第111話 目の前の相手が本物か偽物か、意外と簡単には分からないものだ
二日後、やっとリックは森を出た。
あの後モンスター達の襲撃は控え目だったものの、夜はフクロウ型モンスター三羽に遭遇するなど生きた心地はしなかった。
(みんな居るかな……あれ?)
まず目にしたのは、太い木に縛り付けられたクルリンであった。流石の高僧も解けぬほどに頑丈な縄で、猿ぐつわもされてウンウン唸っている。
「お、来たね。あとはセラナさんだけかな? 見かけなかった?」
リックの姿を見て、アシュリート団長がやってきた。
ヴィクトスやエメオラも一緒だ。
みな傷ひとつ付いていない。
「あ、いえ、自分だけで精一杯で……探してきます!」
「いや、彼女なら大丈夫だ。もう少しで来る」
エメオラに言われて待っていると、ガサガサと音がしてセラナが現れた。
「良かった。お疲れ様、セラナ」
「リックもね」
何事もない姿にリックも安堵する。
ただ何事かあったクルリンは気になった。
「あの……クルリンさん、どうしてこんな格好なんですか?」
「想像通り。私に怪しい術をかけようとした」
いつになくエメオラの視線が厳しい。
「フガー!! ムガ〜!! モゴモゴ……」
クルリンが何か言っているが聞き取れない。やはりあの秘術を使おうとしたのだろうか。それならまさしく因果応報だ。
「でもどうする? 案内役だから放っとく訳にはいかないよね」
「こいつの頭からガーダラサの記憶だけ抜き取れば問題ない。死ぬか廃人になるだけだが」
「フゥーグーァアア〜!!!」
今度は足もばたつかせているが、ミリも動けないほどキツく固定されている。エメオラは本気だ。魔法杖を構え、なにやら詠唱し始める。リックらにも緊張が走った。
そこにアシュリートが待ったをかける。
「いやいや、エメオラ。クルリンさんは大切なお仕事があるし、幸いエメオラも被害は無かったんだから、ここは大目に見るってのはどうだろう?」
「私はそうだが、被害にあった女性は今まで沢山いた筈だぞ? 良いのか?」
「確かに……でも殺したり廃人にしても、更生にはならないよ?」
「……」
アシュリートの反論に、エメオラは思案する。
「……分かった。先ずは解除する」
そういって、エメオラは魔法で縄を解いた。
だがクルリンには反省の気配がない。
「ふっワシの価値にようやく気付いたか……、っと何をする!」
ボワボワボワ〜〜!!
エメオラが魔法を唱え怪しげな光に包まれた瞬間、クルリンも狼狽した。だが光は直ぐに消え、再び元の高僧に戻る。
「徳の高いワシに妖術は効かん。残念だったな」
身に危険が及ばなかったせいか、少しニヤついている。
「いや。お前が色欲にまみれた時、体の一部が小さくなる魔法をかけた。確認してみろ」
「なに? え、うわっ マジ!! クソォおおおーーーー!!!!」
クルリンは袈裟を引っ張り下半身を覗いてみて、事の重大性を理解した。直ぐに発動したのを見ると、推して知るべしである。
だがクルリンが動揺したのは一瞬だけであった。
真剣な目になり、オーラが湧き上がる。
「ふっエメオラとやら。単なるエルフのおなごのくせに、中々やるな。だが我はブー教の中でも神に近しい身分。これ如きの子供騙しの術、破るのは造作もない」
そう言って両手を合わせ目を瞑って気を集中させると、体全身が禍々しく光り始めた。見たくもない人間の毒々しさを体現する光に溢れ、セラナは目を背ける。
「フワァアアアアーーーー!!! フォオオオーーーーー!!!!」
パーーン!!!
