第032話 ポツンとある一軒家は、やっぱり怪しい
二日目の朝も、快適で過ごしやすかった。
駐留していたハロハ河近辺と似て、なだらかな平地がずっと続き地平線となって延びている。くるぶし程しかない草が、一面に生えているだけだ。
緑の絨毯に眩しい青空と輝く白雲が広がる、三色の世界。
モンスターどころか、人の踏み入れた形跡もない。
はじめ6人は警戒して固まりながら歩いていたものの、モンスターやザルディア人が来襲する気配が全く無いので、方々に散って移動し始める。
「うわっ!」
リックは、ゴソゴソ地面を這う動物にハッと身構えた。
だが正体はモグラと分かり、ホッとする。
「池がある。あれ、鶴だな」
「わぁ、きれい」
小さな池には、鶴が羽休めに来ている。
すらりとして美しく気高い鶴は、近づくと飛び去って行った。
代わりと言ってはなんだが、ライアとフェリーヌが水を汲む。
柔らかい日差しの中、影となる樹木もない平原をひたすら歩く。平和過ぎる景色に緊張も揺らぐものの、ここは敵国の領内。いついかなる時も油断は禁物である。特にカヴァリアとローヌは、上空からの鷲獅子の襲撃に備え時折空を見上げながら移動していた。
昼も過ぎると、単調だった景色もようやく変わり始める。遥か彼方に山の連なりが見えた。どれも頂上に万年雪を被っており、かなりな標高のようだ。流石にあそこまでは辿り着けそうにない。リックには、神々の住処のように思えた。
「どこまで行けばいいんすか、カヴァ隊長〜!」
集まって昼食を取る中、やや体力のないフェリーヌが泣き言を言う。
各自の荷物も重いので、確かに徒歩移動はキツい。
「今日一日で、行けるとこまでって話だ」
「じゃあもう直ぐですね。分かりました!」
偵察の範囲が分かり、俄然元気になる。食後もしばらくのんびりしていると、セラナは一足早く小高い丘に登っていた。すると、異変を見つけたようだ。
「あ、何かあります! 来て下さい!」
セラナの呼びかけに応じ行ってみるものの、5人は良く見えない。
だが一際目が良いセラナだけは、確信していた。
「あの平地に何かあります。一つじゃない」
彼女が指差す先は遠いものの、不可能ではない距離だ。
他に注目すべき物も無いので、6人で行くことにした。
二時間ほど歩き、やっとセラナが言う意味を皆理解する。
確かに何かある。もう一息と、その場所まで行ってみた。
「うわ……」
それはモンスターの死骸だった。巨大な火焔猛牛だ。
あちこちに転がり、数十体はある。
すっかり干からびて骨だけとなった死骸の様子から、もう大分経っているのだろう。足元には草がからまり、一体化している。地面に突き刺さる肋骨は、6人で一番高いカヴァリアよりも高かった。
「古戦場だったようだな」
「兵士の骨もありますね」
リックは、傍に転がる鉄のヘルメットと人の白骨を見つけた。
風雨にさらされた骨はバラバラで、原型を留めていない。
ヘルメットにある刻印は、オロソ連邦のではなかった。
ザルディアのとも違うようだ。
墓を作ってあげたいけれど、その手間と時間はない。
故人達に水をかけ弔った後、先を急ぐ。
やがて地形が変わり、こじんまりとした森も点在する。
だが相変わらず人が住む気配はない。
夕暮れ時、再び集合してテントを設営し夕飯にする。
持ってきた水も貴重なので、昼間に池から汲んだ水を鍋で沸かす。
これも昼間セラナが射たキジバトを、調理して煮込んだ。
「今はオロソからどれくらい離れたんですか?」
「うーん。似た風景ばかりだったし正確には分からないな。特に障害もなかったので20kmぐらいは入ってると思うが」
「そうですか……」
カヴァリアやローヌは騎士らしく楽観的に構えているけれども、まだ慣れないリックは緊張する。周囲に感知魔法を巡らしているので急な襲撃はないとは言え、見知らぬ土地だから不安が勝るのは当然だ。
夕食も終わり、ローヌは魔法書を読んでいた。「私は剣の威力を魔法で補う必要があるんだ」と、熱心に勉強している。カヴァリアの剣はヴィクトスの次ぐらいに立派で、手入れに余念がない、彼ら騎士は、独自の武器や魔法具を持つことができる。リック達も明日に備え、武具の手入れをした。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「はい」
カヴァリアの呼びかけで各自テントに入り、就寝する。
夜の見張り番として、まずはリックが表に出ることになっていた。
(いい旅行になったかな)
緊張は解けぬものの、星空が煌めく夜の散歩は気持ちがいい。
虫達の鳴き声も心を和ませる。
この調子で任務を終えれば、明日からカポ村だ。
少し遠回りしたけど、これも良い経験と言える。
そんな事を考えつつ偵察していると、ふっと気になる何かが視界に入った。
森の先に、炎が見える。
(何だあれ?)
