第053話 珍味は手に入りづらいから珍味という
翌朝、きれいに掃除してから出発する。
ここからノモニル市までの道はリックも知らないが、地図はある。
左手は深い森に覆われ、ハロハ河にかかる橋を渡ればノモニルだ。
途中一泊する必要があるものの、交通上の難所は無い。
問題はモンスター。他より生息数が多いと聞いている。
リックが手綱を握り隣にトレミア、荷台後方でセラナが警戒しつつ進む。
「リックぱいせん、モンスター来ますかね?」
「どうだろう? 昨日も一昨日もあんなだから、来るかもね」
「本気で襲ってきた時はどうするんですか? 殺さないんですよね?」
素っ気ないリックの言葉に、トレミアは震える。
リックは何度も修羅場をくぐってきたから、現実的である。
だが実戦経験の無いトレミアは、不安を感じているようだ。
「ああ。いかなる時も殺戮はしない」
モンスターを討伐しない第四騎士団は、不必要なエンカウントを避ける。魔物の森に普段立ち入らないのも、自分より相手の命を慮ってのこともあった。
だがそんな思いを嘲笑うかのように、森はモンスターの気配に満ちていた。
ギャォオオ!!!
ウォオオォオ!!!!
グワァアア!!
奥深くで、モンスターの絶叫が響く。
ガサガサ、ドスンドスンと、大きな物体が木々にぶつかる音もする。
「モンスター同士でやってるのかな?」
縄張り争いによるモンスター同士の決闘は、ままある。
そんな時は、巻き込まれないように離脱が無難だ。
「セラナ、何か来てる?」
「いいえ、今のところは」
緊張する中、しばらくは何事もなく進む。
昼食も、馬車を走らせながら各自交代で保存食をとっていた。
すると、
「た、助けてくれぇえ……」
遠くで人の声がする。
「え?」
リックは馬車を止め、辺りを見回した。
ガサガサッ
すると左奥の森から、何かを抱き抱えた男がヨロヨロとやって来る。服装を見るに第三騎士団の団員だ。心なしか、リックがいた頃より見すぼらしい身なりだ。
「トレミア、手綱変わって」
「はい」
トレミアも馬車の扱いに長けている。
リックは馬車から下り、男に近付いた。
セラナとトレミアは警戒しつつ待機する。
「おお、助かる。天の恵みだ。心の友よ!」
「え? ギラ大隊長?」
その男はリックが第三騎士団の時に散々しごかれた、ギラ大隊長だった。
傲慢だった当時の面影は見る影もなく、痩せ細り服装もボロボロだ。
「? お前、なぜ俺の名前を知ってる? 誰だ?」
「え、いえ……」
その他大勢のモブだった当時のリックを、彼が覚えるはずも無い。
説明の間も惜しいから、リックは曖昧にごまかした。
「まあ良い。とにかく助けてくれ。追われてるんだ」
「あ、ちょっと待ってください」
そのまま荷台に乗り込みそうな勢いのギラ大隊長を、リックは引き止める。何というか、不信感が募る行動だ。彼女らの安全もあるし、事情を聞くことにする。
まず、彼が持ってるモノが気になる。
良く見ると、モンスターの手の一部で、毛むくじゃらだ。
「それは?」
「鬼熊の手さ」
「え? 」
「子供をさっき殺ってきたんだ」
(それは……マズいのでは?)
成獣は固くて食べられないモンスターであるが、子供の鬼熊の手は一晩煮込むと柔らかくなり美味と言われ、高額で取引される。
だが子供の近くには、大抵母親の鬼熊がいる。
そのため、よほどで無ければ手に入らない珍味だ。
専門とするマタギの仕事であり、騎士団は普通やらない。
「お前の服、それ第四騎士団だよな?」
「あ、はい」
「くそっ! そもそも、お前らが国境なんか作りやがったせいで、俺たちが迷惑してんだ。こうなったのも、お前らのせいだぞ!」
「え?」
ギラ大隊長は憎々しげな顔でリックを見、文句を言い始めた。
リックには因果関係が分からない。
「元々あいつらとは八百長みたいな戦争ごっこで、適当にモンスターを捕獲してたんだ。そうすればお互いそこそこの金になった。けど最近は国境を閉ざしたせいで、あいつらハロハ河に全然来やしねえ」
「そ、そうなんですか」
敵味方同士で憎み合っていたと思ったら、そんな事情があるとは。確かにそれを潰した第四騎士団は、目障りな存在になる。
しかしそんな戦争で自分が死にかけた事実を思うと、ギラ大隊長の言葉が虚しく響いた。他にも犠牲者は沢山いる。彼らを想うと、やり切れない。
「仕方ねえから魔物の森に来たけどよ、俺の運勢ダダ下がりさ。でもな、この熊の手を売れば、妻と娘に家が買える。家庭菜園やりたいって言ってたからな。とにかく、早く乗せろ。あいつらが来る」
「あいつらって?」
ヒュッ!
