第049話 他人の本当の気持ちなんて、分かるはずもない
入団して五年、リックもちょっとした有名人だ。
ザルディアの女帝アグラピアに一太刀浴びせた件は『記録の間』に残され、多くの団員が閲覧していた。なので多くの人から羨望の眼差しを注がれている。
ただ実際にその剣技を見せられず、訝しがる団員が少数ながらいるのも事実ではある。
そんな噂はあるものの金髪碧眼で顔立ちも整っているリックだから、何かと目立つ。バレンタインの時も紙袋2つに一杯のチョコをもらっていた。セラナも渡すしリックからお返しも貰うけれど、リックの方は友達同士な感覚っぽいのが(告白の言葉を入れてないとは言え)セラナは気に入らない。
「いいな〜、トレミア」
「じゃあ、あんたも剣術学べば?」
「無理。できないって」
後輩女子たちの会話に混ざらず、歩調をゆるめてセラナはリックを眺めていた。背も高くなり、体格もがっしりした。髪の毛も短くして子供っぽさが消え、男らしく引き締まっている。すね毛やヒゲの剃り残しはセラナ的に減点だが、表立っては言わない。
はじめてリックを見た時、輝いて見えた。
何となく、自分にとって特別な存在になる予感がした。
俗に言う、ビビビってきたやつだ。
遠くから見ても分かる真面目な剣捌きは、相変わらずのリックだ。
何事にも真剣なあの顔に惹かれたが、その面影は残っている。
ただ間近で見られない今は、ちょっと悔しい。
トレミアの剣術はメキメキ上達していると、評判が高い。
ここから見ていても分かる。
一太刀に力はなくてもそれ以上の速さで対処し、目にも留まらぬ技が次々と繰り出される。これほど二刀流を使いこなせる人間は見たことがない。
「うわっ!!」
「やぁ!」
宙に舞ったりリックの背後に回り込んだりと運動神経も良く、小柄なので的が絞りづらい。リックが追い越されるのも、時間の問題だろう。
リックは体格が良くなって威力は増したものの、スピードが伴っていない。だからトレミアがちょうど良い相手なのも理解できる。
そうは言っても、理性と感情は別物。
正直、トレミアへの嫉妬は多分にある。
セラナも児童施設で手伝っていたから、トレミアと顔見知りだ。妹と言うか子供というか、人懐っこくて思わず優しくしたくなるタイプである。セラナ個人として悪い印象はないが、彼女の本心は分からない。
(どうなんだろう……)
一夫一妻制度のオロソでは、エメオラだろうがトレミアだろうがリックを好きな相手なら、セラナにとっては全て敵。強敵と書いて「とも」と呼ぶなんて、少年マンガの世界だけだ。
それにしてもと、今となっては悔やむ点もある。
セラナは、入団時に女子寮を選んでいた。
特に深い考えもなかったのだが、これでは普段リックと会う機会が少ない。《記録の連鎖》に興味がないので、エメオラの館に引っ越す大義名分が無かった。それにここも狭い世界、変な噂は極力避けたい。
でも知り合って五年、進展したかと言えば微妙だ。
ここ一、二年は一緒に遠征もしていない。
今年からリックも館のリーダーになったので、顔を合わせる機会も多くなった。週一のリーダー会議が終わったあと2人で話をしたりご飯やお茶をする時もあったが、皆の目もあるので無難な話題に終始している。
相変わらず話をしやすいし、居心地も良い。
でも細かい趣味の違いはあるし、男女の差なのか思考も違う。
ちょっと雑というか気が利かないので、日によってはイライラする。
セラナとしては、当然ながら自分がリックの中で一番の存在になって欲しい。けれど誰にでも平等に接するリックを見ていると、同じ気持ちなのか確信が持てない。下手に告白しようものなら「女の方から告白するなんて非常識だ」と言われかねない。
そんな事を言われたら一生トラウマになりそうで、躊躇する。
だから時々目に映るリックの姿や、2人で仲良かった場面を思い出して満足していた。いじらしいと言えばいじらしいなと、ちょっと自虐的になる時もあった。
それに女子寮は気楽な面もあるが、何かとめんどくさい。
