第021話 ヴィクトス隊の進軍
「これで良いのかなあ」
「何で?」
「何でって……ライアも分かるでしょ?」
「あ、ああ」
フェリーヌが複雑な表情で、ライアに愚痴っている。
ヴィクトス率いる一団は、ノモニルを出て 街道沿いに少し進んだ分岐点から北部の国境地帯に向かっている。ここからは道らしき道もなく、開拓団の集落がポツリポツリと点在しているぐらいだ。
セラナも含め、3人はヴィクトスの翼竜に同乗していた。背中に装着された座席はヴィクトス専用だが、大きいので3人が背中に乗っても余裕がある。他の騎士達も同じように数人を相乗りさせていた。
秋も深まるこの時期は空高く紅葉も進み、青空の下、赤や黄と色とりどりの葉が目を楽しませた。既に麦の収穫は終え、丸太みたいに大きな黄金色の麦稈ロールがあちこちに転がっている。子供達がそこから麦藁を引っこ抜き剣に見立てて遊んでいるのは、ご愛嬌だ。
「うわ、翼竜だ! でかい!」
「かっこいい!!」
子供達はヴィクトス一行を見て、歓声を上げて手を振っていた。先頭に立つヴィクトスは、手を振って応える。騎士見習いが数人で集落に赴き、大人達と交渉する姿も見えた。
そんな中、隊のしんがりはトラケンに率いられた若者達であった。
熱心に行軍するわけもなく、ブシヤの若者だけあって、手ごろな丘を見つけてはスケボーで滑って遊んでいる。
「ヤバい! ゴン攻めしてますね〜 マジすげえ! やべえ! ハンパないっす!」
「うわぁーやべー。ビッタビタハメてきましたね!」
「うわっ、それ鬼ヤバい!」
「やべえやべえ!」
「いい草だわ、滑りもハンパねえ! まじヤベえ!」
「うひょぉ、マジヤバイ!」
かなりアクロバティックな大技を決めて丘一つ丸ごとビューンと一気に飛び越えたり、空中一回転しつつボードに着地するあたりは、流石ブシヤの若者たちだ。国際大会があれば、金メダル間違いなしだろう。
だが遊んでいるから行軍の速度が遅れ、フェリーヌは気が気ではなかった。
様子を見に近づくと、馴れ馴れしく触ってくる。彼らはボディタッチが挨拶がわりらしい。イケメンは遠くから眺めて愛でる主義のフェリーヌにとって、苦手なタイプだ。
ちなみに実際に歩道を猛スピードで滑りスケボーを空中一回転させる技なんかを見せつけられると、作者もマジすげえハンパない鬼ヤバいの言葉しか出ないので、彼らをリスペクトしているとだけは記しておく。
「ヴィクトス様、何か言わないの?」
「まあ、良いだろう。全員が一生懸命働く必要はないし、同じタイミングで作業する必要もない。これから長丁場なんだ。遊びも大事さ」
確かに、全員がスケボーで遊んでいるわけではない。
さらに後方では、騎士見習い数人が彼らと一緒に土木工事をしている。『ここからオロソ連邦王国領』と記された看板を建てたり、道路の拡張工事を手伝っている。作戦の一環で、国境を明確にする為らしい。
分かってはいるものの、フェリーヌは不満な顔をしている。
ノロノロした行軍に飽き飽きしているようだ。
「え、じゃあさ、私らも遊びに行っていいの?」
フェリーヌは意地悪な顔つきで聞く。
ヴィクトスは特に困る様子もなく、答えた。
「ああ、この周辺を偵察して欲しいから、構わんぞ。翼竜だけじゃ、完全に把握できないからな。頼むよ」
「やったあ! じゃライアとセラナ、一緒に行こっか?」
「リックは?」
「だって、あの化物と一緒じゃん」
フェリーヌの言う通り、リックは後方でキトと一緒にいた。それがセラナは不満なようだ。「あんな奴ら、射ち落としてやるのに……」とか、不穏なことをブツブツ言っている。その姿にフェリーヌが萌えているのには、気付いてない。
「んじゃ、行くか。すいませんヴィクトスリーダー、下ろしてください」
「おう」
「河沿いに行ってみようよ。今晩のおかずが獲れるかも」
こうして3人は、偵察に向かった。
* * *
「あらあら、ノブさんのお孫さん? 懐かしいわね。もう五〇年前かしら。結婚式であったけど、お元気?」
