第056話 儲け話の大半は黒に近いグレー
「そもそも、奴らのケツもちはどこの組とかじゃねえ。ノモニル市だ。仲間の狂犬党市議員と市長のユリカがつるんで、あいつらをサポートしている」
「はぁ?」
「なんじゃそりゃ?」
ナイの説明に、メンバーもリックも困惑した。
いつもの喧嘩とは、勝手が違うようだ。
「まず一般社団法人から説明する。これは登記だけで簡単に誰でも法人格を取れるんだ。「普通型」と「非営利型」の2種類あって、 非営利型は「NPO法人」と同じ税制優遇措置を受けられる」
「ふうん」
ナイの説明は長くなりそうだ。
NPOはファンタジーの世界にも存在する。素晴らしい人格者達がボランティア精神を発揮して非営利で運営する、尊敬すべき清廉潔白な組織である。
「そして凄いんだが、一度非営利型で登記しちまえば公益の有無は問われない」
「ん? 非営利型なのにか?」
「へえ、そうですか」
マルキーは疑問に思ったようだが、リックは素直に受け取る。
第四騎士団にいるだけじゃ、世間の全ては分からない。
公益というのは公共の利益を指す。非営利なのだから、得られた利益を社会に還元するのは当然だろう。だがその有無が問われないなら、私益としても使える。
崇高な精神を具現化した聖人達が我欲で利益を上げるなんて、リックには想像の枠外だった。そもそも、非営利型の趣旨に反する。
けれど人間だから霞を食って生きてはいけない。
きっと生活に最低限の利益だけもらうのだろう。
(あれ?)
考えているうちに、(公益の有無が問われないなら、幾ら蓄財してもバレないのでは?)とリックは気付く。どこからか『勘のいいガキは嫌いだよ』、と声がした気がする。
(いや、まさかな……)
あり得ないとドス黒い思考を消そうとするリックだが、彼の頭は邪な考えに囚われ、どうしてもこびり付いて離れない。
聖人は欲を持たず、奉仕の精神で活動する。
そんな純真な人達を疑うなんて、してはいけない。
いけないと思う。
……でも何か変じゃないか?
違和感は拭えなかった。
「それに一般社団法人設立後、行政からの監督・指導はない。そもそも監督省庁が無いんだ」
「へ?」
「え、じゃあ誰からも文句言われないんですか?」
「それどころか罰せられない」
「はぁ?」
ここに来てリックや他のメンバーも、疑問に感じ始める。
人間は弱いから、何かの存在を思うことで己を律している。
それは信じる神様や世間の目など、人によって異なる。
逆に誰にも咎められずに済むなら、黒い誘惑にかられるのもまた人間。
犯罪の多くは狭い世界で起こる事実が、それを裏付けている。
監督・指導なしで問題なく動くなら、役人も手間がかからない。
性善説で成り立つ社会の鏡と言って良い。
本当に問題なければ、だが。
「そんなヤベえ一般社団法人だが、民間で自主営業してる分には問題がない」
「まあ、そうだな。自分らの金だからな」
「そもそも、一般社団法人の位置付けがそうだったはずだ。けれどあいつらには、委託業務としてノモニル市から税金が注ぎ込まれている。つまり公的活動をしているのに監督省庁は無いときた。だから、いい加減な報告書を出そうが誰にも何も言われない」
「それって、ヤバくねえか?」
「ええ、おかしいですよ、それ」
細かい法律は分からずとも、誰も責任を持たない仕組みは腐るに決まってる。メンバーも社会に出て仕事を始めているから、それだけは肌で感じていた。
「だがそれが現実だ。元々はミノスプリング議長の『官から民へ』政策から始まったらしい。調査したが相当やばい。税金ジャブジャブ、無駄遣いのオンパレードだ。しかもクラファン使ってマネロンしてる疑惑もある。もらった税金を寄付すれば使い放題だ。にほ、いやオロソ中の一般社団法人を調べてみろ。国税庁によれば2021.3.8現在66,940もあるんだ。税金払うの馬鹿らしくなるぞ」
ここに至り、みんなはナイの言う意味を理解してきた。
表向きはボランティア団体でも、公金が入るなら詳細な監査は必須である。それが税金を使うという意味だ。他人の金として好き勝手に使おうとするなら、資格はない。公金を使う時は年度末に1円までピッタリあうように領収書を揃えて書類を作るのが、国民の義務である。
第四騎士団も国から補助金があるので、会計部がしっかりやっている。
そこを適当に処理したら、税金を増やしても足りなくなって当然だ。
現実でそんな真似をすれば、暴動や税金不払い運動が起こるに違いない。真面目に青色申告をしてる人間なら、ご理解いただけるだろう。納税者を馬鹿にしている。
「とにかくノモニル市がバックにいるから、あいつらホストや嬢は大っぴらに活動できるんだ。しかしその活動実態は家出少年少女や訳あり子供達を誘って自分らの仲間にしたり、キモいオヤジババアをdisったり、広告の萌え絵を女性蔑視とか難癖つけてるだけだ。口では良いこと言ってるが、やってることは下らねえ。ちなみにスポンサー企業の広告はお咎め無しのダブスタで、経済ヤクザとおんなじだ。しかもだな、」
「まだ何かあんのか?」
情報量が多すぎて、みんな付いていけてない。
「稼いだ金を狂犬党に流してカストラル共和国と一緒に組んで、アヘン密売や反政府活動をしてやがるんだ」
