第016話 ノモニル市街地の巡回警備
翌日の朝。
起きると召集がかかり、設営テントの真ん中に全員集合する。
以前リックがいた第三騎士団の兵舎が、遠くに見えた。
第四騎士団の野営地は駐屯地の隅で、第三騎士団員らはこちらまで来ない。
翼竜達は大人しく待機している。
「みんな、おはよう」
ヴィクトス隊長が中央に立ち、挨拶をする。
隣に並ぶ騎士達と比べても、一回り大きい。
ただ威圧的はなく、安心感があった。
「今日の任務は、街の巡回警備だ。本部長のロゴリト中将から昨日伺ったのだが、この街には【ブシヤ】、【ジュクシン】、【ブクロイケ】という地区があって、それぞれを根城にするチンピラ共がいるらしい。抗争も時々起こるから、一般人を守って欲しいそうだ」
「それは警察の仕事では? 早く国境戦線に行くべきじゃないですか?」
騎士見習いの誰かが質問した。リックも同意だ。
ライアや他の人達も、同じ思いのようである。
ノモニルは通過点であって、ここから国境地帯に行くのも徒歩行軍で一日以上かかる。それに警察の役割をさせられるのは、便利屋みたいで良い気がしない。
「悪いがオレ達を国境地帯のどこに派遣するか、まだ参謀本部で審議中だ。実は、ヨハン八世の勅令が届いてないと言われてな」
「本当ですか?」
「マジ!?」
ヴィクトスの説明に兵士達はざわめき、あちこちで話し声が聞こえ始めた。
「気にするな。王様の思いつきは何時ものことさ。ノモニルでの開戦も急だったと、愚痴を言ってたよ。いずれにせよ、我々騎士は上の命令に従うだけだ。街を知るためにも丁度良いだろう。特にブシヤの【野猛弍流卍会】ってのがヤバいらしい」
ヴィクトスの言葉に、反論する者はいない。リックとしては一刻も早く国境に向かいたいが、与えられた命令に従うだけだ。
「じゃあ、騎士1人に数人ついて、三グループを先ほどの三地区に派遣、昼と夜の二交代とする。駐屯地に残る奴らは当座の食料を調達するために、市場に行って来てくれ」
ヴィクトスの命令で、グループ分けが始まった。リックはどうしようと思いながら、何となくフェリーヌとライア達に付いて行った。セラナも一緒にいる。
「ヴィクトスリーダー、うちら4人と一緒にどう?」
フェリーヌが臆することも無く、真ん中にいるヴィクトスに話しかけてきた。
ヴィクトスも、知った仲のようだ。
「おう、フェリーヌ。お、リックも一緒か」
「はい、ご無沙汰してます」
最近ヴィクトスと交流は無かったが、覚えてもらっていてリックはホッとする。
「いいぞ。じゃあ先発隊として行こう。ローヌ、後は任せた。翼竜の世話も頼む」
「承知しました」
ローヌと呼ばれた女騎士に残りを任せ、各自装備を整えた後にヴィクトスら5人は駐屯地を出た。
(緊張するなぁ……)
ヴィクトスと同行するのは久しぶりだ。
何か怒られやしないかと、リックは冷や冷やする。
ただライアやフェリーヌらの様子を見るに、緊張するほどでも無いらしい。
ライアやフェリーヌも、リックを下にしてこき使うなんてしない。
ここは、上と下の距離が程よく近い。
だからヴィクトスに対しても、過剰に畏怖する必要は無さそうだ。
ただリックにとって、こういう上下関係は第三騎士団のトラウマが未だ抜けない。
3人が先頭に立ち、セラナとリックが後ろについて行く形になった。
街中なのでリックはショートソードだけの武装にした。一方ヴィクトスが背負うロングソードは、途轍もなく大きい。彼の体格も相まって、道ゆく人々が二度見するほど目立つ。自然と人々は、ヴィクトスら5人を恐れ遠ざけている。これだけで、十分な抑止力になりそうだ。
この地域での中心都市だけあり、ノモニルの街は賑わっていた。人間以外にホビットやノームといった山岳民族もいる。中心部は二時間もあれば徒歩で一周できる、程よい広さだ。リックも市街地に入るのは初めてだから、不思議な建物や珍しい衣装で着飾った人達に目を奪われていた。
「この辺がブシヤらしい」
「へえ」
「凄いっすね」
確かに賑わいが半端ない。目がチカチカするほど天然色な広告が立ち並び、道ゆく人々も金髪どころか青髪や赤髪と変わった髪型ばかりで、ド派手な格好だ。中心には『108』とか『TSUTOYA』とか書かれた、奇妙な形の建物が建ち並んでいる。道も交差点を思い思いの方向に渡るなど、他にはない自由な雰囲気である。その近くには、『ポチ公』と名付けられた犬の像が置かれていた。
「あの辺でお昼にしませんか?」
フェリーヌの指差した方向には、オープンカフェがあった。
5人に依存はなく、そのまま店内に入る。
