第005話 不殺の騎士団
ずっとエメオラに世話して貰えるとは思っていなかったものの、できればこの平穏な生活が続いて欲しいと願っていたのも、事実である。
「第三騎士団に戻るか? 負傷兵扱いとして原隊復帰の手続きは可能だ。私が代理人になっても良い」
「そうですね……」
エメオラの言う通り、本来であれば第三騎士団に復帰するべきだ。ギラ大隊長からも、『負傷から回復した場合、何があっても原隊復帰せよ』と教え込まれている。
だが、それを口にする気にはなれなかった。エメオラと一緒に居たいのもあるが、そもそもあの騎士団で生き残る自信がない。貧弱なリックが再び戦場に出ても、同じ目に合うだけだろう。そしてキト達と同じあっけない死を迎える確率が、かなり高い。その運命を受け入れる気には、どうしてもなれなかった。
「まあ戻りたくなければ、それでも良い。どうせ君たちは派遣兵登録だ。死亡扱いも良い加減だから、気にすることはない」
「そうなんですか?」
「契約書に、『バンプーセントラル』という名前があったのを覚えているか?」
「は、はい」
エメオラが言う通り、第三騎士団入隊時の契約書には、最初の方に『リック(以下甲)は今後バンプーセントラル(以下乙)に所属し、乙からの契約兵士として第三騎士団に所属するものとする……』と書いてあった。早くここに判を押せと半ば強制的に命令されたので説明を受けなかったし、何の疑問も持たずに判を押した。
「君達が手柄を立てても、マージンとして20%はバンプーセントラルに入る仕組みだ。だから二割増しで頑張らないと、派遣兵は正規兵並みの出世は望めない」
「え、ホントですか!」
初めて聞く話で、にわかには信じられなかった。けれど今までの状況から、エメオラの方が遥かに内情を知っている。リックは彼女の言葉を素直に受け入れた。
「そして君達の死亡時には国庫から死亡保険金が出るが、それは全額バンプーセントラルの受け取りだ。その場合、保険金の幾らかが第三騎士団に入る。つまり、君達を雇えばお互いが潤う仕組みだ。入隊希望者は幾らでもいるから、活躍しなければ契約を切ればいい。ちなみに正規兵は、全員一流大学を出ているかコネ付きだ」
「そ、そうなんですか……」
実力主義と言ってたのに、これでは最初からハンデがある。リックは騙された気分になった。でも入隊時から規則を毎朝十回暗唱させられてすっかり洗脳を受けており、除隊は彼らを裏切るようで恐怖感を拭えない。
「じゃあ、村に帰るか?」
「それも、ちょっと……」
キトの死を伝えに行く必要があるかなと、リックは思った。でも、既に村での居場所は無い。その為だけに復帰するのも、得策とは思えなかった。
悩むリックを見て、エメオラも感じるところがあるようだ。
「じゃあ、私達のところに来るか?」
「私達? 1人ではないのですか?」
エメオラの提案は意外だった。リックがここに来てから誰の訪問もないので、ずっと一人で暮らす孤高の魔道士かと勘違いしていた。
「確かに、そう思われても仕方ないな。実は私も、別の騎士団に所属しているのだ」
「ああ、それで……」
彼女の言葉に、リックは納得がいった。だから戦場にいても咎められず、内情にも詳しいのだろう。
「私の所属は第四騎士団だ」
「だ、第四騎士団?」
その名を聞いて、リックは躊躇した。
(もしかして、『不殺の騎士団?』)
練兵学校にいた頃、第四騎士団は『不殺の騎士団』と呼ばれ不評だった。最近できた騎士団らしく、目ぼしい活躍も聞かない。
オロソ連邦王国において、兵士達は殺したモンスターや敵兵士の数で昇格が決まる。モンスターの外皮は頑丈で家具や武器などに転用できるから、売り捌いて各兵士の個人的な副収入にもなった。除隊後も、モンスターハンターに関連した事業を立ち上げる輩も多い。
だが第四騎士団の信条は【敵を殺すべからず】。入団案内パンフレットでもその言葉があったので、事実だ。それでどうやって任務を遂行するのか謎であり、訓練校生はそんな第四騎士団をバカにしていた。教師達も「あんな偽善団体には行くな」と常々言っていた、曰く付きの騎士団である。
「第四騎士団ですか……」
「不満なのか?」
「い、いえ……」
「【不殺の掟】だろう?」
「え、まあ……」
奥歯に物が挟まった言い様のリックを見て、彼女は軽く笑った。
「相当悪い噂があるとは聞いている。戦場から逃げてばかりだとか、裏取引してるとか、剣の扱いすらままならないとか」
「いえ、そんな事は……」
団員を前にして、そうですとは言えない。言い訳をすると更に深みにハマりそうだ。リックの複雑な思いに対して、エメオラは特に何の感慨も抱いてないようだ。
「これも縁だ。実際に確かめれば良い。国を想う気持ちは他の騎士団と変わらない。『不殺』の信条も故あってのものだ。嫌なら無理には勧めぬが、私もそろそろ戻る必要があり、ここを離れねばならぬのだ」
「あ、すいません……」
リックの看病が仕事では無いのだから、当然だ。これがずっと続けば良いと思っていた自分を、リックは恥じた。
「私達の拠点は、ここから徒歩で二日ほどかかる。まだ歩くのも大変だろう。ロバを引いていくから荷台に乗れば良い。実は団長から催促があって、遅くとも三日後の早朝には此処を経たねばならなくなった。申し訳ないのだが、来てもらえるか」
「分かりました、行きます。わがままを言ってすいません」
エメオラは信頼できるし、ここまで言ってくれるなら断る必要はない。リックの気持ちは固まった。ただ魔法使いなら空を飛んで直ぐ行けるんじゃないか? しかもロバ? と、少し疑問も感じた。
「ありがとう。気にする必要はない。早く出発できるならその方が助かる。明日には出よう」
「はい、分かりました」
エメオラは満足げな顔をして、部屋を出て行った。