何かが弾けた音がする。
再び袈裟の中を覗き込んだクルリンは、先ほどとは打って変わり自信に満ち溢れる表情になった。どうやらクルリンの勝ちらしい。
「ふっ。 この通りよ」
「凄いな。本当に私の術を解除した……よほど欲が強いのだな」
予想外の出来事に、エメオラも困惑する。
リックやセラナもびっくりだ。
「仏に使える身となれば当然。色欲が強いのでは無い、解脱したのだ。だがお前達の心がけに免じ、秘術を使うのは控えるとしよう。ワシもガーダラサへ戻る必要があるからな。こう見えて、感謝しておるのだ」
そういって再びクルリンは歩き始め、5人も後についていく。
まだ先は長そうだ。
道中、リックはセラナに話しかけた。
「そういえばセラナは魔族に会った? 僕は毘沙門天さんに会ったけど」
「うん。持国天て言ってた。プテラノドンの魔族だって。怖かったけど平常心を保って行く理由を伝えたら、戦わずに通してくれたよ」
「へえ、そうなんだ。僕は闘っちゃった」
「リックらしいね」
他にも聞くとヴィクトスは広目天、エメオラは増長天、アシュリートは帝釈天と遭遇したらしい。いずれもパキケファロサウルス、ディノザウルスにティラノザウルスと、恐竜のモンスターだった。
「億年も生きてるなんて、凄いよね」
「そうだね」
人間にとっては想像もつかない時間だ。
しばらく道を進むと、赤茶けた大地に変わる。
「アシュリート、あれを見ろ」
ヴィクトスが指差した先は、山全体が燃えていた。あちこちにある噴火口から、スライムのようにマグマがゆっくりと四方八方に拡散している。煙が濛々と立ち込めて先も見通せない。
「これが第三の関門じゃ。ここを抜ければガーダラサへと辿り着く」
クルリンは相変わらず半目で無表情だ。
「おお、やっとだな」
「でもこれ、大変じゃないですか?」
リックは思わず、ヴィクトスに言い返す。
「ああ。見ての通り凡人では無理だ。加えて火龍や炎の男らが住んでおるから、こころせよ。心頭滅却すれば火もまた涼し。ワシは先に行くぞ。三日と言わずしばらくは待っててやるから、何とかせい」
そういって再びクルリンは先を急いだ。マグマが固まったばかりの地面を歩いても平然としている様は、確かに修行のおかげなのだろう。
再び5人で作戦会議となった。
「ふう、みんなお疲れ様。しかしこれも難題だね。どうする? エメオラは自分の魔法で何とかなる?」
「ああ、大丈夫。ただやはり、術の範囲は自分だけだ。申し訳ない」
「俺はキツイな……」
魔力が少ないヴィクトスは及び腰だ。炎は力でねじ伏せられない。
「ヴィクトスさん、僕とセラナで竜巻を起こしますから、そこを通るのはどうですか?」
「お、そんな事できるのか?」
「はい。試しにやってみます」
阿吽の呼吸で、セラナは放つ魔法矢に、リックが竜巻魔法をかけた。
ゴゴゴゴゴーーーー!!!!!
道中で特訓した成果もあり、魔法の威力で100倍増となった竜巻が炎を吹き飛ばし、一筋の道となる。竜巻は回転し続けているので、しばらくは大丈夫そうだ。
「よし、行ってみるか」
「凄いね2人とも。これだったら5人で行けるんじゃないの? エメオラもどう?」
「分かった」
アシュリートに促されて、5人で風の道を進む。
3人の役に立ててリックは内心浮かれていた。
(僕らの魔法でも、何とかなるんだな)
実力は遠く及ばぬと自覚するものの、役立つ機会があるとやはり嬉しい。リックの気持ちはもうガーダラサで、一刻も早くあの聖典を手にいれて帰る事で頭がいっぱいになった。
だが、ことはそう簡単には進まない。
『お前ら、ここを通れると思うなよ!』
突如風の壁を破り、炎に包まれた蜥蜴男が現れた。ヴィクトスの三倍ぐらいの体格で太い尻尾を持っている。自らの炎に焼かれ続けた鱗の肌は、黒く変色していた。
『ここがお前らの墓場だ! 永遠の炎で焼き尽くしてやる!!』
そういって炎蜥蜴男が突撃してきた。
パシーーン!!!
