第041話 こんな時に来るのは、きっと良い人に違いない?
薄暗い穴はモンスター用だからか意外と広く、最近は使われていないようで清潔だ。セラナが来たのは分かったものの、姿は全く見えない。
リックは立ち上がり、セラナを探してゆっくり歩き始めた。
「セラナ、どこ? 怪我してない? 大丈夫?」
「こっちだよ。大丈夫」
少し遠くから声がするので、行ってみる。ちなみにリックがセラナを見えないということは、当然セラナも見えていない。2人が歩き出すと、予想された結果が待ち受けていた。
「リック、どこ?」
「セラナ、こっちこっち。ってうわっ!」
「きゃっ!」
ドシン!!
2人はぶつかり、もつれて倒れ込む。
「ご、ごめん。うわっ!」
「ひゃぁ!」
ゴンッ!!
リックは必死に起き上がろうとするものの、お互いの荷物が引っかかり上手く立てずにまた転ぶ。どこを外せば良いかも見えない。透明な姿が仇となる。
焦れば焦るほどもつれてしまい、悪循環に陥る2人だ。
「あ、ごめん」
「い、いいよ……リックなら」
どこを触れたのか分からないけど、柔らかい。その感触にリックは緊張で頭に血が上ってしまう。慌てて外そうとすると、セラナの髪が口に触れた。
「ご、ごめん」
「ううん」
触れ合う肌も温かく、こんな時でも良い香りがする。リックは一層意識してしまい、動きもぎこちなくなり声も出せなくなる。下手に変な声色になったら余計に気まずい。変質者確定だ。
「いたっ!」
「あ、ごめん」
「ちょっそこは」
「ごめん!」
(ヤバいヤバい!)
ゴソゴソガサガサ
……
しばらくは2人の悪戦苦闘が続く。
「ふうっ」
「良かった」
やっとのことで何とか離れ、今度はセラナから遠ざかる事にした。
深呼吸して、緊張をほぐす。
「リック、どこ?」
「え、ああ。こっち」
「そっちに行ってもいい?」
「え、あ、ああ、いいけど?」
来るなとは言えない。けれど同じ展開になったらマズいと思う。
「あ、ここならタグを使えるね」
セラナはそう言って、タグから通信魔法を展開し始めた。
青白い光はリックも十分に見え、セラナの位置を把握する。
ホッとしたけど、ちょっとガッカリでもあるリックだった。
周辺地図も記録されている。
中心から外れた赤い点が、他の6人を示していた。
『ミズネ様、聞こえますか? すいません、私も落ちちゃいました』
『あら、セラナちゃんも? 大丈夫? 怪我はなかった?』
『はい、怪我はありません。それで、これからどうすれば良いでしょうか?』
『うーん、近くには誰もいないみたいだね。私もかなり遠くまで来ちゃったよ。エメオラは南山に行ったし、あとの4人は北山近くを探索中だけど、まだ山の反対側に通じる道は見つかってないんだ』
どうやら、進展は無いらしい。
『そうですか。じゃあ、自力で何とかします』
『できる? 薬の効力もあと2時間ぐらいで消えるから。気をつけて』
『はい』
『何かあったら連絡お願い』
『了解です』
通信が終わる。リックも一緒に話をすべきだったが、まだ収まりがつかず口を出せなかった。見えないけれど、セラナの様子は特に変わらないようだ。
「リック、どうする?」
「え? どうするって?」
(な、何を言ってるんだ?!)
年相応の妄想をするリックに対し、セラナの意図は違った。
「どうやって脱出するかってこと。アイディアある?」
「え、いや……あの……」
狼狽するリックは、いつも以上に情けない。
それは本人も自覚しているようだ。
(ちょっと頼りないな……)
しどろもどろで何も考えていないリックに、惚れた相手とはいえセラナは少し幻滅する。さっきも慌てふためきオロオロするだけ。もっと堂々とリードして欲しい。少しぎゅっとハグも期待していたセラナは、多少の不満が残る。さすがにこんな時にそれ以上はしたくないけど、この調子で大丈夫だろうか。
(何だかな……)
将来に一抹の不安がよぎる。
(でも……)
完璧な人間なんていない。以前自分を守ってくれた頼もしいリックも、頼りない今のリックも、同じリックだ。理想を押し付け過ぎるのは考えものだろう。
(ま、いいか)
これがリックなのだと思うようにした。
それより、ここからの脱出が優先である。
セラナが予め用意していた道具は、この状態だと未だ使えない。
「リック、ちょっとそこで待っててね」
「う、うん」
セラナが何をするのか分からないけど、言われた通りに待つ。
静かに時間が流れていく。
「あ、」
薬の効力が消え始めた。
暗闇に慣れたリックの目にも、セラナの姿が現れる。
彼女は、中央でじっと上を見上げていた。
ただ時間もすっかり経ち、リックが顔を上げても何も見えない。
「よし」
ここに至りセラナは腰の袋から縄を取り出し、矢に結び付け始める。そして弓をぎゅっと構え、ひゅっと勢いよく矢を放つと、縄付きの矢は真っ直ぐ上に飛んでいった。
ガシッ!
