第036話 前門と後門は見方の違いとも言える
翌朝。朝食も終わり時間ができると、ミズネの呼びかけで作戦会議が始まった。食器を各自洗って片付けた後、再びテーブルにつく。
「ロゼッタさん、この辺りの地図ってある?」
「はい、少々お待ちください」
ロゼッタは食堂を出てどこかに行くと、羊皮紙の地図を持ってきた。大きいがだいぶ古く、あちこち書き込みされている。エメオラが受け取り、テーブルの中央に地図を広げた。
「国境地帯なのでザルディア領の時もあったから、汚くてすいません。どちらの国も最初は威勢の良い兵隊さんが来て怒鳴り散らすのですが、しばらくすると来なくなりますね」
確かに手書きの文字はオロソ語とザルディア語のごちゃ混ぜで、一部は解読すら困難だ。
「ここは、大体この辺りになる。後ろの山は『大福山』。形が大福に似ているから付いたと聞く」
地図の左下を、エメオラが指差した。
「そしてカポ村はここだ」
中央部分に小さな川があり、川沿いに細い道が左右に描かれ、エメオラが指差した右側の方に『カポ村』と書かれていた。村の南北はそれぞれ小さい山で『北山』、『南山』と表記がある。ここからの距離は3〜4Kmといったところだ。北の方にも小さい村が点在していた。そちらは標高2000メートル超えの山々がそびえるマトキ山脈に通じている。
「カポ村は山間の谷にある。この道はオロソのアエミラ街道に繋がっており、恐らくヴィクトスが通ってくるだろう。そしてザルディア側にも道は通じている。ロゼッタ、最近この道を使ったか?」
「いえ、もうこの齢ですから行ってません。買い物は時々やって来る行商さんのみです」
「ロゼッタさん、カポ村について最近何か話を聞いたことはありますか?」
ミズネが聞いた。
「そうですね……そういえば、カポ村近くで大規模な土砂崩れがあったとか」
「土砂崩れ?」
「はい。去年、とても大きな台風が来たのです」
「へえ」
「それでザルディア側からカポ村へ続く道は閉鎖中と聞いています。あ、そうだ、野生のモンスターが徘徊していて、入り口にすら辿り着けないとも言ってました。一年前の話だから、今も同じかは知りませんけど」
「そうなんだ。野生のモンスター? どんなの?」
モンスターと聞き、空気が変わる。
「さあ、そこまでは……その行商隊にモンスターハンターは居なかったから、低級モンスター相手でも無理だったと思われます」
「エメオラ、この辺でよく出るモンスター知ってる?」
「ああ。野獣系モンスターが多い。一番厄介なのは剣歯虎だな。A級冒険者でもよく命を落とす。後は巨大狼もいる」
「え、そのレベル?」
「大丈夫だ、低級の方が遥かに多いから、滅多に遭遇しない。」
エメオラの言葉に、他のメンバーは沈黙する。6人の装備は万全であるものの、カヴァリアとローヌの翼竜を使えないのは痛い。遭遇したら簡単では無さそうだ。
「うーん……じゃあ遠回りだけど、ヴィクトスと一緒にオロソ街道の方に行って合流する?」
ミズネの提案に、皆は思案し始めた。
「ミズネ様、ちょっと良いですか」
「なに、ライアくん」
「カポ村で不測の戦闘が起きた場合を考えると、こちらから向かった方が挟み撃ち出来て有利じゃないですか?」
「確かにそうねぇ。そうなんだけど……」
ミズネは考え込んでいる。素直に受け入れる雰囲気ではない。
「ミズネ様、二隊に分けるのはどうでしょう? セラナと私が山から向かいます。私の強化魔法を使えばセラナの弓で長距離の援護射撃が可能です」
「それも良いかな。ただなぁ……」
ローヌの提案にも、沸きらない態度だ。
「ザルディア側で土砂崩れが起きたのにオロソに連絡を取らないって、やっぱり変じゃない? 道が通じているこっちに助けを求めるのが、普通な気がするのよね」
「確かにそうだな」
エメオラも同調する。
「オロソ側の道にもモンスターが現れたのでは?」
「じゃあ、ヴィクトス達も危険ってことよね」
「そうですね……」
仮にリックの説が正しくても、どちらに行くかの判断材料にならない。
「連絡を取らないって、別の意図があるんじゃないかな。単なる脱税かも知れないけど。麻薬の取引量が相当なのかもね」
因みに下手に書いてマトリにこのサイトを見られても困るが、ケシはアヘンといった麻薬の材料である。悪い子はネットで探してみよう。
「それなら、やはり挟み撃ち前提の作戦が良いと思います そもそも彼らは土砂崩れ前からオロソの呼びかけに応じてないし、穏便に済ませるのは難しいでしょう。ミズネ様、次は油断しません。ザルディア側から向っても大丈夫です」
