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第001話 初陣の多くは残酷である(前編)

「ものどもぉ! 突撃ぃいい!!! かかれぇええ!!!」


 ウオォオオオーーー!!!!

 オリャァアアァァ!!!!

 ワァアアアアーーー!!!!


 ——オロソ歴三二五年五月十三日早朝、ノモニル草原にて。


 訓練で聞き飽きたギラ大隊長のドラ声がなだらかな草原に遠くまで響き渡ると、号令に合わせ抜刀した兵士達は雄叫びを上げながら敵陣を目指し駆けて行った。オロソ連邦王国とザルディア魔王帝国の争いが、始まろうとしていた。


「行くぜ、リック!」

「おう、しくじるなよ、キト!」

「ったりめえよ!」


 これが初陣のリックとキトも、薄っぺらい皮の鎧に木刀の貧弱な装備で果敢に走る。緊張で前の晩は眠れなかったリックだったが、支給された朝食をとると不思議に高揚感が湧き、テンションが高くなった。まだ少年であどけない顔立ちの二人だけれど、周りも似たような少年兵ばかりだ。


 ——事は、先月初めに遡る。


 オロソ連邦王国が自国領と主張する国境地帯・ノモニル地方のハロハ河岸に、帝国のオーク達が突如上陸してあっという間に砦を築き上げた。


 何もなかった草原の丘に忽然と築き上げられた砦には帝国の旗がこれ見よがしにはためき、周辺の村で略奪が起き始める。幾度の外交抗議もかなわず、遂に痺れを切らしたオロソ王・ヨハン八世がオロソ第三騎士団に討伐命令を下し、この戦闘に至った。


 ただオーク達は数十人程度の規模で、王国の宰相達は単なる小競り合いと判断した。ザルディア皇帝の手で魔王帝国が建国されて凡そ五十年。まだ新しい帝国とは、度々このような諍いがある。


 だがこんな何もない北部の草原での進軍は想定外であった。そのせいか派遣された第三騎士団兵の殆どは、人間の新兵で250人ほど。聖獣の帯同もなし。参謀本部は、ちょうど良い訓練とでも思ったらしい。


(やってやる!)


 リックは興奮状態のまま、砦を目指す。全てはアイツらオークどもを倒して、手柄を立てるためにある。打ち取った帝国兵の死体から削いだ鼻の数で、昇進が決まる。剥ぎ取った装備を古道具屋に売るのも、いい小遣い稼ぎだ。まずはここで経験を積んでお金を稼ぎ、上に行かねばならない。


 とにかく手柄を立てたい一心で、朝露で濡れる草に転ばないよう気をつけながら、リック達は果敢に突進した。


 グォオオ!!

 ブフォォオ!!


 オロソ軍の突撃に呼応して、敵の砦からもオーク部隊が現れリック達に向かって来た。目視で30人程度か。オロソ軍の方が多数とはいえ、二回りはある体格差を考えれば五分五分といえよう。白い巨体のオークたちが近づくにつれ、汗臭い獣の異臭が鼻につく。オーク達は半裸で、ど太い棍棒を携えている。


 グワァアア!!!

 オゥオオオ!!!


 お互いの前線が交差すると両軍がたちまち入り乱れ、醜い戦闘が始まった。こうなると命令は聞こえない。己の生存本能だけが頼りだ。


 ガン! ガーン!

 ドスッ!

 

「死ねぇえ!!」


 ボカッ! ドカッ!

 ガン!


「死ね! この白ブタ野郎!」

「Умрите, япошки!」


「うわぁあ!!」

「ヨハン国王、ばんざぁああい!!」

「おかあさぁああん!!」


 戦闘が進むにつれ、あちこちで悲鳴が上がり、屍が増えていった。草原は赤く染まり、土と血が入り混じったむかつく匂いが漂い始める。訓練通り人間3人で1匹のオークを相手するものの、そう簡単にはいかない。オークの棍棒一振りは、オロソ兵を簡単に吹っ飛ばしていく。


 ドサッ!!


「うわっ!」


 突如リックの目の前に、血塗れになったオロソ兵士が降ってきた。顔の判別すらつかないほどの酷い状態だ。改めてここは戦場で、死は隣り合わせと思い知らされる。誰もが自分は、英雄になれると意気込んでいた。だが目の前にいる名も無き兵士は、なんの手柄もなく無残な死を迎えている。


(ヤベえな……)


 さっきまで元気だったはずの新鮮な遺体を間近に見て、リックは高揚感が急激に萎むのを感じた。ここでは死が瞬時に現実として襲いかかる。明日は我が身だ。リック自身が同じような死を迎えても、何ら不思議ではない。


(逃げるか……)


 一変して恐怖にとらわれたリックは、キトの存在すら忘れて阿鼻叫喚の混乱の最中、何とか逃げ出そうと必死になった。命あっての物種だ。オークを殺して鼻を削ぐより、この死に覆われた戦場から如何に脱出するかだけが、リックの心を捉え始めていた。だが辺りで起こる戦闘にもまれ逃げ出せず、リックは右往左往するばかりだ。


 !!!


 そんなリックを嘲笑うかのように、1匹のオークが立ちはだかった。訓練のヌイグルミとは全く違う。耳慣れぬ奇声を上げドデカい棍棒を振り回して襲いかかってくるオークは、恐怖の塊そのものである。だがここは、やらねばやられる。リックは覚悟を決めて、木刀を振り上げた。


「死ねぇええ!!」


 ゴン!


(え!?)


 リックが渾身の力を込めた一撃は、全く効かなかった。鋼のような肌の表面を少し傷つけただけで、血すら出ていない。リック達の薄い木刀では、筋骨隆々のオークには無力だ。折れなかっただけマシとも言える。だが敵の実力を悟ったオークは、途端に余裕の態度になった。


(くそっ この野郎!)


 闇雲に木刀を振り回せど、結果は同じ。オークは悠然としてニヤリと笑うだけで、一歩も引かない。無我夢中で振り回していると腕が痺れてきた。体力の限界だ。リックの動きが鈍くなった頃合いを見て、オークは棍棒を大きく振りかざさし、反撃に出た。オークのやや緩慢な動作のスキを見て、リックはすかさず逃げ出す。


「ちきしょお!」

「Сдавайся, парень。Умри」


 必死になって逃げるものの、直ぐに追いつかれる。自分の力が全く通じず絶望になるリックだが、それでも生き延びるため無我夢中で木刀を振り回した。息も切れかけぜーぜー言い始め、木刀の振りも重くなる。オークは不気味な言葉を発するだけで、まったく怯むことなくリックに向かってきた。


(やべえ!)


 リックが死を覚悟したその時、目の前にサッと何かが現れた。

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