第061話 営業なんて、思った通りにはいかないのが普通
「セラナ、トレミア、どうする? このままアエミラ街道を進んでいく? 次の交差点を左に曲がれば国境地帯に行けるけど」
ノモニル市の門を出た後、手綱を握るリックが2人に尋ねた。
交差点はまだ遠く、話し合う時間はある。
「私、アエミラ街道は行ったことないなあ」
「リックぱいせん、私もです!」
「そうか、僕もだ」
『ヒュートン』が売れるなら、どちらに行っても良い。
アエミラ街道は古くからある街道で、王国の水源であるハネ湖沿いに北進していく。そして大都市ドゥンファを通過した後は南下し、王都カルタホへと繋がっている。
歴史あるだけに、幾つか大きな村もある。それにハネ湖近くから西に進めば、カポ村にも行ける。カポ村にはカヴァリア夫妻が住む第四騎士団駐屯地があるから、そこを拠点にしてドゥンファにも行けるだろう。ドゥンファはノモニルより大きい街なので、売り込み先は多そうだ。
一方の国境地帯は、第四騎士団繋がりで知り合いは多い。以前お世話になった人達もいるし、リックとセラナは何度も行っているから地理にも明るい。
しかし道は整備中で凸凹が多く、この馬車では不安があった。
ヒュートンは精密魔道具なので、故障する恐れがある。
つまり、どちらも一長一短だ。
なので、リックは考えあぐねていた。
「どうしようかな……」
「どうせなら、行ったことない方が良いんじゃないですか?」
トレミアは好奇心旺盛だった。
「そうかもね。リック、どう?」
セラナも同意する。
2人に言われ、リックもその気になる。
大きな街道沿いだから、道に迷うことも無いだろう。
「分かった。じゃ、このまま行こうか」
こうして、アエミラ街道を進むことにした。
「ふわぁ、良い景色ですね〜」
この一帯はオロソの穀倉地帯で、緑豊かな畑が延々と続く。ステップ草原が単調に広がるだけの国境地帯より、色彩豊かで起伏に富む景色は心が和んだ。あちこちに野菜や果物の収穫に勤しむ農夫達も、歌を歌いながら楽しくやっている。
だがそんな風景とは裏腹に、結果は芳しくなかった。
「分かりました……」
どの村も大きな店は少なく、仕事に役立つと力説しても「ウチはそろばんで間に合ってるからねえ」とにべも無い。年寄りの意見が強く、未知の物に対する拒絶反応が強かった。時には村にいる魔法使いが「そんなの無くても、私が全てできる」とボロクソに貶す。大人達にこうまで言われ、気落ちするのも一度や二度ではなかった。
「こっちに来たの、失敗だったかなあ……」
二週間ほどかけてハネ湖までたどり着いたリックは、夕飯を求めて釣りの最中ため息をついた。もう夏になり、すっかり暑くなった。雄大な広さを誇るハネ湖はちょうど良い避暑地だが、リックはそんな気分じゃなかった。
電魔通や博魔報堂みたいな大手広告代理店に頼んでマスコミや有名人にステマして貰えば、楽に売れたかも知れない。ただ何億もかけて売り出したアイドルが鳴かず飛ばずな事もある。魔道具も規格争いがあるが、性能だけでは決まらない。営業に正解はなく、リックは悩むばかりだった。
セラナとトレミアは、そんなリックを慰める。
「仕方ないよ。五つも置かせてもらえただけ良しとしなきゃ。まずは知ってもらうのが大事でしょ?」
「そうだね……」
「頑張りましょう、リックぱいせん。地道な努力が大事です。一度売れ始めたら、選択と集中が好きなバカどもがわんさか群がって来ますよ」
「分かったよ」
2人に励まされ、気を取り直すリックであった。
(とにかく性能は良いのだし、誠意を持ってやっていこう)
そこから更に数日かけた朝、カポ村へ到着する。
あの頃は固く閉ざされた村であったが、今回は拍子抜けするほどあっけなく門が開かれた。村の様子は変わりなく、人々の表情は明るい。リック達の馬車を見て手を振る子供や大人もいて、リック達も手を振り返した。
リックはそのまま学校近くへ馬車を進めた。
昔と異なる風景は、学校側に建てられたこの村役場だ。
もう山中に隠れる必要もなくなり、堂々としている。
馬車を止め『ヒュートン』を持って村長室に入ると、ナイとカヴァリアが何やら話し込んでいた。久しぶりに見るカヴァリアは、すっかり日焼けしている。この炎天下、村人と共に農作業をしているのだろう。
「こんにちは、カヴァリアさん、ナイさん」
「お疲れさん。この前は大変だったな」
「ええ、ありがとうございました」
「久しぶりだな、リック。連絡は受けていたが、やっと来たか。セラナも久しぶり」
「ご無沙汰してます、カヴァリアさん」
「そちらは新入りかい?」
「はい。はじめまして、カヴァリア様。4月から騎士見習いをしていましたトレミアです。この旅が終わったら、ミズネ様の神官付きになります」
「そうなのか。俺とローヌのことは聞いてると思うが、カポ村に駐在する騎士だ。意外とここの水が合って、もう3年目になる。よろしく」
「よろしくお願いします」
「それよりどうだ? アトキンソさんの商品は売れてるか?」
「正直、予想よりは駄目ですね。これなんですが」
そう言って、リックは早速『ヒュートン』を見せた。
ナイとカヴァリアは興味深そうに手に取り、操作してみる。
「ふうん。魔法使いじゃ無くても使えるのか。確かに、事務仕事が捗りそうだな」
「どうでしょう? 村にも置いてもらえませんか?」
「ああ、五台注文しよう」
「ありがとうございます!」
やはり信頼されていると話が早い。
早速の受注に、リックは今までの疲れが飛んだ。
その後、お茶をしつつしばらく話が弾んだ。
「お、もうお昼か。お前はローヌのとこに行くんだろ? 3人も連れて行ったらどうだ? 午後は大した用もない」
「ああ、そうだな。じゃあ、行くか」
村役場を出てリックらは馬車に乗り、歩くカヴァリアの後をついて駐屯地へ向かう。駐屯地はこの前の山の麓に築かれていた。敷地も翼竜が着陸できる広さはあるものの、建物は簡素な造りだ。
「ローヌさんはお元気ですか?」
「ああ、子供らが元気すぎて大変だけどな。まだ2歳だけど、もう暴れまくって」
「へえ」
子供なんて、そんなものだろう。
リックらは軽く考えていた。
駐屯地に到着し、荷物を置く。やはり宿泊施設は小さく、今回セラナとトレミアは相部屋になる。支度を終えると3人はカヴァリア夫妻の住む方へ行った。
「ローヌさん、お久しぶりです」
「お久しぶり、リック、セラナ。元気そうね。カヴァリアから聞いたけどあなたがトレミアさんね、はじめまして」
「はじめまして、ローヌ様。よろしくお願いします」
台所のテーブルには3人の食事も用意されていた。道中の簡易な食事とは違う本格料理は久しぶりで、良い匂いが食欲を刺激する。
「アレック、ナタリー、ごはんよ!」
「はぁあい!」
「はいはいはーい!」
ドタドタとやかましい音を立て、子供達がやってきた。




