第002話 初陣の多くは残酷である(後編)
ガーン!!
「ギャォオー!!」
気付くと、目の前にいたオークは血を流し、もう倒れて動かない。その傍に立っていたのはキトだった。どこからか奪ってきたのか、彼は木刀から鉄の刀に持ち替えている。その刀はべっとりと血糊がつき、泥にまみれたリックの木刀とは対象的だ。
「リック、大丈夫か?」
そう言いつつ、キトはオークの死体に刀を入れ鼻を削ぎ始めている。リックと違い、キトは冷静沈着だ。同じ齢とは言え、確かに村にいた頃から大人びてしっかりしていた。キトの勇敢さにリックは先ほどより精神が落ち着き、周りを見る冷静さを取り戻せた。
「お、おう、大丈夫だ」
「ブルってんじゃねえよ。この調子で砦まで行くぜ!」
「ビビってねえよ!」
リックはキトに言い返すと、並走して砦へと向かう。逃げる気だったリックだが、キトのおかげで俄然やる気が出てきた。まだ誰も砦に入れてないようだ。これ見よがしにはためく帝国旗を引きずり落とせば、評価も上がるだろう。並いるオーク達の攻撃を避け、2人は先へ先へと進んだ。
周りの声から、意外とオロソ軍が押し気味のようだ。新兵はともかく、古参の兵たちの奮闘が効いているらしい。オロソ兵の声に勇気づけられ、リックは立ち向かっていく。
(あと少し!)
このまま砦に辿り着き、攻略に成功すると思われたその時だった。
!!!
突然、砦の扉が再び開く。中から激しい雄叫びが聞こえてきた。
つんざくような獣の鳴き声に、戦闘をしていたオロソ軍の兵士達も一瞬止まる。
「な、何だ?」
「気を付けろ! 何か来るぞぉ!」
兵士達が口々に叫ぶ中、オークより巨大な生物が現れた。
「火焔猛牛だ!」
「全員防御! 炎に気をつけろ!」
大きく真っ赤な角を持つ火焔猛牛は、次々と口から火の玉を吐き出した。オルソ王国が誇るモンスター兵器の火焔猟犬と、大きさも迫力も全く違う。どうやら火焔猛牛は気性が荒いらしく、人間奴隷が鎖に繋がれて火焔猛牛の背中に乗り、必死になって手綱を引いている。
オロソ軍優勢だった形勢は、ここで一気に逆転する。
今度は焦げ臭い肉の焼けた匂いが、戦場一帯を覆った。
ゴォオオオ!!
グワッ!!
「うわぁああ!!」
「キトォ!」
近くにいたキトが、火焔猛牛が口から吐き出す火球の餌食となった。リックは何もできず、すぐ側にいた彼が炎に包まれるのを見届けるしかなかった。それを見てリックに再び恐怖心が戻ってくる。
だが逃げるまもなく、リックの目の前にも火焔猛牛が現れた。狙いをリックに定めたらしく、禍々しいほどに紅い口の中には、強烈な炎が充填し始めていた。
(マズい!)
リックは火球を避けようと慌てて逃げずさったものの、間に合わない。
ボンッ!!
「ウワァアアアアア!!!!」
リックも火球の直撃を受け、砦近くの崖から河岸に真っ逆さまに落ちる。そしてドンと鈍い音を立てて地面に叩きつけられ、動けなくなった。川の水で消火できれば良かったが、不幸にも距離があって届かない。
火傷で全身が熱く、体の感覚が麻痺している。何箇所も骨折して血が流れているのも分かるけれども、意識が薄れゆく中、リックはどうしようもなかった。
(俺、死ぬのか……)
何もできず死を待つ最中、リックの側に誰かが来た気配がする。だがそれを確認できる前にリックの意識は拘泥し、こと切れた。




