第048話 後輩ができたら、偉くなったと勘違いしやすい
月日は移り変わり、オロソ歴329年4月。
あれから三年経ち、リックやセラナは17歳だ。
今は2人とも本部に戻っている。
リックの身長は伸び、ライアと変わらなくなった。
国境地帯も順当に工事が進んだ。今やザルディアの侵略は激減し、せいぜいモンスター達がやってくるぐらいである。
リックは昨年も国境地帯に半年ほど駐在し、ハロハ河から水を引き込む大規模な灌漑工事に参加した。このおかげで農地が増え、開拓民たちも喜んでいる。
また国境地帯の砦を中心に人の往来が活発化し、新たな経済圏となり始めていた。フニクロを中心とする第四騎士団製品も好評で売れ行き順調、幾つかの村に支店が進出。犬バス達も物流に大活躍だ。
事業拡大に伴い、フニクロの工場もハロハ河沿いやカポ村に建てられた。もちろん社員には給料や休暇を十分与え、染料を川に流さないようにして環境保護にも努めている。
こんな感じで、この三年間は特に大きな事件もなく過ぎた。
本部では特に決められた仕事はなく、修行や勉強などが中心の日々になる。空いた時間は農作業の手伝いや保育園で子供たちの世話など、やる事は多い。リックもだいぶ慣れたので、楽しんでいた。
本部の施設も増築され、普請中の建物が常にある。山岳地帯は広く、切り開いても問題はない。当たり前だが、土砂崩れが起きないように森林伐採の規模は考えられている。
毎年入団者がいるので騎士団見習いは150人、騎士は入れ替え含め30人に増えた。他に事務方や教育職、建築業や各種職人業の人たち含めると、総勢2000人程になっている。
他の騎士団に比べれば人数が少ないが満足度は高く、退団率は低い。もちろん騎士達はカポ村までの国境地帯に配備されているから、本部にいる騎士や騎士見習いは100人ほどだ。
* * *
「リック先輩、おはようございます!」
「ああ、おはようございます」
「リックさんおはようございます!」
「ああ、どうも。おはよう」
後輩も増え、朝の食堂に行く途中も挨拶する機会が多くなる。ちなみにライアは騎士に昇格し、騎士専用宿舎に移った。ただ黒龍の卵を奪おうとした件は印象悪く、審査した騎士達からキツくお灸を据えられたらしい。とにもかくにも翼竜と契約し、国境地帯を飛び回っている。
リックもライアに連れられ一度翼竜の里に行き契約を試みたものの、『お前、何か相性悪いわ』と次々断られてご破算になった。
「やあ、リック君、おはよう」
「あ、フェリーヌさん、おはようございます」
食堂に行ってみると、フェリーヌがいた。
空いていたので、朝食を取ってテーブル向かいの席に座る。
フェリーヌは、本部の広報課に勤務している。
本人曰く「騎士よりこっちが向いてると思って」だそうだ。
確かにフェリーヌが入ってから、団員募集ポスターの質が格段に良くなった。ただアシュリートとヴィクトス、あるいはエメオラとミズネの組み合わせが多いのは、誰も口に出さないものの内心妙に納得していた。ナイ=カポナやライア達が上半身裸で見事な筋肉を見せつけるポスターは絵とは思えないほどの臨場感で、特に評判が良かった。これに気を良くしてか配布されるカレンダーは騎士(♂)のセミヌードに変わり、前年の人気投票で月が決まる仕組みになった。
残念ながらリックはこれらポスターに採用されず、代わりに犯罪防止ポスターの犯人役でセラナが放つ矢の餌食になっていた。
「お久しぶりです」
「そうね。元気?」
フェリーヌはロンTにジーパンのラフな格好をしている。化粧も濃く髪の毛はピンク色だ。ちなみに第四騎士団の団員が着る服は、今や殆どがフニクロ製。デザインもブシヤの最先端を取り入れ評判が良い。リックも私服として何着か買っていた。
「はい、おかげさまで元気です。フェリーヌさんはどうですか?」
「いや〜大変よ。二週間前は完徹が五日間続いたわ。ポスター企画、全然通らなくて大変」
「そうなんですか」
言われてみると、目元にうっすらとクマができている。
評判が良い分、生みの苦しみというものか。
クリエイターの宿命だ。
「性搾取とか言われるの面倒臭いから、ミズネ様風のマイクロビキニキャラにエメオラ様っぽいロリっ子エルフに加えて、イケメンホスト風全裸フンドシのヴィク様やナイ様を描いたんだ」
「え?」
説明だけでは、どんな図柄か想像できない。
「でもアシュリート様から、『さすがに品がない』って却下されちゃった……」
