第030話 世の中うまい話は、多分ない
コンコン
またドアがノックされ、社長が何か言うよりも前に人が入ってきた。ボサボサ髪の天パで、メガネをかけ口髭を蓄えた中年ぽい男性だ。背はリックより少し高いが、体格は普通である。リックはこの人物を知っていた。
「やあ」
「アトキンソさん!」
こう見えて彼は、第四騎士団中心人物の一人だ。
記録の連鎖を操って作り上げた魔法・超手帳は使い勝手が良く、団員皆が携帯する魔道具になっている。その他にも設計図向けに作られた描画魔法も彼の作品だ。
編み出した魔法はどれも完璧で素晴らしく、彼なしでは第四騎士団の運営はままならない。アシュリートが彼を派遣したのは必然であった。リックも魔法の教えを乞うため何度か彼に会っている。超一流の魔法使いなのに教え方も丁寧でとても分かりやすい。
「今日はこちらに来ていたもので。一緒にお話を伺っても良いですか?」
「ええ、もちろん。今のフニクロがあるのも全てあなたのおかげです」
社長はアトキンソを隣に座らせた。
新たな来客にも臆せず、女性は話を始める。
「それでは続けます。フニクロが抱える問題点の一つは、【人件費】です」
「人件費?」
意外な指摘で、社長は戸惑う。
カヴァリアやリックも彼女の意図が読めなかった。
「はい。とにかく正社員が多すぎます。ご存知の通り、オロソの法律は解雇を簡単にさせません。だから一度採用すれば40年弱会社に勤めます。ちなみにバクさんが『働かないおじさん』と言われているのはご存知ですか?」
「え? あいつが?」
突然降って湧いた話に、社長はうろたえた。社長はバクさんを知っているようだが、勤務実態は把握していないようだ。
「そうです。月一回の棚卸しの日しかまともに働かず、他の日は雲の観察とか新聞読んで街をブラブラしてるだけとか。給料も年齢相応に沢山もらっていて、新入社員から不満の声が上がっています」
「まあ、でもバクは昔から一緒にやってきた仲間だし……子供も三人いて大学受験も控えているし……」
「それが甘いのです!」
「う……」
言い淀む社長に対し、ピシャリと言い放つ。
まるで奥さんに叱られたかのように、社長は縮み上がった。
「今が良くても将来は不安定です! こういった働かないおじさんも含めて退職金と年金を払うとなれば、膨大なお金が費やされます。グランデ合衆国でも過度の年金や社会福祉が原因になって倒産した例が34社あります」
「そういうもんか……雑貨屋の時は3人しか雇ってなかったし、売れ始めたから人手不足で手当たり次第に雇ったからな……」
確かにフニクロ製品をさばくために人手が必要だっただろう。
店の様子は活気があって気にならないが、10年、20年先を想像するのは難しい。
娘ほどの年が離れた女性に叱られ、社長は肩を小さくした。
「いくら名経営者の社長と言えども、ここからは未知の領域。並大抵の努力では経常利益を伸ばせません。その点、我が社では解決のノウハウがあります」
「そうかそうか。やっぱりマッコイゼーさんだ。安心できそうだな。で、どうすれば良いんだ?」
社長は興味を持ったらしく、方法を知りたそうだ。
「人件費の抑制ですが、我が社と提携しているバンプーセントラルから派遣社員を雇うのはいかがでしょう? 派遣なら簡単に解雇できますし、売り上げ鈍化の際は人件費を抑制できます。固定費にならないので、会計上も有利になります。年度決算が少しでも黒字なら私共含め銀行からの融資もしやすくなります」
「ほうほう」
(バンプーセントラル?)
