第012話 記録の連鎖(レコード・チェーン)
(うわっ まぶしい!)
『記録の間』は『龍の間』と違い、彩り鮮やかな光にあふれていた。
目が慣れてくるにつれ、次第に全貌が明らかとなる。
(——何だこれ?)
そこでは波長が異なる光の塊があちこちきらめき、大小様々な柱を形成していた。広大な部屋の半分ほどを、それら柱が占めている。リックが柱に近づいて見ると、その光の塊は凝集と拡散を繰り返す、細かい砂の結晶だった。まるで万華鏡のように刻一刻と変化し、同じ姿を留めていない。
(何だろう? 不思議だな……)
リックは思わず、手を伸ばして触ろうとした。するとエメオラが「これは何でも記録する。今は止めておけ」と言うので、「はい」といって手を引っ込める。
「ここは『記録の間』、騎士団設立以来の情報が集約されているんだ」
「図書館みたいなもんですか?」
リックは三たび質問した。また地雷ワードかもと不安になったけれど、こちらも知りたいし、さすがに三度目は無いだろうと推測する。
「まあ、似てるよ。でも僕達の情報は紙じゃなくて、この砂の中にある。これがエメオラの傑作魔法、『記録の連鎖』さ」
地雷ワードじゃなくて安堵したリックは、改めて柱を見つめる。
吸いこまれるような美しさに魅了され、ずっと見続けても飽きない。
「リック君にもあとで支給するけど、騎士団員が持つタグが、デバイスの役割をするんだ」
そう言ってアシュリート団長は長袖をまくり、腕輪を見せた。他の3人も、首飾りやヘアバンドからタグを取り出す。タグには宝石が埋め込まれていて、共振しているのか色合いが次々に変わる。
「一日に個人がした仕事や情報が、自動転送でここに記録されるってわけ」
「それって、個人評価につながるんですか?」
第三騎士団でもあったなあと、リックは思い出す。
途端に、この美しさがまやかしに感じられた。
小さい頃から通信簿に慣れた国民にとって、評価の数値化は分かりやすい。
第三騎士団ではモンスターの討伐数に加え、日々の遅刻・欠席にテストや練習試合の結果、勤務態度など様々な項目が数値化されていた。常に監視されているようでうんざりだったが、個人の点数は絶対で、給料や出世に響く。噂では高得点の上官なら犯した犯罪も揉み消せるらしい。当然、従うしかない。
そうなると自分の点数を上げるため、点数をつける上官達に媚び諂うのが常である。事実、上官から妬み恨まれ左遷された優秀な先輩兵士は沢山いた。逆に裏表激しいパワハラ要素満載の人物が、有能だと重宝される。本人達は至って真面目にやっているのだけれども、側から見ると変としか言いようがない。
だが歯向かうものなら自分が飛ばされるので、誰も言い出せなかった。
「はぁ……」
ここも第三騎士団と同じかと思い、リックは落胆して無意識にため息をつく。
そんなリックの態度をみて、アシュリート団長は苦笑いした。
「いや、そうじゃないよ。これで個人評価なんてしないし、個人情報を抜き取るわけじゃない。これは、騎士団全体で起きていることを把握するためのものさ。僕達みたいな立場の人間は決断する必要があるから、記名付きの記録もあるけどね。まだリック君が心配することじゃないよ」
「そうなんですか」
違うと言われて、少し気が楽になる。
やはり、あの相互監視の環境には耐えられない。
「それに管理者権限もないから、恣意的な改竄やシステム変更もできないんだ。エネルギーはこの地脈からとってるし、至ってフェアな仕組みだよ」
「へえ」
つまり運営が勝手に設定を変えたり出来ないらしい。CAZNみたいに、いきなり月二千円の定額サービスが来月から三千円と言われると困るので、それは良いなとリックは思う。
「そしてこれが大事なんだけど、魔法をうまく使えば過去の統計とか、色んなデータをここから正確に取り出せる。不正統計なんてされたら、予算編成に悪影響極まりないからね。個々の決定に至った経緯も抜き出せるので、過去の経験も蓄積されていく。もちろん、魔法の使い方を学べばリック君にもできるよ」
「そうなんですか」
(魔法、僕にもできるのかな?)