「うわぁ!!」
突然ギラ大隊長が前向きに倒れ込んだ。
背中には太い矢が刺さり、みるみるうちに血が流れる。
矢が放たれた方向を見ると、別の第三騎士団員がいた。
「う、うぅ……」
「見つけたぞ、ギラだ! あいつが熊の手を持ってる!」
「逃すな!」
数人の第三騎士団員がリックの馬車めがけ森の奥から走ってくる。放たれた矢の何本かが、荷台に刺さった。リックは慌てて馬車に乗る。ギラ大隊長は鬼熊の手を抱えて倒れたままで、ぴくりとも動かない。
「トレミア、少し速度上げられる?」
「はい!」
馬車の速度が上がり、団員たちを引き離す。そもそも彼らはギラ大隊長の持つ熊の手が欲しいだけで、リック達に興味はない。直ぐに離れていった。
「ふう。大丈夫かな?」
だが、事はそう簡単に済まなかった。
「うわぁあ!!」
「助けてくれぇえ!!!」
グァアアアア!!!!!
遠くでさっきの男達の悲鳴とモンスターの叫び声が聞こえる。
ボキボキと派手に木が折れる音もする。
「あれは?」
「多分、鬼熊の母親かも。こっちに来たら嫌だな……」
ドスッ!! ドスドスッ!!
グァアオォオオオ!!!!
「うわ、こっち来た!」
悪い予感は的中する。
母鬼熊はリックらの馬車を見つけ、凄い勢いで走ってきた。子供を失った悲しみで狂気に駆られ、目が血走っている。ヒュートンを考えると馬車の速度もこれ以上出せないので、追いつかれるのは時間の問題だ。
リックは荷台に移って長剣を持ち、セラナと一緒に後方を観察した。興奮で我を忘れた母鬼熊が、地響きを上げて一目散に向かってくる。
(どうしよう)
緊張の汗で手から滑り落ちそうになった剣を、持ち直す。
騎士が不在だから、決断はリックに委ねられる。
何としてでも、殺さずに逃げ切らねばならない。
「私の矢で追い払う?」
「いや、怪我をさせるのも良くないと思う」
セラナの腕前が良いとはいえ、傷口から感染症になったり怪我のせいで獲物を取れずに死んでしまえば、母鬼熊を殺すのと同じだ。
(うーん……)
ギャァオオオ!!!
リックが悩む間にも、荷台の三倍近くあるほど巨大な母鬼熊が近付いてくる。このままでは3人とも危ない。
(よしっ!)
リックは腹を決めた。
長剣を構え、魔法を詠唱する。
「空気砲!!」
ドンッ!!
グワッ!!! グォオオオーー!!
大きく長剣を振りかぶって生じた突風が大きな弾丸となり、母鬼熊を直撃する。その勢いで母鬼熊は吹っ飛び、遥か後方にドスンと落ちた。先端は丸いので、母鬼熊を傷つける心配はない。
「大丈夫かな?」
ウグゥウグゥと聞こえたが、追ってくる気配は感じなかった。
気絶でもしたのだろう。
「良かったです! さすがリックぱいせん!」
「いやあ」
トレミアにおだてられて、リックは照れる。
(でもな……)
手綱をトレミアからあずかり馬車を走らせる間、リックは考え込んだ。
(僕達のせいで、ギラ大隊長たちが……)
限られた領土で活動する限り、騎士団同士がパイの奪い合いになるのは避けられない。一方が成長すれば、一方は没落する。成功する人間もあれば、失敗する人間もいる。世の常とは言え、リックは複雑な思いであった。
やがて馬車は魔物の森を抜けて見晴らしの良い場所で一泊し、翌日の昼前、橋を渡って無事ノモニル市の城門に到着する。
* * *
「それではお気をつけて」
「ありがとうございます」
今回は、一般人待遇としてノモニル市のゲートをくぐった。
犬バスで来るときとは手続きが異なり、不思議な感じだ。
「ふう、やっとノモニルだね」
「トレミアはノモニルに来たことある?」
「いやあ、覚えてないです。両親が住んでいて此処で拾われたって聞いてますけど、昔すぎて分からないです」
明るく笑うトレミアだが、リックとセラナはそれを聞いて何も言えなかった。
ノモニルは以前より人の往来が増え、賑やかだ。
建物や看板の色彩が、一層派手派手になっている。
今や勝手知ったる街なので、リックは迷わずブシヤへと向かう。
道中の公園も整備され、建築中の建物も多い。
フニクロの店舗もあちこちにあった。
道ゆく人も、フニクロを着る人が目に付く。
一先ず馬車を第四騎士団駐屯地に置き、宿舎にチェックインした。
予め連絡していたので、一週間以上の滞在もできる。
駐屯地には見た顔もいるが、特に親しい関係者はいない。
ライアは国境にいるようだ。
「一時間後、玄関近くの待合室集合で良い? お昼をとった後、フニクロのミノキー社長と会おうと思う。予め手紙は送ったんだ」
「分かった」
「はい」
それぞれの部屋に行き、リックはスーツに着替えたものの、ネクタイの結び方に難儀した。位置取りを間違えるとやたら長くなったり逆に短すぎたりと、意外に大変だ。鏡の前で奮闘する。
何とか着替え終え待合室で待っていたら、セラナとトレミアもやってきた。スーツ姿の2人は大人びた雰囲気で、ちょっとした丸の内OL風だ。
「あ、リック、ネクタイずれてる」
そう言ってセラナが近づき、直してくれた。間近で見るセラナはシャワーを浴びてきたらしく、柑橘系の香りがしてリックはドキドキする。
「はい、これで」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」




