第004話 これまでよりも、これからが大切だ
第三騎士団への入団も、キトの誘いが発端だった。十二の夏、役場に貼られた騎士団募集のポスターを2人で見た時が、運命の分岐点となる。
『第三騎士団は実力主義なんだ。ここでモンスターを倒しまくれば、俺達でも将軍になれるってよ!』
『マジ! スゲェ!』
決して、可愛く微笑む萌えキャラ騎士のイラストに憧れたからではない。あくまで立身出世のためだ。お互い次男坊で貧乏生活に辟易していた2人は、何とかして村を出たかった。
村にいても、先が見えている。ここに居たら、2人ともずっと父や兄達に頭が上がらず小さな畑を耕すだけの、みすぼらしい一生が確定だ。成功したければ、若いうちが良い。
善は急げとその場で書類をもらって提出すると、一週間後には合格通知と役人が来て、王都カルタホ近郊の練兵学校に配属された。軍の馬車に乗っての道中は、初めて見る景色ばかりで興奮したのを覚えている。けれど到着してからの訓練は、初日で後悔するぐらいに過酷なものであった。
そして一年間の訓練を修了して2人とも第三騎士団配属となり、あの初戦を迎えた。確かに、初陣で半分以上の兵士が死ぬと教え込まれてはいた。だが本当の戦場は、想像以上の過酷さだった。あんな厳しい訓練も、全く役に立たない。現実をまざまざと見せつけられ、深い絶望の淵に叩き落とされたリックであった。
(ちくしょう!)
今こうしてベッドに横たわり泣くしか出来ないリックは、在りし日の友人達を思い出し、悲しい気持ちで一杯になる。やがてそれにも疲れ、再び眠りについた。
* * *
しばらくは寝たきりの生活が続く。包帯はエメオラの魔法で巻いたらしく、取り替えは簡単にして貰えた。やっと流動食を食べれるようになった時は、感動で涙ぐむ。そして更に数日後、起き上がれるぐらいまでに回復した。
「大丈夫か?」
「は、はい」
もう喋るのも、苦ではない。改めて部屋の中を見回すと、棚には沢山の本が並んでいた。加えてガラス瓶も棚一面に置かれており、それぞれ違った色の液体が入っている。書斎とか、研究室のような部屋だったらしい。そう言えば、時折エメオラがやってきてガチャガチャと何か音を出していたが、この瓶を扱っていたようだ。不思議な味の液体を飲まされたが、この液体のどれかだったのだろう。
「あの瓶は、何なんですか?」
「ああ、多くは薬品類だ」
「へえ」
「私の回復魔法は弱いから、君の回復にあれも使わせてもらった。生き物は体を治す物質を沢山出している。案外、魔法に頼るより良い場合もあるのだ」
「そうなんですか」
仕組みは分からないけど、エメオラがかなりの博識である事は分かった。飲んだ薬のおかげで体の調子も取り戻せているし、彼女の技量に疑う余地はない。
「どうせなら、立ってみるか。ずっと寝たきりだったから、かなり筋肉が減っている。今後の為にも運動は必要だ」
「あ、はい」
そうは言ったものの、しばらくぶりにベッドから離れるのは簡単ではない。包帯に巻かれた足を動かし、いつもの何倍もの時間をかけて、やっとベッドから離れて立つ準備ができた。
「手を出せ、手伝ってやる」
「あ、ありがとうございます」
エメオラに抱き抱えられるような形で、リックはベッドから立ち上がろうとした。立ち上がって分かったが、エメオラの背丈はリックより少し高いぐらいだ。こんな美人を間近に見るのは、刺激が強い。でも彼女は表情を変えず、リックの体だけを心配している。未だあちこち痛むせいもあり、リックにも何かを考える余裕はなかった。
「お、大丈夫か?」
「はい。あっ」
よろけたリックは、エメオラに抱き留められて再びベッドに戻る。まだ立つのがやっとで、歩くのは無理だ。でも死の縁を彷徨っていた頃よりは遥かに回復している。またベッドに横たわりながらも、生きている喜びを感じるリックであった。
「まあ、焦るな。だいぶ良くなっている」
「ありがとうございます! エメオラさんのおかげです」
本当に彼女には、感謝しかない。しがない一兵卒の自分をこんなに手厚く看護してくれるなんて、身に余る光栄だ。親からも、こんな扱いを受けたことはない。
「これなら、もう少しで歩けるだろう。それでなんだが、これからどうする?」
「は、はい……」
エメオラの質問に、リックは返事をためらった。