にこんな荷台に乗せられて、親に引かれて畑に行った。中では姉の持つ人形でママゴト遊びに付き合った記憶がある。リックが小さかったから、いつも赤ちゃん役だ。畑でも野菜を食べるモンシロチョウの幼虫を捕まえたりして、親達を気にせず遊んでいた。


 そんな昔に想いを馳せるほど、今のリックには余裕が出てきたとも言える。とにかく村を出てから無我夢中で、ここまでやってきた。振り返るなんて暇はなかった。


 ガタッガタッ、ガタゴト、ガチャガチャ……


 細い土の道で石畳も敷かれておらず、上下に揺れる。下手に喋ったら、舌を噛みそうだ。道幅は狭く、両脇に生える草がリックの顔にかぶる時もあった。慣れた道なのか、エメオラは特に困った様子も見せず、ゆっくりと進んでいく。



 森も深くなり、太陽が山陰に隠れすっかり暗くなる。すると道の脇にある沼のほとりで、エメオラはロバを止めた。かなりの距離を歩いてきたはずなのに、エメオラに疲れた様子はない。見かけによらず、かなり体力はあるようだ。


「今日は、ここで野宿にする」


 この季節、まだ夜は冷える。エメオラはリックの乗る荷台と鞍から荷物を下ろし、簡易テントを作り始めた。手伝わねばと思えど、体を満足に動かせないリックは見ているしかなかった。


「夜は冷えるからな。こちらで寝てくれ」

「あ、はい。いえ、良いんですか?」


 リックは申し訳なく思う。我慢できない寒さではないし毛布もあるので、荷台でもかまわない。それに隣でエメオラが寝てるかと思うと、気になって寝られない気もする。


「悪いがこの辺りは《魔物の森》と呼ばれていてな、モンスター達の集落がある。危険を減らすためだ」

「そ、そうなんですか?」


 リックは地理に疎いため、そんな場所に来たとは夢にも思わず背筋が凍る。


 ウァオオ〜

 ワォォオ〜


 ちょうど良いタイミングで、怪しげな魔物の鳴き声が遠くから聞こえた。

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