「あ、はい。じいちゃんは二年前に死にました。ばあさんも痴呆ぎみで、介護施設に行っちゃってます」
老婆はその言葉を聞き、顔を曇らせた。
「そうなの。時の経つのは早いわねえ。私も若い頃はやんちゃしてて実家は出禁だから、ノモニルにも仕事でしか行ってなくて。それもここ二〇年は息子に任せきりだし、スミド区は随分と行ってないわ」
資材の取引をしようとリックはキト達と一緒に、開拓団集落の家を訪れていた。応対してくれた老婆は齢七〇になるそうだが、足腰はしっかりしていて会話も通じる。息子夫婦は徒歩1キロほどの所で農作業をしているそうだ。
たまたま野卍メンバーの一人が老婆の実家の近くで、爺さんと彼女が知り合いだった。親近感を感じた老婆はリック達を信用し、よもやま話に花を咲かせていた。
「あの頃は王様が『これからは農業ビジネスだ! 秒速で億稼ごう!』とか言い始めて、入植が盛んだったのよ。補助金も出たし田畑も無料。私の夫は売れないミュージシャンだったから、飛び付いたわ。でも三年経つと『自己責任』とか言い始めて、補助金打ち切り。そりゃあ苦しかったわよ。長男のダースケが生まれたばかりだし、私もダースケをおんぶしながら畑を耕したの」
「へえ、それは大変でしたね」
誰も聞いていないが、リックだけは相槌を打つ。カマ村でも老人を扱う技に長けていたリックは、相手の話を聞くのがうまかった。
「そうよ、大変だったんだから。それでもチバラギ産のスイカがここの土地にあってね。大当たり。とっても儲かったの。今のこの家も、その時に建てたのよ」
「それは良かったですね、すごいですね」
しっかりした造りで広い家だから、相当儲かったのだろう。
「でも一難去ってまた一難。なんだか苗がザルディアの方に盗まれて、密輸が増えて価格が下がっちゃったの。昔は小作人さんをフルタイムで雇ってたんだけど、その余裕もなくなっちゃって。ちょうどその頃よ。バンプーセントラルから技能実習生のホビットさんが来たんだけど、それがまた酷かったの」
「どう酷かったんですか?」
バンプーセントラルの名前が出てきて、リックは少々驚く。第三騎士団の派遣業のみならず、手広く扱っているらしい。ちなみに最初の名前だとあまりに露骨すぎて少し手直ししたのは、ここだけの秘密だ。
「仲間がいたみたいで、ある朝スイカ畑に行ってみたら、ごっそりぜーんぶ無くなってたの。2ヘクタールのスイカ、全部よ! お金にしたら500万ゴールドぐらいの大金よ! 慌ててホビットさんの住んでる小屋に行ったら、もぬけの殻。畑の足跡から仲間がいたのは分かって、モンスターの狂猛牛を沢山使って盗んだみたい。でもこの辺に警察はいないから、泣き寝入りしかなかったわ」
「そ、それは災難でしたね……」
リックは慰めることしかできなかった。
「もちろん、真面目な評判の良い技能実習生さんもいるし、悪くは言えないけどね。ああいう事されちゃうとね……もっと先に行くとオークの集団に襲われた集落もあるわ。たくさん殺されて若い娘さん達がさらわれて、どうなってることやら……だからちゃんとした騎士さん達が来てくれると、助かるわ。お願いね。大した物はないけど」
そう言って老婆は奥に行くと、野菜を分けてくれた。
リック達はアッシュコインで代金を払い、家を出る。
「どこも、大変だな」
キトがしみじみと言った。リックも同感だ。
「もしかすると、僕達もこういう生活だったかもね」
「ああ、そうだな」
ここでの生活も、辛いことばかりではないだろう。
老婆の家族が幸せであるように、リックは心の中で祈った。
「本隊からかなり離れたな、急ぐか」
「うん」
リックとキトがそんな話をしていた時であった。
「うわぁ! 巨大亜ザリガニが出たぁ!」
遠くで、ライアの声が聞こえた。
「なんだ?」
「行ってみよう!」
声がする河岸の方に行ってみると、背丈が人の十倍はある巨大で赤くゴツゴツしたザリガニのモンスター集団が、ライア達3人に襲いかかっていた。