「お疲れ様です」
リックも、アシュリートに同意する。
「やっぱアシュ様出さなかったのがまずかったかな? でもあの人の着てる服、体の線が見えづらいんだよな……ナイ様が来てから推しカプにもしづらいし……」
何か悩む方向が違う気もするが、リックは反論せず話を変えた。
「最近、造幣局に行ってきたんですよ」
「ああ、『宝石の間』の近くにあるとこね。宝石の精さん達にも会ってきた?」
「はい。凄かったです」
圧巻だった。
宝石の精と聞いてノームみたいな穴掘り民族を想像していたが、人の形に似てるようで全く違う生き物だ。体が宝石製で中性的な風貌の彼ら/彼女らは、真っ暗な坑道でも色とりどりに輝いていた。腕や足がヒュウっと伸びて地面に潜り込んだかと思うと、金、銀、銅を手にして戻ってくる。体型を自由に変えられるので、地底奥深くまで行けるらしい。
そうやって採られた鉱物が選別され造幣局に運ばれ、アッシュ貨幣が作られていった。ここは信頼おける職人たちの匠の技で、ごく少数での作業だ。
「ファス君に会った? 私好きなんだ。かわいいよね」
「そうですね」
宝石の精にも、一人一人個性がある。
『ファス、また金と銅間違えてる!』
『あ、ごめんなさい』
どこにでもドジっ子はいるもので、注意された緑髪の精はよく失敗をやらかすようだ。だがお叱りを受けながらも皆から好かれている姿は、心温まるものだった。
「そういえばセラナちゃんは元気?」
「ああ、はい。最近は彼女も女子寮のリーダー役で忙しいですけど。僕もここのリーダーやってるから、会議で会います」
「そうみたいだね。事務棟にも時々来るわ。そう言えば、この前いい感じのイケメンと一緒に来てたな。あれは男子寮のリーダーかな?」
「え?」
不穏な言葉を聞き、リックの顔に縦線が入る。
確か男子寮のリーダーはランロットといいリックらの一つ上で、御三家に繋がる名家の出らしい。インテリ風の眼鏡イケメンで、女子の人気も高い。だがリックと相性悪く、時々見下すような言動をしてくる。
「じょーだんよ、じょーだん。そんなだったら、ちゃんと言った方が良いんじゃないの?」
「え、いや……」
今日に限らず、事あるごとにフェリーヌから冷やかされるリックである。今もド直球で正論を言われ、言い淀む。何を言えば良いのか分からないでも無いが、自信がない。
「ホント、この四年間なにやってたの? 女はね、はっきり言葉にしてもらわないと安心できない生き物なの。わかる? ちゃんと好きって言った? 一度だけじゃダメ。栄養は毎日必要なんだから」
「じゃあ、フェリーヌ先輩はライア先輩とどうなんですか?」
「え? わたし? いや、仕事が忙しいし同人活動も大変だし……あ〜このスクランブルエッグ美味しいね♡」
リックからの逆襲を受け、フェリーヌは口ごもる。いつも食べるスクランブルエッグが今日だけ美味しいのも不思議だが、リックはそれ以上追求しなかった。
その後は2人とも無難な話題に終始し、お互いの部屋に戻って行った。
(さて、剣の修行でもするか)
練習着に着替えて剣を携え外に出ると、近くの広場に行った。この三年の成長で、使う長剣は以前より二割ほど重い。よく手入れされているものの、供用だから自分用にカスタマイズ不可なので完璧ではない。特に魔法関係の増強をしたいがカスタマイズは騎士しか出来ないので、我慢するしかない。
広場ではリックと同じく、何人かの団員が各自訓練をしている。
すると、
「リックぱいせん! 剣の修行付き合ってください!」
と、後輩のトレミアがやってきた。
二刀流の使い手で、両手に同じ長さの剣を携えている。
彼女はリックの三つ下で、今年14歳。
背が低く、愛嬌のある顔つきで大きな目が印象的な子だ。
茶色の髪と目は北東部のコロボックル民族の血を継いでいるらしい。
第四騎士団の入団は4月からだが、もともと児童施設にいたのでリック達とは顔馴染みであった。剣術も第四騎士団の先生方から学んでいる。
何でも、両親を殺され浮浪児だったのを保護されたと聞く。
第四騎士団はそういった事情ある子供も、保護している。
ただし一定の年齢に達したら進路は自由だ。
外の学校に進学する子もいるが、トレミアは入団を選択した。
「ああ、いいよ」
「よろしくお願いします!」
2人の修行が始まった。
「あ、リックさんだ」
その声で、皆と一緒にシーツ類を洗濯するため小川へ行く途中だったセラナの足が止まる。