『なにぃい!』
「エメオラ様!」
炎蜥蜴男を受け止めたのは、エメオラの魔法による氷の盾だった。5人全体を護れる広さで、こんな高熱でも全く溶ける気配がない。
『ふっ、なかなかやるな!』
「エメオラありがとう。じゃ、僕がいこうか」
そう言ってアシュリートが先頭に立ち、炎蜥蜴男に対峙する。薄紫のオーラが濃くなる。武器は持たないが右手に魔力が充填され、炎があがった。
『人間どもがこしゃくなぁ!!!』
炎蜥蜴男の口から凄まじい炎が吐き出される。当たっただけで即死レベルの威力だが、アシュリートはいとも容易く右手一つで消し去る。
『なにぃい!!!』
アシュリートの力に炎蜥蜴男は驚くが、当の本人は何時もと変わらぬ笑みで炎蜥蜴男に話しかける。
「僕達はガーダラサに行きたいだけなんです。通してもらえませんかね?」
『ちくしょお、舐めやがって!!』
怒り狂った炎蜥蜴男は全身から炎を放つと尻尾を使ってジャンプし、高速回転しながら5人めがけて飛んできた。
『死にやがれ!!』
炎蜥蜴男は大きな火球となり、ぶつかればひとたまりもない。
(うわっ、ヤバい!!)
リックは剣に暴風魔法をこめて放ったが、火球には全く効かない。
ぶつかるかと思ったその時、火の玉は空中で止まった。
(な、なんだ?)
驚くリックがよく見ると、アシュリートが片手で炎蜥蜴男を止めている。空中でもがく炎蜥蜴男に対し、アシュリートはどこ吹く風だ。
『く、クソっ!!』
「すいません、先を急いでいるもので。僕達がここを抜けたら解けますよ」
そう言いながら魔法をかけると、火球はみるみるうちに凍り始め、ドスンと地面に落ちる。中からウグウグと唸り声がするものの、炎蜥蜴男は無力だった。
こうして5人は先を急ぐ。
他にも火龍や炎の男達が現れるが防御魔法を貼りつつ進み、何とか二日で通り抜けた。
* * *
「ふう。やはりお前達は強いな。いよいよこの山を越えればガーダラサだ。あのようなモンスターはもう居らぬ」
出口で待っていたクルリンは、相変わらずの無表情で先頭に立って歩く。
色々あったが目的地がもう少しとなり、足も自然と軽くなる。
そして一日ほど山道を歩き、とうとう目的地に辿り着いた。
「うわ、すごい大きな門だね! 王都の城門より凄いかも!」
「そうだね」
リックとセラナが感嘆したように、ガーダラサの入り口には巨大で立派な山門があり、左右には10mはある仁王像があった。奥には更に意匠を凝らした塔やお堂が所狭しと建ち並ぶ。第四騎士団本部の五倍はある規模で、寺というより要塞都市のほうがしっくりくる趣だ。あの何処かに、目的の聖典がある。
壮観な眺めに、5人はしばし見惚れた。
それに対しクルリンは、我が家であるがごとく中へと入っていく。
するとクルリンを見つけた僧侶達が、「クルリン様!! お帰りなさい!!」 「クルリン様!!」 「クルリン様がお帰りになったぞ!!」 「おい、みんな早く集まれ!!」と口々に言い始め、クルリンの両脇にビシッと列をなして並びお辞儀をしていた。
シャンシャン、シャーン〜
ドンドンドン!
鐘や太鼓の音も鳴り響き、ちょっとしたお祭りになる。
「思った以上に身分が高いんだね」
アシュリートも知らなかったようだ。
そんなクルリンは振り返り、5人に語る。
「お前達、最後の試練だ。その二体に勝ってから入るが良い」
キラッ!!
突如山門の仁王像の目が光り、動き始める。
まだ関門はあったようだ。
ゴゴゴゴォオオオ!!!!!
「よし、ここは俺の出番だな!」
そう言ってヴィクトスが立ち向かう。
「僕も行きます!」
リックも剣を抜き、後について行った。