リックは魔法を学んだ経験がない。だから、自分がこれを使いこなせるのか見当も付かなかった。さっきまでとは違う興味で、三たび柱を見る。一瞬たりとも休まず止まることなく輝き続ける姿は、正に魔法だ。仕組みなんて全然分からないけど、面白そうだな、とは思った。
「これを、エメオラ様が作ったのですか?」
「そうだ。基本概念だけだが。作ったあとは、皆の力で育てている。リックのような途中加入者もこの騎士団の諸事情が分かるようにと、作ったのだ」
エメオラの口調は、特に自慢したい風でもなく淡々としていた。
「エメオラ、謙遜しすぎ。それだけじゃないんだよ? お金とか武具装備も、この魔法で管理している。僕達が作る貨幣には『記録の連鎖』を使った個別の刻印が付いていて、捏造不可なんだよ。ほら」
アシュリート団長はポケットから金貨を取り出した。オロソ連邦王国の発行する金貨とはデザインが違い、確かに金とは違う別の光が印されていた。
「へえ」
「団長の名前をとって、『アッシュ貨幣』と名付けてるの」
「照れちゃうけどね」
苦笑いのアシュリート団長だが、満更でもないようだ。
金貨は彫刻も素晴らしくリックは感心するものの、説明は理解不足だった。
この時代、貨幣は硬貨での流通が基本である。連邦国なので御三家が貨幣を委託鋳造し、交換レートはどれも同じだ。ただし、時々金や銀の割合が少ない怪しげな貨幣もあった。そのため秤を使って貨幣を確認するものの、今度は秤に細工する人間が現れるから難しい。
いつの世も、悪が栄えやすい。
結局は、力の上下関係が物を言う世界だ。
「ちなみに僕たち第四騎士団が持つ資産は、アッシュ貨幣で10億ゴールド。他のオロソ貨幣との交換レートは1:1で、連邦王国の資産価値と同じと思ってもらって構わない」
「それは、他と比べて多いんですか?」
「どうだろう? 俺は仕事柄ほかの騎士団との交流が多いけど、兵士や兵器の規模からして、他の騎士団の方が十倍は多そうだな」
リックの素朴な疑問に、ヴィクトスが答えてくれた。
その体格の通り、ヴィクトスが前線指揮官のようだ。
「仕方ないよ、第四騎士団は出来たばかりだし。ただあっちは借金も多いから、正確な比較は難しいね。ちなみに皆の給料や経費を伝えるために、年に一回は決算書を作って公開しているよ」
「そうですか」
何やら仕組みが違うのだけは、分かった。
アシュリートの眼差しは、嘘をついているようには思えない。
「じゃあ、そろそろ外に出ようか」
団長達に連れられて外に出ると、既に夜だった。
「あらら、もうこんな時間か。エメオラ、リック君を泊められる?」
「ああ。部屋はある」
「じゃあ、明日から団員の一員として頑張って。まずは騎士見習いから始めよう。入団時は、みんなそうなんだ。エメオラの家には同僚の弟子も沢山いるから、一緒に働いて色々聞いてみると良いよ」
「分かりました、ありがとうございます」
そう言って団長達3人は、各々の家に帰って行く。
「さあ、こっちだ」
「はい、ありがとうございます」
エメオラの後ろに付いて行くリックは、長い一日だったなと思っていた。
* * *
エメオラに連れられやってきた家は、魔物の森での家と比べて三倍はある大きな家だった。明かりが点っていて、玄関を開けるとリックと同じ年頃の女の子と男の子がいた。
2人ともリックと変わらぬ背丈だ。
女の子は短めの栗毛に茶色の瞳で、利発そうに見える。
男の子は坊主頭の黒い瞳で、体育会系の雰囲気がした。
「お帰りなさい、エメオラ様!」
「ああ、ただいま。今日から騎士見習いになったリックだ」
「リックです、よろしくお願いします!」
「よろしく、私はフェリーヌ」
「よろしくな、オレはライアって言うんだ」
こうして、第四騎士団でのリックの生活が始まった。