名誉回復をしたいのか、カヴァリアが主張した。
「そうだね、カヴァリア君の言うことも一理あるけどね……でもザルディア側はかなり危険そうだよね……」
しばらく皆で話し合った。どの意見も一理あるけれど、現場の情報が限られるので判断材料に乏しい。この状況で議論を交わし、やっとミズネは覚悟を決めたようだ。
「じゃあ、ザルディア側から行ってみますか……エメオラ、魔力の回復はどれぐらい?」
「今日一日あれば十分だ」
「そっか……みんなは? モンスターがいる前提だし、万全の体調で行かないとね」
他の6人も今日一日の休養で回復可能と分かる。
ミズネも決心したようだ。
「戦力分散したくないから、部隊は分けません。出発は明日早朝。ま、今日もゆっくり休みましょ」
「はい」
会議も終わり、解散となる。
* * *
「エメオラ様、どこに行くんですか?」
まだ昼までに時間がある頃、外出支度をして玄関から出ようとするエメオラに、リックが尋ねた。セラナも一緒にいる。
「この辺の薬草や土を取りに行く。ちょうど良い機会だからな」
「あ、僕も行きます」
「わ、私も行きますっ!」
思わずセラナも声を上げた。振り返るリックの顔は意外そうであったが、セラナは気にしていない。エメオラも拒絶の表情は見せなかった。
「ああ、構わない。瓶を運ぶのを手伝ってもらえると助かる。ここで待っている」
「はい」
「分かりました」
2人は急いで部屋に戻って支度し、3人で大福山に入る。この辺りは杉などの針葉樹林が多く草も膝下の長さで、歩きやすかった。ただ下手すると蛇を踏みつける恐れがあるから、厚手の靴を履いている。2人はかごに瓶を入れ、背負っていった。
エメオラは杉の根本に生える苔や土、森の中を流れる小川沿いに生える薬草などを、慣れた手つきで小瓶に詰め込んで行く。その瓶をリックとセラナが受け取り、かごに詰めて運ぶ。瓶に中身が詰まっていくから、結構な重さになる。
作業中、リックは昨日の出来事を思い出し何気なく聞いた。
「そういえばエメオラ様、あのアグラピア女王って人が言っていた『はぐれエルフ』とは、どういう意味ですか?」
ピタッ
エメオラの手が止まった。風がザワザワと吹いている。
(リック、ヤバいって!)
セラナは心の中で思ったものの、口に出せない。
……
…………
(あ、もしかして……またやっちゃいました?)
じっと動かず無言になったエメオラを見て、リックは洞窟での出来事を思い出した。あの『年齢問題』で懲りて反省した時期もあったが、生来の質問好きは治らない。将来「何が問題か分かりません」とか失言して身を滅ぼさぬか、不安である。
「こらリック、駄目でしょ。エメオラ様困ってるよ」
あまりに沈黙が長すぎたので、セラナはリックを諭した。あの女帝はエメオラやアシュリート達を知っていた。それは何かあるはずで、本人が言い出さない限り聞くべきではない。誰しも聞かれたくないことはある。
「いや、別に隠すほどでは無いのだが……」
「あ、そうなんですか」
予想外の返答で、セラナは意外だった。
「どこから説明すれば良いのか難しくてな。大した話ではないのだ。私がエルフの一族を追放されたというだけで」
「え、追放されたんですか?」
今度は思わずセラナが聞き返す。
「いずれにせよ私が育ったエルフの一族は、ここより遥か遠くの西にある。もう会うことも無いだろう」
「そうなんですか……」
「まあ、そんなもんだ。もう少し先に行くぞ。山頂に行けば、カポ村方面を眺められる」
「分かりました」
3人は更に山を登った。道らしい道はなく傾斜がきつくなった。荷物を持っているから大変だ。しばらくすると森が切れる。山頂だ。周りの山より低いものの、確かにカポ村方面の様子が見て取れた。
「え? あれなんですか?」
真っ先に目についたのは、大きな崖崩れだった。ロゼッタ婆さんが言ってたのは、あれらしい。ただ単なる崖崩れではない。黒光りする大きな板がたくさん下に流されて、ゴミ溜めみたいになっている。野ざらしで割れているのもあった。リックとセラナにとって、初めて見る物体だ。
「あの黒いの、なんですか?」
リックがエメオラに聞いた。
「太陽光充魔器だな」
「太陽光充魔器?」
「太陽光を使って魔力を発生させる装置だ。ただ効率が悪い。それに寿命も20年程度でリサイクルもまだ試行錯誤中だから、あまり使われていないのだが。あんなに森林伐採すれば、土砂崩れするのも当然だ」
 