木か何かに矢が刺さる音がした。
どうやら暗くても的を外さない為に、見ていたらしい。
セラナが縄を引っ張ると、ぴんと伸びる。
続けて縄につかまり登ってみると、問題ないようだ。
細いが、かなり丈夫である。
「よし、いけそう。ええとリック?」
「はい?」
「最初に私が上るから待ってて。軽くするため荷物は置いていくから、お願い。後で順番に結び付けて」
「分かった」
セラナはするすると器用に上っていく。
(しっかりしてるな……)
セラナに感心しながら、リックはじっと待った。
……
「おーい、リック? 無事外に出たよ!」
どうやら脱出したらしい。上から声がした。
「木に巻きつけるから、縄を一度上げるね」
「うん」
それからセラナの荷物、リックの荷物を順番にあげていく。
最後はリックが上り、無事に穴から脱出となる。
* * *
「ふう、やっとか。ありがとう、セラナ」
「お疲れ様」
「で、これからどうする?」
予想していたが既に夜だ。暗くて少し肌寒い。
またこの罠がどこにあるかも知れないから、うかつに動けなかった。
「まずミズネ様達に連絡しようか」
「うん」
再び通信魔法を展開する。しかし応答が無い。
「あれっ? おかしいな?」
2人とも不思議に思っていると、
ギャァオオオオ!!!!!
と、少し遠くでモンスターらしき叫び声がした。
「え? 攻撃?」
反響もあるので声がどこからするのか、分かりづらい。
少し離れているようだ。
すると、
バァアアア!!!
2人から少し離れた北山の斜面に、凄まじい火炎が吹き付けられた。
直撃した山林は真っ赤に燃え上がる。
その炎は、モンスターを映し出していた。
「黒龍?」
昼間の飛翔時はまったく見えなかったが、炎に照らされ遠くからでも分かるその禍々しい姿は、山と同じ大きさほどもある漆黒のドラゴンであった。
ガァアオォオオ!!
口に溜めた炎を、更に山に向けて吹き出している。
あんなのを喰らったら、一たまりもない。
「みんな、あそこにいるのかな?」
「そうかも。助けに行かなきゃ!」
リックは黒龍のいる方向に走り始めた。セラナも後を追う。だが黒龍はリック達を知ってか知らずか、口に溜め込んだ炎を、向こうからこちらまで一面に吐き出した。
ブオォオオオ!!!
「うわっ炎が来る! 防御!」
「了解!」
何とか防御魔法で難を逃れるものの、爆風で木はなぎ倒され、あちこちから炎が立ち始める。早く逃げないと命が危ない。リックは無意識にセラナの手を握り、一緒に逃げた。
だが現実は残酷だ。
「ど、どうするリック? 火に囲まれてるよ……」
セラナに言われるでもなく、事態は絶望的だった。
逃げる方向がなくなった。真っ赤な炎が四方から二人を追い詰める。
ドシーン! ドシーン!!
最悪なことに、黒龍がリックたちの方に向かっているようだ。
大きな口を開き、とどめの一撃と、再び炎を吐こうとしていた。
まさに絶体絶命。
「くそっ!!」
リックは無我夢中で剣を大きく振りかぶった。
ブォオーーー!!!
目にも留まらぬ速さで振る剣から疾風が巻き起こり、炎が消え去った。そこに一筋の道ができあがる。2人はすぐにその道を全速で駆け抜け、炎から脱出に成功する。
「ハァ、ハァ……」
「フゥ、フゥ」
だが黒龍は未だいる。燃え盛る山から逃げるとしても、どこに行けば良いのか迷う。この様子では麓も安全ではなさそうだ。村人達も襲ってくる可能性がある。
「おい、こっちだ」
突然、男の声がした。声のする方を振り返ると、銀髪で肌黒の若い男が2人を見ている。だが敵か味方か分からない。躊躇する2人に、男は続けて声をかけた。
「お前ら、あいつを倒したいんだろ? 協力してやる。とにかく逃げるぞ」
「はい」
その言葉と真剣な眼差しに導かれ、2人は男について行った。