以前リックの為に一生懸命お弁当を作ったら陰で『弁当女』と言われ、やめてしまった。時々「リックのこと好きなの?」とか「あ、ビッチまた見てる」とか直接言わず聞こえるように言う陰口にもうんざりした。
小鳥のさえずりだった女子の会話が突如ワルプルギスのサバトに変貌するのなんて、しょっちゅうだ。
とにかく、圧が物凄い。
エメオラ様が放つ本気の目力と、同等かそれ以上に思える。
リックに対しても称賛がある一方で「肌が白くて髭も生えてないからキモい」「何か大人しくてムッツリそう」「あのタイプ浮気する」「頼りなさそう」とか辛辣な陰口を叩く女子もいた。ちなみに男の口の悪さも変わらない事実に、セラナは気付いていなかった。
第四騎士団も、聖人君子や美男美女ばかりではない。
入団証で記録した写真魔法も加工歴が『記録の間』に残ると知り、嫌々ながらそのまま提出した女子も多い。騎士になる人達は人格者だが、それなりの人はそれなりだ。
セラナやリックみたいな活躍をできるのは一握りで、普通はあっけなく死ぬだけ。彼ら彼女らも、それはわきまえている。
現実はそちらの人数が多いから、日頃の挙動には気を付けていた。
『自分より誰かが幸せになるのは許せない』を突き詰めると量産型ばかりになって『自分だけは特別に想われたい』と両立しない気もするのだが、彼女達にその理屈は通用しない。
セラナも揉め事を起こしたくないから、時には同調して黙って静かにする。フェリーヌ先輩は口が固いので時々相談にのってもらうものの、話を聞いて欲しいだけで解決策は特に浮かばず、お互い忙しくなって会う機会も減っていた。
とにかく、好きなものは好きなんだから仕方ない。
狩や漁と同じく、機が熟すまで待つだけだ。
* * *
「今日はこれまで。凄いね、どんどん実っていくね」
「ありがとうございます!」
リックは修行を切り上げて帰ると、ちょうど洗濯を干し終えて戻ってくるセラナ達に会う。相変わらず可愛く体型も大人びたセラナに内心ドキドキするものの、リックは平静を装った。
リックはリックでセラナの怖さを知っているから、嫌われないために必死だ。なおヒゲの剃り残しやすね毛が嫌がられていることには、気付いてない。
「あ、セラナ。一緒にお昼どう?」
「え、うん」
「じゃあ着替えてくるから、ちょっと待ってて」
珍しくリックから誘われ、セラナはさっきの心情がバレたのかと驚いた。けれども着替えて戻ってきたリックは普段と変わらず、そのまま大食堂へ行く。
「午後は何するの?」
「私は弓道場で弓の練習。毎日一万本はノルマだから」
「そうなんだ。僕はアトキンソさんの所に行ってくるんだ。新しい魔道具が出来たんだって」
「ふうん」
セラナは、魔道具の話題に無関心だ。興味がないと会話が湿りがちな事やリックの顔が一瞬曇った事にも、彼女は気付いていない。
* * *
セラナと分かれた後、リックはアトンキンソのいる開発課に向かった。ここは主に魔道具を開発する場所で、《記録の連鎖》を使った魔道具開発に参加しているリックも度々来る。
開発課の建物は少し小高い丘の上にあり、眺めがいい。
こんな場所で研究すれば、いいアイデァも出るだろう。
中に入ると見知った研究員らが、何時ものように何か考え事や作業をしている。リックの机周りもそうだが、他人からはゴミにしか見えない怪しげな物も、本人にとっては立派な宝物だ。
アトキンソの部屋に行くと、リックを待っていた。
「やあ、リック君」
「アトキンソさん、出来たんですか?」
リックは興奮した目でアトキンソを見た。リックも開発に携わっていたが、一部でしかない。《記録の連鎖》で動く魔法を作って送ったぐらいだ。部品の設計や作製は他の研究員や職人さん達がやっている。
「ああ。見てみるかい?」
「はい! もちろん!」
「じゃあ、こっちへ」
アトキンソはリックがそうくると予測していたらしく、隣の部屋に連れて行った。
部屋に入ると、机にはA4ノート大の石板が置かれていた。
「これが、新製品だ。コードネームは『ヒュートン』」