ここまで来て初めて見る自然外の現象に、リックは緊張した。森の奥だから確認しきれなかったのだろう。真っ暗な森の中でボンヤリと光っているその炎は、どうも普通の火ではない。
リックはその炎の感覚に、見覚えがあった。
(『竜の間』で見たのと似た感じかも……)
じっと目を凝らし慣れるのを待つと、だんだん見えてきた。
小さな石塔が並び、傍に小さな一軒家もある。
(墓?)
先ほどの古戦場といい、この辺りは人が住んでいたようだ。
(どうしよう、皆を起こそうか……)
自分一人で行って無人であることを確認すれば、朝起きたときに報告するだけで良い。そうでなければ夜中に交代予定のライアに一言伝えれば、問題ないだろう。
ただ、そこまで自分で決断して良いものか、リックは測り兼ねた。
(やっぱり起こした方が良いかな……)
幸い寝たばかりなので眠りは浅いだろう。
でも任務で疲れているから、起こすのは忍びない。
だがヴィクトスやカヴァリアからは安易に判断せずちょっとした事象も報告すべきと常々言われていたので、リックは悩んだ挙句、皆を起こすことにした。
「すいません、起きてください。この先にある森の中に、墓地と家らしきものがありました」
万が一を考え、あまり大きな声では伝えなかったものの、リックの様子でカヴァリアやローヌは直ぐに起きてきて、他の3人も続いてテントから出てきた。誰も文句を言わない。
「墓地?」
「はい、こちらから見えます」
リックが5人を森の手前まで案内する。
「俺には見えないな」
「確かにそうね。私は微かに見える」
「あれ、”憐魂火”? リック君には見えるの?」
「はい、そうだと思います。僕には、はっきり見えます」
憐魂火は死んで直ぐの時だけに発する炎だと思っていた。だが死んだ後もこうして残り火のように燃えているらしい。リックは見えるようになって日が浅いので、まだこの炎の意味を良く分かっていない。
「行ってみるか」
カヴァリアの指示に従い、6人で森の中に入る。戦闘する場合を考え、テントなどは置いていく。万が一誰かが死傷した場合の役割分担も決めておいた。
敵地内の初めての行動に、緊張しながら向かう。
だが何かが襲ってくる気配は無い。
行ってみるとそこは開けた場所で、石塔が月明かりで青白く浮かんでいた。
「これは……」
「やっぱり墓だな」
もう訪れる人もいないのか、この石塔も苔むして草が生い茂っている。何か文字が書いてあるが読めない。青白く燈る憐魂火だけが、彼ら・彼女らの存在を示していた。
墓地のそばにある粗末な一軒家は崩れていないものの、真っ暗であった。ただ屋根も修繕されガラス窓は割れていないので、手入れはされているようだ。近くに村があるのかも知れない。しかしそうすると、放ったらかしにされている石塔が多いのは合点がいかない。
「あの家に、入ってみる?」
「うーん……」
カヴァリア達が躊躇しているところ、突然家の中に明かりが灯った。
「誰かいます!」
ギィイイ
6人は身構えていると、家から出てきたのは幼い少女だった。