「はぁ? 税金で?」
これには野卍のメンバーも、開いた口が塞がらなかった。カストラル共和国はオロソ北部にある国で確かに仲が悪いが、いくらファンタジーとは言えあまりにもひどい設定かも知れない。
「あいつら、所詮は学生運動崩れのゴッコ遊びだ。俺の住むカポ村は何度も国が変わったから、支配者が変わった時の現実は身を以て知っている」
ナイは怒っていた。村の歴史を知る人間として、あんな無責任に国を腐らせる人間達が我慢できないらしい。当たり前と言えば当たり前だ。
「言葉や文化は全て奪われて当然。年寄りや男は殺され、女は犯され望まぬ子供を孕まされる。そして奴隷行きよ。本気で闘わなきゃ自由は勝ち取れない。政府に文句言うだけのあいつらに、そんな覚悟は無い。しかもだな、」
「これ以上、まだあんのかよ!」
マルキーもリックも他のメンバーも、食傷気味になる。
「これも大事なんだ。あいつら自身が有識者会議に潜り込んで、委託事業の助成先を決めている」
「は? 泥棒がどこに分け前を渡すか決めてんのか?」
「そうだ」
これはマルキーどころかリック達も驚くしかなかった。委託事業先が公正な審査で決まらないなら、公共事業とはとても言えない。
「だから金には未来永劫困らない。ずっと税金チューチュー吸って、ウハウハよ。審査は八百長だから、本気で世の中を良くしたい団体には金が回らない。狂犬党の党首も大御殿に住んでいるが、幹部も庶民とは程遠い豪邸住まいよ」
「最悪だな……」
リックは、頭がクラクラした。
立派な言葉を使う人間が、立派な人間とは限らない。
ファンタジーながら、オロソの行末が心配になる。
ただ話を聞いて、リックは気になる点があった。
彼らは、やたらと公職の人間と結びついている。
「じゃあ、彼らを公に攻撃するとマズいんじゃないですか?」
「リック、良いところに気付いたな。その通りだ。下手に攻撃すると、あいつら被害者ぶってマスコミ使って一大キャンペーンをはってくる。しかも狂犬党と繋がってるから、個人情報を駄々流しにして家に乗り込んできたり会社の前でアジ演説とか始めて周りにも迷惑がかかる。フニクロにも絶対来るぞ」
「うわぁ。それはヤバい!」
「ごめん、マルキー。こんなのに巻き込んで……」
ピーちんが、事の重大さに肩を落とす。
漢らしく拳で勝負を付けるなら簡単だ。
野卍のメンバーも、まだ枯れてはいない。
だが相手は政治家とも繋がっていて、かなり面倒くさい。
下手すると一生社会的に抹殺され、生活できなくなる。
少ない収入の彼らにとって、それだけは避けたい。
「ピーちん、気にするな。とにかく妹を助けようぜ。で、ナイとやら、女達の居場所の当てはあんのか?」
「ああ、リサーチ済みだ。場所はおそらく、『グレンカスタム』。みかけは漫画喫茶だが売春宿で、アヘンもやっている。情報屋の話では、さっきの鳥人ホストみたいなモンスターの巣窟らしい」
「そうか。どうする? 今夜決行するか?」
マルキーは、善は急げのタイプだ。
ピーちん達も同じ気持ちである。
だが、ナイは冷静だった。
「いや、今日は止めておこう。さっきの騒ぎで警戒されている。それに行くなら少数精鋭だ。そこは情報屋に任せるから、また連絡する。時間帯は夜だから、お前らの仕事には影響ないはずだ」
「分かった」
「サアヤ……」
「安心しろ。商品として扱われているなら、奴らも手荒な真似はしない」
ナイの慰めはピーちんには響かないようだが、グッと我慢している。
さて解散となった時、ふと思い出したようにナイはリックに尋ねた。
「そういえば、リックは第四師団宿舎に居るのか?」
「はい」
「悪いが、他に援軍は頼めないか?」
「セラナともう一人来てます。分かりました、頼んでみます」
「それは助かる。じゃあまた」
先ほどの態度から、彼女たちが承諾するかは微妙だ。
でも人命がかかっている。頼み込むしかない。
* * *
「あ、おかえりリック」
「おかえりなさい、リックぱいせん」
宿舎に戻りセラナらの部屋のドアをノックすると、既に2人はお風呂も入り終えパジャマ姿だった。騎士団仕様だから、セクシーネグリジェとかそう言うことは無い。
「いや、実はこういう訳で……」
リックは事の次第を2人に説明する。
面倒なので社団法人などの説明は省いた。
「それで、助けてもらえるかな? ナイさんも来て欲しいって」
「うーん……あのマルキーって人の仲間なんでしょ?」
やはり、少し嫌な顔をしていた。
セラナの中で印象が悪いのだろう。
「でも僕達が助けないと、彼女らが売られるかも知れないんだ」
「セラナぱいせん、行きましょう! そういう奴ら許せないです!」
「そうねえ……分かったわ」
「ありがとう!」
翌日からは何事もなく、再び『ヒュートン』を売り込みに、目ぼしい会社を回る。最初は話術も拙かったが、数件こなすうちに度胸もつき始めた。
だが思ったよりは契約できず、在庫は結構残っている。
カポ村まで往復しても全て売れるのか、不安になってきた。
そして三日後、宿舎に戻ると言付けが来ていた。
『今夜2時、例の場所で』
「いよいよだね」
「うん」
「頑張ります!」
3人とも武装して、真夜中のカブト町へと向かった。