熱心に話を聞く社長に対し、リックは内心驚いていた。カヴァリアやライアも先日の経緯をアシュリートから聞いており、警戒する。利に聡い組織らしく、儲け話には必ず出てくるようだ。ただここで否定するのも、場の雰囲気的にしづらい。
「でも、みんな暮らしがあるだろ……」
「そんな甘いことを言ってるから、無能な働かないおじさんが出来るんです! 有能な人だけがお金を沢山持てるのです。残りの無能は年収200万ゴールドの世界で好き勝手にやれば良いんです。解雇されても、多分きっとどこかで何か仕事ありますよ。それより『お客のために』フニクロを大企業にするのが社長の役目。今後を見据えれば、正規社員削減が名経営者としてやるべき手です。このまま売り上げを上げて数百億ゴールド規模になれば、経団連の仲間入りをして王都で沢山のビリオネアと仲良くなれますよ」
「へえ」
「グランデ合衆国にも是非来てください。高級リゾートでのおもてなしが待ってます。私も慰安旅行で行きましたがイケメンばかりで楽しかったですよ。おじさん向けのサービスも、当然あります。社長は他の人とは違うんです、選ばれた人なんです!」
「ふうん……そんなもんかな……」
褒められてはいるものの、社長は何か居心地が悪そうだった。
「他にも案はあるのかな? プリントには続きがあるけど」
一気に捲し立てられマゴマゴする社長に対し、アトキンソは静かに質問した。
女性はそれを受けて次を話し始める。
「はい、もちろん。他に有効なのは【原価削減】です。それには外国に工場を立地するのが一番です。オロソは人件費と土地代が高いです。グローバル世界の賃金体系を考慮すると、もっと安い製品が望まれます。グローバル市場に打って出れば、製品の売り上げは更に増えて、一兆ゴールド企業も夢ではありません!」
「まあなあ……」
「これもグローバル企業の我が社の伝で、グランデ合衆国近くの小国ペトノムに工場を作れます。技術供与が必須ですが、オロソ人一人分の給料で十人雇えて格安です。現地のアセスメントは我が社がやりますから、社長はサインするだけで結構です」
「おお、凄い!」
素っ頓狂な声を出す社長に対し、アトキンスは表情を変えずに聴いている。
「あとは税金対策で本社登記をケウマン島にすると、より一層お得です。当社の投資も利率を低くしますから、いかがでしょうか? 私共と一緒に夢をつかんでみませんか?」
「そうだな……」
ビジネスの話だからリック達は口を出せない。口を出せないが、どうも胡散臭い。もどかしさを感じながら黙っていると、アトキンソが話を始めた。
「大変いい話だとは思う。けれどもこんな話はご存知だろうか? 派遣を入れたおかげで機密情報が流出し長年の経験が失われた会社がグランデ合衆国内でも43社、成果主義を取り入れたら逆に業績悪化した企業が65社、海外に工場立地したおかげで技術流出して、そこから生まれた同業他社に負け始めたグランデの企業が103社」
そういえばアトキンソはグランデ合衆国出身だと聞いたことがある。向こうの実情に詳しいらしい。ただアトキンソの話を聞いても、彼女は顔色一つ変えなかった。
「そんな話もあるかも知れませんね。でも自己責任ですよ。我が社のプラン通りに取り入れなかったから、失敗したんです」
「よほどプランに自信があるのですね。そういえばこんな話もある。マッコイゼーが過去に投資した会社は238社。確かに全て一年以内に企業価値が上がったけれど、数年以内に社長交代した企業が九割、十年以内に経営母体がマッコイゼー関連に変わったのはほぼ十割とか」
「……何が言いたいんですか?」
ここに至り彼女の態度も変わり始める。
アトキンスの意図を理解し始めたようだ。
「社長、フニクロのビジネスパートナーとしての意見ですが、この話に乗るべきではありません」
「そ、そうかな……」
社長は高級リゾートに憧れているのか、まだ迷っているようだ。
「社長、良いんですか? チャンスを逃しますよ?」
「うーん……」
二人の正反対な意見に、社長は唸ったまま俯いて黙り込んでしまった。
「まあ、いま結論を出す必要もないでしょう。私共もおたくのような素晴らしいグローバル企業と喧嘩する気はありません。今日はこれぐらいでお引き取り願えないでしょうか」
「……分かりました。何かあったらそのプリントに連絡先がありますので、何なりとお申し付けください」
釈然としない顔であったが、彼女はそのまま帰って行った。
* * *
「アトキンソくん、ありがとう。君がいなかったらそのまま契約していたところだ」
彼女が帰ってから秘書が再度持ってきてくれたお茶を飲みながら、社長はアトキンソに感謝していた。やはり決断はしづらかったらしい。
「いいえ。彼らにとっては日常ですよ。売り上げが良くなりそうな会社に声をかけて、最終的には乗っ取るんです」
「そうなのか……」
「企業価値を高める点では、セオリー通りです。派遣の働き方も否定するものではない。ただ我々の目指すものとは違います。話は変わりますが昔、魔道具の開発でスティブジョプやビルゲイトという天才がいました。彼らの魔法技術やセンスは確かに天才的だった。私も魅了された。でも彼らは、全て自分の手柄にしたがる。ああいう人間は神格化されやすく、虚像が一人歩きしやすい。強欲にまみれ過ぎると周りを不幸にします。残念ですが我々騎士団からは退場してもらいました。あの企業然り、強欲は全てを焼き尽くします」
そんな昔話があったとは、リック達は知らなかった。
「客だけを向けば、安くて良い製品にすればいい。でもそれでは、作る人売る人運ぶ人にお金が回らない。携わる人達がみんな幸せになるべきです。誰かにしわ寄せがいく社会は、間違っている」
「そうですね。我がフニクロも気を付けます」
しばらくして、カポ村への遠征隊が決まった。
リック達も当然参加することとなった。




