第058話 やっぱり最後はこうなる
「えっとぉ。ここ来たらお金もらえるって聞いたんですけどぉ〜〜 ヤバい! 何これ? 変なのばっかでウケる! キモいんですけどぉ〜」
壇上の女性は、ケタケタ笑い始めた。
第一印象と違い緊張感のかけらもない。
不釣り合いに派手で真っ赤なスケスケ衣装が、一層際立つ。
売られる身分で何がおかしいのか、リックは不審に思った。
だが考えてみると、リックたち参加者はほぼ全員仮面を被っている。
部外者から見ればアタオカな光景だろう。
「あ、何か喋れってことでぇ、改めて自己紹介しまぁ〜す。ヨミルですっ。21ですっ!」
「サバ読みやがって。ホントは30だ」
ナイが呟く。暗いから見た目では良く分からなかった。
かわい子ぶった喋りは幼く、別な意味で30とは思えない。
「で、十年前からこっちに来てぇ〜 あ、六年前だ。で、キャバ始めたんですけどぉ〜、だりぃから半年で辞めました。わたしチヤホヤするよりされたい方だしぃ〜、オヤジはエロくてケチでウザいしぃ〜、キャバ嬢同士のイジメが酷くてぇ〜、訛りぬけないってバカにされるしぃ〜、もうやになっちゃった」
途中、十年前は設定に無理があると気付いたのだろう。
「それでぇ、モデルや女優もやってましたぁ〜 でもあんま続かなくてぇ〜」
「絶対あっち系だな」
マルキーとピーちんが笑っていた。
「それでぇ〜、お風呂屋さんに行ったりマッチングやったりしてたんですけどぉ〜、ホストにはまっちゃってぇ〜、男はやっぱ顔と筋肉っしょ。シャンパンタワーきれいで楽しかったで〜す。でもぉ、気がついたらお金返せなくなっちゃってぇ〜、飛ぶのも嫌だし小久保公園で立ちんぼしてたらぁ〜、警察につかまってぇ〜、ここならいっぱいお金が入るって聞いて来ました♡ オヤジはキモいけど、お金持ってるオヤジは大好きです♡ 何でもやりまぁす〜♡」
会場は、興味ないのか静まりかえっている。
だが本人は、気にせず喋り続けた。
「見ての通りおっぱいはFカップありま〜す! お尻もキュートって言われま〜す! お肌のお手入れも毎日かかさずやってるので三十路、いや二十代でもピチピチでぇ〜す!!」
聞いているとボロが少し出るが、興味ないのか誰もツッコマない。
司会も、待ち疲れたようだ。
「はい、じゃあその辺で。5万からいきますかね」
「5万1000」
「5万2000」
「5万2005」
「5万2006」
今までのオークションより明らかに値の上がりが悪く、テンションも低い。彼女の顔は不機嫌になる。
「えぇ〜、そんなんじゃ借金返せないよぉ〜 もっと上げてくださぁい〜 ぴえん」
だが無情にも、その言葉で更に値動きが重くなった。
……
……
「やっと6万まできました。どうですか? 終わりますか!」
いい加減、司会者も嫌になったようだ。
「8万!」
ナイがこのタイミングで値を上げる。
予想通り、競う相手はいない。
「はい、じゃあ8万で落札です。どうぞ」
司会者は肩の荷がおりて、ホッとしたようだ。
今日の最低落札額だが、本人は気にしておらずウキウキしていた。
「あ、フニキュアじゃん。私も好き♡ ご主人様ぁ〜よろしくお願いしますぅ♡」
「俺だ、分かるか」
その一言で、彼女の表情がサッと変わる。
信じられないものを見るようで、ヨミルは後ずさりした。
「え? その声は、な、ナイ様……?」
「ああ」
「と、と言うことは……?」
「予想どおりだ、連れ戻しにきた。親が泣いてるぞ」
「……うわぁ、マジかよ〜! マジうっぜえぇ〜」
陽気だった顔が嘘のように曇り、汚い言葉で悪態をつき始めた。
ナイは無理やり引っ張ってきてテーブルに連れてくる。会場に未だ残ってい客もいるが、オークションはだいぶ進んだので、アヘン牧師みたいに既に出た客も多い。
小さな椅子が持ってこられ、リックとナイの間に嫌々座った。
近くで見ると胸の谷間もあらわで、目のやり場に困る。香水とタバコの混ざった匂いはまるで魅惑魔法を撒き散らしたようで、リックはクラクラした。
「あ〜あ、またカポ村に逆戻りかぁ。あんな田舎戻りたくねえよぉー! ちくしょうっ!」
「そんなこと言うな、親が心配してるだけ幸せと思え」
「あいつら毒親のくせにウゼえんだよ、ったく……せっかく都会の女になったのにさぁ、またベコの世話かぁ〜 どうせ結婚しろ結婚しろうるせえんだよなぁ……ああ、うぜぇ……」
「命があるだけマシだと思え」
ナイの説得に耳をかさずブツブツ文句を言うものの、逃げるそぶりはない。それだけ生活が厳しかったのだろう。村を飛び出したい気持ちは、リックも何となく共感できた。
「あら、可愛いピケチュウじゃん! かっわいい〜」
「あ、はい……」
ヨミルは暇になり、隣のリックに興味を持った。
リックは思わず、普通に返事する。
「あれ? 男?」
「そうです」
「若いんじゃない?」
「17です」
その言葉で、女は妖しい目つきに変わる。
「へぇ〜そうなんだぁ〜 こういうの好き?」
(えっ!)