「いらっしゃいませ。何名ですか?」
「5人で」
「すいません、離れている4人席と2人席なら直ぐご案内できるのですが……」
「じゃあ、それで。リックとセラナはそっちで良い? 私ら、大事な話があるの」
「え?」
フェリーヌがテキパキとやり取りした結果に、リックは困った。
先輩方が大事な話と言うのだから、自分が邪魔するわけにはいかない。
(どうしよう……)
さっきから後ろについて2人で歩いていたけれど、セラナと会話らしい会話もしていない。どうしようかと迷っていたが、「どうぞこちらへ」とウェイターに促され、そのまま2人で奥に席に行った。
* * *
「良いのか? あいつら2人で」
外のテーブルにつきメニューを選んだ後、ヴィクトスが聞いた。向かい合って座るフェリーヌは、策士のような笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、リーダー。もともとセラナ、リックに気があるから」
「え? まじ?」
全く知らなかったようで、隣にいるライナは目を見開きながら驚いている。
「ほらリックって、真面目で仕事も熱心でしょ。時々見かけてて、気になってたんだって」
「なーんだ」
「そうなのか」
事情を知り、男2人は納得する。
「飲み物を持ってきました。アイスコーヒーの方」
「はい、ここの2人です」
「私はハーブティー」
「どうぞ」
ウェイターが飲み物を持ってきたので、3人は飲み始めた。
外はまだ少し暑いので、冷たくておいしい。
「それで、リックの方はどうなんだ?」
意外とヴィクトスが、この話題に食いついてきた。副団長たるもの団員のプライベートも把握すべきと思っているのか、単なる噂好きなのかは不明である。
「どうっすかね。あいつ、あんまそういうこと気にしてなさそうだけど」
一番近くにいるはずのライアは、ピンとこないようだ。
「オレはエメオラになつくかと思ったのだが」
「ああ、別に悪い関係じゃないっす。ただどうかな……」
「エメオラ様、エルフだしね。きっと両想いになってもリックの方が先にお爺さんになって、駄目なんじゃない? そういう悲哀、わたし的には萌えるけど。それよりどうなんですか? ミズネ様とは?」
ゲホッ!
コーヒーを飲みかけていたヴィクトスは、フェリーヌの質問に吹き出す。
「な、なんだ?」
「え? リーダーやっぱり?」
急な質問にうろたるヴィクトスに、ライアも思い当たる節はあるらしい。
「いや、別にオレとあいつはそんな関係じゃ……」
「いえいえ、二年前の納会で泥酔したヴィクトス様がミズネ様に介抱されてたの、みーんな見てますよ」
「ちょっ待て!」
ヴィクトスは慌てふためくが、店の中なので静かにしなければならない。
それを知ってフェリーヌが質問しているならば、かなりの策士である。
「メインディッシュをお持ちしました」
「ありがとうございます〜」
ウェイターが良いタイミングで料理を持ってきたので、3人は食べ始める。
だがフェリーヌの追求は止まない。
「あれ、アシュリート様に対抗して酔った振りしてたって噂ありますけど、ホントですかぁ?」
「い、いや、そんなんじゃない。オレらは同期だ。別にそんな仲じゃない」
さっきよりも耐性がついたヴィクトスは、食べながら冷静に返事した。
だがフェリーヌも、それで納得はしない。
「そうじゃなくても同期だったら、気になってもおかしくないでしょ?」
「そうなのか、ライア?」
「まあ、そうっすかね」
「え?」
「え……」
「あ、このオムレツ美味しい♡」
「そ、そうだな……」
攻守交替。今度はヴィクトスが気まずい2人をなだめる側に回った。
食後にもう一杯お茶を飲み、やっと場も和む。
何を話したのか、少なくともライアは覚えていない。
「じゃあ、警備に戻るか」
「はい。リック、そろそろ出るよ!」
「は〜い」
フェリーヌが声をかけると、奥からリックの返事がした。
入り口でヴィクトスが勘定を払い外に出て待ってると、2人がやってきた。
「いや〜セラナさん、凄いんですよ! 海の話をいっぱい聞かせてもらいました! 海って、珍しい生き物が沢山いるんですね!」
リックは目を輝かせながら、3人に報告した。
セラナも会話を楽しんだようだ。
「今度休みをもらったら、海に連れてってもらう約束したんです!」
「お、オレ達も行こうかな」
「はい、是非!」
海を知らないリックは、水着というものを知らない。
三者三様、いや五者五様の思惑で、警備は続く。
事件は、陽も少し落ちかけた夕方に起きた。
 