ヨミルはテーブルの下から、リックの太ももを撫で始めた。
リックは、彼女が何をするのか知らなかった。
服の上にマントを着込んでいるので刺激は強く無いが、それが絶妙な具合になる。だんだん彼女の手は太ももの付け根までやってきた。その先を触られると、ヤバい。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
ヨミルはじっとリックの目を見るだけで、テーブル下の手の動きを止めようとしない。厚化粧でやや興奮気味の顔は、軽い発情期の猫みたいだ。
(ちょっ、ヤバいっ!)
一本一本の指使いは妙に丁寧で、男を知り尽くしている。
抵抗できないリックは、何だかムズムズしてきた。
「す、すいません……」
リックはやんわり断ろうとするものの、微笑を浮かべるだけで止める気配は無い。リックは、だんだん彼女が怖くなって来た。
(ど、どうしよう……)
「ヨミルさん、やめてくださいっ!」
急に隣のセラナがヨミルを睨み、強い口調で言った。
セラナは気付いていたらしい。
「なんだ、彼女持ちか。どいつもこいつもサカりやがって。あ〜あ」
ヨミルは、リックの太腿から手を離す。思わずリックは深呼吸した。
「ごめん」
「別に。リックが謝ることじゃ無い」
少しきまずい空気が流れつつ、オークションは進む。
とにもかくにも、後はピーちんの妹を救えば終わりだ。
リックは、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「お金、どうするんですか?」
思い返すとリックは自分が何も用意していないことに気づく。
「マルキーと俺で出し合うことになっている。こいつにかかる金が思ったより少なかったから、大丈夫だろう」
「ふん、どーせ安かったですよ」
ヨミルは安く買い叩かれたのが不愉快で、ソッポを向いている。
「ごめん、俺んち貧乏だから……」
「気にするなって」
「では次は三十九番です。お、美人ですね〜」
「あ、サアヤ!」
ピーちんの顔色がサッと変わる。やっと登場だ。
失礼ながらピーちんに似ず、美人だった。おとなしそうな正統派美人でスタイルも抜群、学年に一人か二人しかいないレベルだ。クラスの男子に聞けば八割以上が好きと答えるだろう。
その隣には、髪の毛を金色に染めたホストがいた。
「あれがヒロか」
「ブロマイドより、カッコよくねえな」
ピーちんの言う通り、ホストの方はイケメンとは少し違う。
不思議な組み合わせだが、男女の仲は二人だけしか分からない。
「ヒロです。いつもの通り品質は保証しま〜す。お好きにしてください!」
「やっろうぅ〜〜ぶっ○す!」
「ピーちん、待て!」
コジラ姿のピーちんは、口から何か吐きそうなほど怒りで震えている。
マルキーが必死でなだめるが、ウーニャでは説得力に欠けた。
真打ちの登場に、変態オヤジ達は色めき立つ。
結局男はそれかと呆れる声もありそうだが、社会的に地位の高い変態クズ野郎の集まりだから仕方ない。ユリカみたいに高い地位のクズババアも、やってることは同じだろう。
「それでは1000万からいきましょうか」
「3000万!」
「4000万」
「5000万!!」
「5500万!!!」
この日一番の爆速で、値が上がっていった。
「ヤバいな……そこまで金がない」
「え? ナイさん本当ですか?」
「まあ、未だ何とかなるが」
「7000万!」
「7500万!」
確かに、かなりの高額だ。もうほとんどが脱落している。
「8000万!!」
ナイが札をあげた。これで終わって欲しい。
「9000万!!!!」
だがまだライバルはいた。でっぷり太ったオヤジでいかにも好きそうだ。
「くそっ……9500万!!!!」
ナイの必死の言葉も、無情にかき消される。
「1億!!」
「む、無理だ……」
「いませんか? じゃあ1億で! 今日の最高落札額です!」
残り少ない客達の拍手の中、サアヤの奪回は失敗した。
「ど〜すんだよ〜! サアヤぁ〜」
でっぷり太ったオヤジにベタベタ触られながら、テーブルに連れて行かれる。きっとこのまま、何処かへ消えていくのだろう。そうなると助ける機会は無い。
「しかたない。セラナ、できるか?」
「はい」
ナイの意図を察したセラナは、マントの中からクロスボウを出す。
ヒュッ
パリーンッ!!
「な、何だ?」
パリンッ! パリンッ!
セラナの放った矢が、次々にランプを壊していく。
弾けた炎が、壁にかけられたカーテンに燃え移った。
ボワっ!!
「うわ、火事だっ!」
「煙で見えない!」
ランプが消えたうえに煙も充満し始める。
火災の規模は小さいものの、会場は混乱し始めた。
「皆さん、落ち着いて!」
「落ち着いていられるか! 出口はどこだ!」
入り口は一つしかないので殺到する。
転ぶ者もいるが、誰も気に留めない。
混乱の最中、リック達はサアヤの元に近づいた。
ドスッ!
「うグッ!」
サアヤを買った親父はピーちんのパンチをくらい、倒れこむ。
ピーちんはコジラの仮面をとった。
「おい、サアヤ! ピー太だ! にいちゃんだぞ!」
「お、お兄ちゃん?」
サアヤは予期せぬ兄の登場で、泣きそうだった。
「感動の再会はあとだ。とにかく、脱出する。舞台裏にも出口があるはずだ」
ナイの手引きで、リック達は会場を脱出した。




